ヴァイアン・ローレンス視点,19
「私には、色恋がどういうものなのか、分かりませんの」
「…僕に対して、あそこまでの演技をして見せたと言うのに、か?」
「全部、全部お姉様の真似とご助言があってこそですもの。例えばそう、以前ヴァイアン様に向けていた目線などは、お姉様の真似ですわ」
にっこりと笑っている令嬢の瞳の奥は、どこか狂っているように見える。
「私、異性に対する恋慕の気持ちが分かりませんの」
「君はまだ若いじゃないか。これからいくらでも…」
なぜ僕がメアリーを励ましているんだと思うと、馬鹿らしく思えてきた。
自分の馬鹿さ加減にうんざりしていると、メアリーはゆっくりと首を振って言った。
「いいえ。今までも、そしてこれからも、そういう気持ちを持つことはないでしょう」
「いや、しかし…」
「幼い頃から、自分の心が他人と違うことには気がついていましたの。だからこそ、私の完璧であるお姉様と、そのお姉様が生涯をかけて愛し抜いた貴方とが悲恋のまま終わってしまうのは、本当に忍びなくて」
突然の早口に、ところどころが聞き取れない。メアリーがサンディーの話をする時、しばしばこうして周りが見えなくなる。
「まてまてまて。なら、いくらサンディーに頼まれたからって、僕の愛人になるなんてこと断れば良かったじゃないか」
「…残念ね。本当に、何もわかっていらっしゃらない」
「わ、わかるわけがないだろう!」
「そうですわね…。じゃあ聞きますが、貴方に毒…といっても筋弛緩剤ですけれど。その毒を盛られたのは、いつ頃だと思いますか?」
「…結婚して、数ヶ月が過ぎた頃だが」
「その数ヶ月の間、二人の関係に変化があったでしょう?」
サンディーに心を許して、それで…
「そう、ヴァイアン様はお姉様と漸く寝室を同じにしました。貴方は身も心もお姉様に気を許したのです」
「だから…なんだ」
「それが偽の復讐計画の合図でした」
「偽の…って…まさか、君、君は…兄君がどうなったか知っているのか?」
暫くの沈黙の後、メアリーは無邪気な少女のように満面の笑みで
「はい!」
と言い切った。
「…え……」
僕はこの目でジクリードが倒れるのを見た。メアリーはまがりなりにもそのジクリードの妹である。
彼女の周りに漂う穏やかな空気は、投げかけた問いに対するものとはかけ離れ過ぎている。そのあまりの異質さに言葉を失った。
「兄は今頃、シェルダー男爵に厳しく詰問されているでしょう」
「い、生きて、いるのか?」
「だって、兄にしかわからないことですもの。リュードの遺骸の場所は」
「っっっ!!!」
(ああ、あの時僕が、あの幼い子どもの遺体を埋めていなければ…)
今頃もっと違った未来があったのじゃないかと思ってしまう。全ては自分が蒔いた種だ。
「…ご自分のせいだと思っていらっしゃる?」
無邪気な瞳を向けられて、僕は顔を背けた。けれど、メアリーは執拗に僕の顔を覗き込む。
「まさか。ヴァイアン様がどうしようと、兄が遺骸を転々とさせたのです。貴方のせいではありません」
「そんなの君に言われたって…」
「お姉様は、むしろご自分を責められている」
「サンディーが…なぜ?彼女は遺族だろう」
「お姉様は、兄が狂気じみた愛情を自分に向けていると知りながら、貴方に恋をしてしまった」
「だから、なぜそれで弟君や僕に矛先が向いた?それがわからないのだよ」
ふう、とため息をついたメアリーは疲れた顔して遠くを見た。
「兄は、お姉様の一番にはなれなかった」
「はあ?」
「無償の愛を向けるべき者、恋焦がれる相手。そのどちらも、兄ではない」
「そ、そんなもの…それだけの、理由で…?」
「お姉様は、貴方に向けた恋心のせいでリュードを失い、ヴァイアン様も巻き込んでしまったとご自分を責めいらっしゃる」
「彼女のせいではないだろう」
「貴方も、ご自分がリュードの遺骸を隠したことを、いつまでも引きずっていらっしゃる。だから拗れるんです」
「拗れるも何も、僕がしたことは消えない…」
「いいえ。悪いのは兄、ただ一人です」
メアリーはきっぱりと言ってのけた。
「お姉様がいつまでも自分のものになると思っている。あんな人、兄とも思いたくない」
吐き捨てる様に言ったメアリーだったが、僕が思ったのは、この兄妹は似ているのだなということだった。
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