侍女・マリエ視点,3
つかつかつか、
大きな足音が近づいてくる。その足音は奥様の部屋を通り越して廊下を曲がって行った。
それが旦那様であることは奥様にも分かっているようだった。
奥様は、メアリー様から届いたらしい書簡をきつく握り混んでいる。
「奥様…」
「マリエ、マッチを貸してもらえる?」
「申し訳ありません。この部屋では火器の取り扱いができかねます」
「…そう」
奥様は、堪らないという顔をして、書簡をビリビリに割いてゴミ箱に放ってしまった。
(一体、何が…書かれていたのだろう)
憔悴した横顔を見つめて、ごくりと生唾を飲み込んだ。
先日、侍女長のエイルからとんでもないことを聞かされたばかりである。
『どうやら、奥様の妹君であるメアリー様と旦那様が、ただならぬ関係にあるみたいだわ』
なんでもあの日、執事のティムが小脇に隠していた手紙は、メアリー様から旦那様に宛てて届いたものであるらしかった。
エイルによると茶会の誘いや晩餐会やダンスパーティにかこつけて、メアリー様との逢瀬を重ねていると、ティムの首根っこを締め上げたらそう白状したらしい。
(なぜよりにもよってメアリー様と…)
旦那様がメアリー様に求婚したことは周知の事実だ。けれど一度は断っておきながら、奥様と結婚した後に関係を持つなんて。
(火遊びにしては悪趣味だわ)
旦那様も旦那様だが、メアリー様というのはどうやら相当すきものらしい。
(旦那様もメアリー様も、一体どういうおつもりなのだろう)
エイルは『もし奥様に変わったことがあったら報告して頂戴』と言っていた。ならば、奥様に届いたメアリー様の手紙のことも報告すべきか。
(勝手に?主人の手紙を…?)
無意識に唾液を嚥下した音が妙に大きく響いた気がして動揺する。
「少し涼んでくるわ」
奥様の声にハッとした。私は慌てて後に続こうとする。
「一人になりたいの。その間に部屋を換気しておいてくれる?」
「か、かしこまりました」
主人のいなくなった部屋に一人残された私は、窓を開けるより早く破かれた書簡をポケットに突っ込んだ。
悪いことをしているような気持ちになる。これは奥様のためなのだ。そう自分に言い聞かせた。
どんどん早くなる鼓動をなんとか鎮めながら、私は部屋を飛び出し、心やましいことを振り払うようにエイルの元へと駆けた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
広すぎる食卓にぽつんと旦那様が座って、並べられた料理を無感動に口に運んでいる。
(旦那様の機嫌が良くないな)
奥様は体調不良を訴えて早々に床についてしまった。夫婦がすれ違ってから一月、奥様の心労が嵩んだに違いない。加えてメアリー様からのあの手紙。
ぞんざいにワイングラスを置き、その揺らめきをじっと見つめて旦那様は言った。
「サンディーを呼んでこい」
苛立っているようだった。
「は…」
「聞こえなかったか、サンディーを呼んでこいと言った」
「えっと…奥様は体調が優れないとのことで、既に休まれましたが…」
ぴくりと整った眉が動いた。
「体調不良はいつからだ」
「つい先ほど…」
「なぜ僕に報告しない?」
「なぜ…なぜって…」
私の動揺を見て、エイルが頭を下げた。
「恐れながら。旦那様は奥様を避けていらっしゃるご様子。以前も奥様のことで報告に上がった侍女が叱責されております故、体調不良のご報告は控えるように私が指示しました」
「…僕が?」
「お忘れになりましたか?」
「もう良い。自分で行く」
「おやめ下さい、奥様は眠っていらっしゃるのですよ」
「屋敷でのんびり過ごしているだけの女が、なぜ体調を崩す!僕に気にかけて貰いたくて詐病を使っているのだろうよ」
「なんと……!っっっ」
エイルはぎゅっと両手を握り込んだ。
「なんだ、言いたいことがあるならハッキリ言え」
「奥様は…この手紙をご覧になってから、寝込んでしまわれました」
つぎはぎだらけの紙を、旦那様の前に音もなく差し出した。
ぶっきらぼうにそれを受け取ると、旦那様は瞳だけをキョロキョロと動かして、やがて口を噤んだ。
「…メアリーが、サンディーにこの手紙を…?」
「旦那様、心にやましいことがないのであれば、メアリー様のことをそのように呼び捨てにされることは控えてくださいませ」
「っっ」
「この家の借用を返すことができたのは、紛れもなく奥様の持参金に他なりません。いくら旦那様とて奥様を貶める言動はお控えください」
私たち使用人は、エイルの後ろに自然と立ち並んだ。
「お前達……」
面白かった!続きが読みたい!と思ったら、
ぜひ広告下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】にしていただけたらモチベーションがアップします!よろしくお願いします!




