ジクリード・ノエル視点,6
「それで、帰宅した私たちが事情を知って随分と驚いたんだ。ノエル伯爵と夫人は、丁寧に頭を下げてくれたから、父君の顔に免じて許したが…」
割ってしまった茶器は、すっかり片付けられて、代わりに新しいお茶が運ばれた。湯気に乗って、咽せ返るような紅茶の匂いが部屋に充満する。
「うっ…」
思わず顔を背けた。シェルダー男爵は涼しい顔で紅茶をすすっている。
視界が歪む。次第に平衡感覚が鈍ってくる。そしてゆっくりと頭部が圧迫されるような痛みに襲われた。
それは、これまでにないほどの酷い頭痛だった。
「シェルダー、男爵…。薬を……頭が…割れそうだ…」
思わずテーブルに突っ伏した。涙で濁った視界には、神経質なほど丁寧に伸ばされ、シワひとつないシャツと、そのシャツから伸びる手だけが見て取れる。
「…シェルダー男爵」
しかし長い長い時間をかけた返答は、私が望んだものではなかった。
「話の続きをしよう」
「……もう、無理です…これ以上は…」
「何が無理なものか。君は今、こうして話をしているじゃないか」
「…っっっ!!?」
男爵はゆっくりと立ち上がる。こつこつと足音をたてて、私の椅子の周りをぐるぐる回っているようだった。
「君、そんな風に言える立場か?」
「…もう、話したじゃないですか…また、明日…」
「終わっていない。実にキリが悪い」
「お願いですから!薬を!」
なんとか立ち上がって、男爵の肩を揺さぶった。
「ほら、元気じゃないか」
「え?」
「幼い息子は、君に殺されたんだ。君はこうやって私に触れることができる。けれど、息子の遺体すら、私は見つけられていない。あれから十年、私はこの手に息子を抱くことすらできていないんだよ」
鼻歌混じり、両手で赤子を抱くような仕草をしてから、今度はじっと私を見つめた。
「あっ…」
私を射殺すようなレンズ越しの目線に、すっかり足が立たなくなって、椅子にすとんと腰を下ろす。
「よろしい」
両親から酷く怒られた日のことを思い出す。
怒られている間も、サンディーが頬を染めていたあいつは誰だとそればかり考えていたように思う。
「リュードは翌日熱を出してね」
男爵は、懐かしい光景を思い出して感傷に浸っているかのようだった。
「よく覚えているよ。君が訪ねてきたんだよ。リュードを見舞いたいと言ってね。熱を出したのは昨晩自分が連れ回したからじゃないかと。私は感心したんだ」
そう、よく覚えている。ああ、チャンスだと思ったからだ。
「それでどういうわけか、その翌日なんだよ。リュードがいなくなってしまったのは」
締め付けるような頭痛の中、幼い声が蘇る。
『ジクリード?そこで何をしているの?』
同時に、あの時と同じように心の中で殺意が湧き起こった。
きっと私は、あの日を何度繰り返したとしても、きっとその度にリュードを殺すんだろうと納得した。
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