ジクリード・ノエルの回想
苦しそうな吐息を繰り返して、私のサンディーを独り占めしているのは幼いリュードだ。
シェルダー夫人の忘れ形見、庇護する相手。サンディーにとっての、そのカテゴリーのトップは間違いなくリュードである。
なら、昨晩のあいつは
(サンディーにとって、なんなのだ)
熱を出した弟の看病がしやすいように、サンディーは髪をアップにしている。その頸をじっと見つめた。
こういう時、彼女は絶対に侍女などには弟を任せない。
「悪かったよ、サンディー。僕が昨日リュードを連れ回したせいで…」
「良いのよ、幼いうちはそういうこともあるでしょう」
「父君にも先ほど謝罪したんだが…君にもと」
「…そう」
「これ、見舞いの花…君が気にいるか分からないけれど」
サンディーは漸くこちらを向いて、じっと花を見つめている。早く受け取らないのかと、私が首を傾げたと同時に薄紅の唇が震えた。
「さっきから、誰に謝っているの?」
「……え?」
「この花束は誰に渡すつもりのものなの?」
「それは…」
美しく、大きな瞳にじっと見つめられて、少したじろぐ。
君はいつからそんな風に私を見るようになったのだろう。
「これ、花瓶に活けて頂戴」
「承知いたしました」
侍女が頭を下げると、私のことを興味ありげに目の端に映した。
ムッとしたが、これで部屋には私たち三人だけになった。
「サンディー、悪かったよ。君がリュードを大切に思うのは分かるけれど、少しは私を見てくれない?」
「やめて頂戴。リュードが寝ているわ」
なるほど、二人きりの時に私を誘うつもりなのである。
サンディーはそうやって私を試す。いつもそうだ。そっちがその気なら、とカマをかけてやることにした。
「…昨晩のダンスパーティで一緒に踊っていた男は誰だい?」
「そんなの、ダンスパーティだもの、いろんな方と踊ったわ」
「違う。君が頬を染めていた相手だ」
「!!???」
ああ、やっぱり。
「私がいながら、あの男と不貞行為をしたのか」
「……何を言っているの?」
「本当なら許されない。君は私と婚約しているのだから」
「ジクリード?さっきから何を…」
「君の父君に嫌われては大変だからと、今回のことだって丁重に謝罪した。大体、リュードが勝手についてきたんだぞ。君とのことがなければ、そんな面倒なことするか」
サンディー、どうしてそんな顔をするんだ。見つめ合う時間が長く感じるのは、初めての経験だった。
「う、うぅん…」
「リュード?目が覚めたの?」
「お姉様ぁ…。怖い夢見たの」
「まあまあ」
くそ、と思って舌打ちする。サンディーは何に腹が立ったものか、
「帰って頂戴」
と言った。
(こんなこと、許されるはずがない!)
だから私は本当に帰ってやることにした。後から追いかけてきたって遅いんだ。
ずかずかと大股で廊下をわたり、いつものように勝手にサンディーの部屋に入ると、今日は何を持って帰ろうかと思案する。
(リボンも良いが、できれば…)
そう思ってよく整頓された部屋を見渡すと、鏡台の前に見覚えのあるグローブが置いてあった。
手にとってよく観察すると、間違いないと確信した。
(この特徴的な刺繍と、色合い…)
昨晩、ダンスパーティでつけていたグローブに違いなかった。
このグローブ越しに、あの男に触れたのかと思うと反吐が出る。
少し調べて分かったことだが、相手の男はどうやら社交界の花などと持て囃されているらしい。確か、ローレンス伯爵子息。
(そんな字名に振り回されたのか。可哀想に)
シルクでできたそのグローブに、そっと唇を寄せる。父上や母上が持って帰ってくる、あの独特な匂いがした。
「私が連れ帰ってあげよう。もう二度と、君が迷わないように」
そしていつものように、堂々とサンディーの部屋を出る。あとは玄関から何食わぬ顔して、普通に帰るだけだ。
「ジクリード?そこで何をしているの?」
一瞬で血液が全身を駆け巡った。
「リュード…」
「?お見舞いに来てくれたんでしょ?ありがとう」
「いや、あ、あまり動き回らない方が良いんじゃないのか?」
「お手洗いに行くんだもん」
「そ、そうか。見舞いに来たんだが、リュードが寝ていたからさ、もう帰るところなんだ。会えてよかった」
「………。ジクリード」
「う、うん?」
「なんでお姉様のお部屋から出てきたの?」
真冬だというのに、汗が背筋を伝った。
私は必死で笑顔を取り繕うと、努めて冷静に言った。
「見間違いじゃないか?」
「…ふぅーん?」
「じゃ、じゃあ、帰るから」
(婚約者の物を持って帰って何が悪い。結婚したら、どうせ全部私のものになるんだ)
シェルダー家の門を潜った僕は、一目散に駆けた。
面白かった!続きが読みたい!と思ったら、
ぜひ広告下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】にしていただけたらモチベーションがアップします!よろしくお願いします!




