侍女・マリエ視点,2
「マリエ、そんな所で何をやっているの?」
心臓が飛び跳ねて後ろを向くと、私を呼び止めたのは侍女長のエイルだった。
初めは、ただ挨拶程度に声をかけただけのようだったが、目が合うやだんだんとその表情が険しくなっていった。
「…旦那様の執務室の前で、一体何をしているの?」
「あ、いえ……」
「答えなさい、マリエ」
強い口調に肩が跳ねた。ここは変に誤魔化すより、素直に答えた方がいいだろう。
「執事のティムが、私とすれ違うなり変に動揺していて、執務室に駆け込んで行ったのです」
「ティムが?」
「はい。そして…その、小脇に手紙のような物を隠していました」
キツい目で、じっと私のことを見ている。何かを確かめようとしているようだった。
「その、私…奥様とのことを心配していて…それでつい…」
「…分かりました。取り敢えず貴方は奥様のところへ戻りなさい」
「ですが…」
「良い?二度は言わないわ」
「エイルさん…」
仕方がないとばかりにため息をつくとエイルは言った。
「奥様のことを心配しているのは、貴方だけじゃない」
「…え?」
「存外、貴方が思うより仲間がいると言うことよ。ここは私に任せなさい。奥様のことをお待たせしてはいけないわ」
「分かりました」
✳︎ ✳︎ ✳︎
爽やかな風が吹き抜ける午後。奥様はブランケットの上で、ティーカップを片手に寛がれていた。
「奥様が召し上がっているハーブティーのハーブは、この庭で採れたものなのですよ」
「まあ!そうだったの。土壌も育て方も一級なのね」
「庭師のジョディーが喜びます」
「ジョディーとは一度挨拶したきり、あまり会っていないわ。彼、草花と向き合うと真剣なのだもの。とても話しかけてはいけない気がして」
「ああー…」
そうなのだ。無愛想な訳ではない。決して無礼なわけでもない。ただ、草木を丁寧に扱うが故、ただならぬオーラで人を寄せつけまいとする。
けれど、奥様の美しさからか、時折手を止めてじっと見入っている時がある。それこそ無礼であろうとハラハラしたものだ。奥様は気がついていらっしゃらないのが幸いである。
(次に見かけた時、ジョディーに注意しなくては)
草木が友達の、ジョディーの目線を奪ってしまうくらいなのだから、奥様は飛び抜けて目を惹く存在なのだ。
「さて、そろそろ戻りましょうか」
「もう少しゆっくりされないのですか?」
「だって、カイアン達はそろそろ干したシーツを取り込まなければならないし、ジョディーは草木にお水をあげる時間だし、マリエはいつもこの時間は休憩に入るでしょう?」
「おおおお、奥様!侍女の休憩の時間など気にされないでくださいっっ!」
「あら、ごめんなさい。そういうのは私が知らない所で入るものよね…余計なことを言ったわ…」
「ですから、奥様が気にされることでは…」
ふわっと腕を引かれる。驚く間も無くブランケットに膝をついてしまった。
予備で持ってきていた空のティーカップにハーブティーが注がれる。
「ここで少し休憩しましょう?貴方にも庭園でのびのびとした時間を過ごして欲しいもの。さあ、カイアン達も!」
続けて呼ばれた執事も驚いた顔をする。
「えっ…」
「あっ…私がいたら休憩にならないわね…」
「そんなことありません!そんなこと…!」
奥様が両手で顔を覆っている。その場の全員がそれに見惚れた。
「ふふふ、可笑しいわ、マリエ。そんなに慌てて」
「奥様…」
「ねえ、このブランケットは私が一人座りには広すぎるのよ。みんなでクッキーを頂きながらのんびり過ごしましょう?」
(この方は…本当にあの悪名名高いサンディー•ノエル伯爵令嬢なのだろうか)
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