ヴァイアン・ローレンス視点,6
「ねえ、昨日のお茶会。旦那様は随分と遅くまで帰って来なかったそうじゃない?」
「そういえば貴方は昨日非番だったわね。聞いてよ、それが…夕餉の時間もとうに過ぎてから、ご帰宅されたのよ!?」
「はあ、奥様とはずっと別室でお休みになっているみたいだし。先が思いやられるわね」
「ねえ?奥様って、旦那様が言うほど悪い方なのかしら?」
僕はペンを置いて、細く開いた窓の外を見下ろした。声の主はまだ若い侍女達のうちの誰かだろうが、少しの物音で足早に立ち去ってしまったようだ。
(口さがのない者が、まだまだ屋敷の中にはいる、か…)
胸ポケットに入っているメアリーからの二通目は、彼女から直接受け取ったものだ。茶会が終わり、馬車が壊れてしまったメアリーの為に、ノエル家まで送り届けるその車内でのことである。
「お一人の時に読んでください」
頬を染めたメアリーをきつく抱きしめたくなったが、彼女はまるで、駆け引きを楽しむかのように僕の腕からすり抜けていく。
「お姉様は、私の事をなんと?」
そう問われて、得心がいった。メアリーのはっきりとしない態度の理由。それは、姉であるサンディーの存在だ。
「…初夜は床を別にした。これからもそうするだろう。僕はメアリー殿以外を愛するつもりはないのだから」
「くすっ、それは…本当かしら?」
(まるで僕を試しているような君)
「だって、ヴァイアン様は私に求婚しておきながら、お姉様と結婚されたじゃないですか」
「それは…君が求婚を断ったから」
「では、なぜよりによってお姉様なのですか?」
「なぜって…」
「お父様に勧められたから。そうでしょう?」
「それだけじゃない」
「結婚の持参金、でしょうか」
「か、勘違いしないで欲しい。確かに父親が残した借金を返せる算段がついたのは事実だ。だがそれ以上に、サンディーを差し置いて妹であるメアリー殿が結婚するわけにはいかないと…あなた自身がそう言った」
くす、と子りすのように小さな唇の口角が上がる。
「そう。つまり、私を愛妾にしようとしていらっしゃる」
耳元で囁かれた鈴のような声に、思わず耳を抑える。
「図星、でしょうか?」
全てを見透かすような澄んだ瞳にぞくぞくした。しかし、僕は至って冷静に低い声で言った。
「君を、僕の生涯の二番手になんてするわけがない」
「まあ!それじゃあ、お姉様とはどうされるおつもりなのでしょう?」
「その前に、君との関係をはっきりさせなければ」
「今のままでは…私、とても寂しいわ」
「メアリー殿」
「どうかメアリーと、そう呼んでください」
「メアリー…メアリー」
「私が欲しいものはいつでも最初にお姉様に与えられてしまう。…ヴァイアン様だってそうだわ」
多少の違和感が胸をむかつかせた。どこか引っかかる物言い。この姉妹の間に何か確執があるのだろうか。
「求婚を断ったのは君だろう?」
「まさか。本気でそう思っていらっしゃるの?…でも、そうね、結果的にそうなってしまったのは事実だもの」
血液が逆流するような感覚に、四肢に痺れを覚える。
「…違う、のか?」
「お姉様とお父様が仕組んだのよ。姉である自分を差し置いて、社交界の花と呼ばれたヴァイアン様に嫁ぐなんて許されない、と」
社交界の花、それは僕が氷の伯爵と呼ばれる以前の僅かな期間、耳に届いた評判だ。
「じゃあ、僕は…僕は……」
「ヴァイアン様がお姉様のことを深く知ることになれば、今よりもっと嫌悪するでしょう」
ノエル家の事を徹底的に洗い出してやる、そう心に火がついた。
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