焦燥
怪異対策課関東支部、第三部隊。
朝の会議では、昨日の任務報告と封印した土蜘蛛の資料が映し出されていた。
モニターには各地で確認された怪異出現件数。
その数字は、半年ほど前から右肩上がりを続けている。
松永が腕を組んだ。
「新人研修で土蜘蛛か…。運が悪かったじゃ済まされんな。」
伊吹は缶コーヒーを片手に苦笑する。
「酒呑童子がいなきゃ全滅だったな。」
さくらは半笑いの伊吹を見て少しムスっとする。
「ほんと笑い事じゃないですよ!」
伊吹が資料を閉じ、さくらの方を見て「悪い」と言うように顔の前に手をやる。
「ま、やっぱ封印石を回収している組織がいる可能性は高いってことだな。」
会議室が静まり返ると、さくらは申し訳なさそうに俯いた。
「……私があの闇バイトなんか受けたせいで。」
「違う違う。」
伊吹が軽く手を振る。
「さくら一人のせいじゃねえよ。相手は計画的に動いてるみたいだし。ま、都合のいい道具にされたってだけだ。」
松永も頷く。
「無事に帰ってきた。それで十分だ。」
その横で陣だけは黙っていた。
(また俺は何もできなかった。)
任務終了後、廊下を歩きながら、陣は無意識に拳を握っていた。
頭に浮かぶのは幼い頃の記憶だ。
「お前の兄ちゃんすごいよな!」
「秀一郎様は天才だ。」
「総二郎も見習え。」
陣が産まれたのは医療妖術の名門、陣家。
代々、退治屋たちを支え続けてきた一族で、
兄・秀一郎は幼い頃から誰もが認める天才だった。
傷を塞ぎ、毒を浄化し、失われた霊力を回復させる医療妖術。
どれを取っても一流で、今は本部直属の医療班員として日々忙しく活動している。
対して自分は——。
兄と比べられるのが嫌で、医療の道から逃げた。
別に医療じゃなくたって人は助けられる、その思いで怪異対策課へ入った。
だが現実は違った。
酒呑童子と契約したさくらは入隊二日目で土蜘蛛を倒している。
一方で、自分は支えられていただけじゃないか…。
焦りだけが募っていく。
その日の午後、オフィスで資料をまとめたり知識を補ったりして時間を潰していると、松永が慌ただしく駆け込んできた。
「集合!緊急任務だ。警察から対策課でも調査してみてほしいと依頼が入った。松永班で対応する。」
「また行方不明か。神隠しか?」
伊吹が資料を見て怪訝な顔をする。
全員山の近くで姿を消しているという共通点があり、ここ最近、とくに児童の失踪事件が相次いでいた。
「目撃情報から妖怪・山姥の犯行と判断した。」
伊吹が立ち上がる。
「さくら、総二郎、出るぞ。」
余談だが、班長の松永は基本拠点で待機することが多い。班長としての業務もあるし、本部からの指示や情報などをすぐに確認できるようにするためだ。
山奥に入ると、木々の間を三人は進んでいた。
微かに鳥の鳴き声や虫の声が響いている。
「静かだなあ。」
その時だった。
「助けて……。」
子供の泣き声が聞こえ、陣は反射的に走り出した。
(俺がやる。今度こそ。)
「総二郎!待て!!」
伊吹の制止も届かない。
声の方へ進み、洞窟に着くと十人近い子供達が横たわっていた。
眠っている?…いや違う。
顔は青白く息が弱い。
陣は脈を取る。
(…妖力を吸われてる?)
額へ手を当て、医療妖術を施すと、
柔らかな緑の光が子供を包む。
「まだ助かる!」
その瞬間、奥から笑い声が聞こえた。
「貴様、退治屋か。」
振り返ると、長い白髪に異様に長い腕の巨大な老婆が立っていた。
その手から、子供達の身体へ白いモヤのような妖力が吸い上げられている。
山姥だ。
「幼子の妖力は汚れがなく、雑味がなく美味い……。」
「やめろ!!」
陣の伴妖、天狗の木葉が風を起こすが、山姥は笑っていた。その長い腕が振られると、あたりに轟音が響き渡り風は弾き返される。
「ぐっ!!」
陣の身体は吹き飛ばされるも、すぐに立ちあがった。
(負けるか。俺だって……
俺だって戦える!!)
「来い!!」
山姥が笑った次の瞬間、陣の視界から消える。
「え——」
姿を追う間も無く、腹部へ鋭い爪が刺さり肉が裂け、血飛沫が舞った。
「がっ……!」
吹き飛ばされ岩へ叩きつけられる。
肋骨が軋み息ができず、立ち上がろうとするが脚が動かない。
陣の方へと山姥がゆっくり近付いてくる。
「人間……若い妖力……」
巨大な腕が振り上げられた、
その時だった。
「霊覇!!」
伊吹の霊覇による風圧で山姥は吹き飛ばされる。
「おい総二郎!勝手なことしてんじゃねえ!!
しっかりしろ…!くそ、内臓までやられてる……!」
さくらは陣の出血を見て震える。
「じ、陣さん……!」
山姥はすぐ立ち上がる。
「ガアアアア!!」
「早く蹴りつけねえと、総二郎がやばいな。さくら!」
「はい!!」
さくらは深呼吸する。
「酒呑童子!お願い!!」
『ようやく俺の出番か。』
紫の鬼火が噴き上がると、さくらの姿が銀髪、赤い瞳に変化し二本の角が姿を見せ、鬼の王が現れる。
『餓鬼の妖力を喰らうとは趣味が悪いババアだ。若い女の妖力が一番うまいんだぞ?』
『汚らわしい!!貴様の好みなぞ!!』
山姥が突撃するも、酒呑童子は動かず腕一本で受け止める。
『軽い。』
片腕で山姥を持ち上げると、そのまま投げつけた。
洞窟全体が揺れさらに鬼火が山姥を包み込む。
「黙れ鬼ィィィ!!」
山姥は全身から黒い妖気を噴き上げ、暴走した妖力が洞窟中へ広がる。
地面が割れ、岩が浮き上がり、木の根が生き物のようにうねり始めた。
『見苦しい。燃えろ。』
酒呑童子が鬼火を一段階強くすると、
紫炎が伊吹の霊覇による風と重なり巨大な渦となり、山姥は断末魔を上げながら焼き尽くされる。
その最中、伊吹が札を投げる。
「助かった酒呑童子!封印する!」
黒い塵となった山姥が札へ吸い込まれると、
静寂が戻り、酒呑童子は姿を消す。
さくらが膝をつく。
「はぁ……。」
伊吹はすぐ陣の元へ駆け寄った。
「伊吹さん……子供たち……。」
「安心しろ、全員無事だ。」
妖力を吸われていたが、
陣の医療妖術のおかげで間一髪、命は繋がっている。
「……よかった。」
陣は安堵しそのまま意識を失う。
「やっぱり妖力が蔓延してる証拠だな。山姥は本来こんなに人の目につく街に出てきてまで子供を攫う妖じゃねえ。」
目を覚ますとベッドの上にいた。
恋が陣の傷を治療している。
「あと少し深かったら危なかったよ〜。」
陣は黙ったまま天井を見つめていると、伊吹が椅子へ腰掛け缶コーヒーを差し出す。
「よ、飲むか?」
恋が制止する。
「伊吹くん、まだカフェインはだーめ。」
「さーせん。
…まあ総二郎、焦るなよ。」
返事はない。
「酒呑童子は特別な妖だってのは分かるよな。さくらもあいつと結んだから戦えてる。お前はコツコツ進めていけばいいんだ。」
陣は苦笑する。
「……でも俺は何も。酒呑童子が全部倒しました。
それに酒呑童子と結べるのだって才能だ…」
伊吹は首を横に振った。
「子供たちを助けたじゃねえか。
結びに関しては才能もあるが、巡り合わせの運もある。あんまり気にしすぎるな。」
「でも……。」
「子供たちにとっては、お前がヒーローだったろうさ。お前は今、自分にできることを精一杯やって人を助けた。」
伊吹は静かに笑った。
「人助けは医療だけじゃないって、お前が証明したいんじゃなかったのか?」
陣はしばらく目を閉じて黙っていた。
兄にはなれない。でも自分にしか救えない命がある。
そのことを初めて理解した。
陣は目を開き小さく笑う。
「……そう、でしたね。」
伊吹は陣の肩をポンポンと叩き笑いかける。
「次の課題は大怪我せず帰ってくること。」
病室の外では、助け出された子供たちが笑顔で両親のもとへ駆け寄っていく。
その光景を見つめる陣の胸の焦燥は、少しだけ和らいでいた。




