ジクリード・ノエル視点,5
「ご機嫌はいかがかな、ジクリード殿」
「シェルダー殿…シェルダー殿!」
父よりも年上の紳士に、思い切り縋り付く。
一日に一度、恐らく決まった時刻に、彼は私が軟禁されている部屋に訪ねてくる。私はいつの間にか、この男が来るのを待ち侘びる日々を過ごしていた。
「私は…いつになったら自宅に帰れるのでしょうか?ほ、ほら…父や母もきっと私を心配して探しているでしょうし、こんなことが知れたら、シェルダー殿の今後も…」
神経質そうな見た目の男爵だが、何日も湯浴みしていない私が縋りついても、払うようなことはしない。
にこりと眼鏡の向こうの目に笑みを認めた。
「あ…」
その笑みに救われたような気持ちが一転して、彼の言葉は重たかった。
「心配しなくて良い。父君や母君には、きちんと報告してある」
「ほ、報告…?一体何を…」
「大丈夫。君が心配するようなことは何も起こらない。さあ、今日も話をしよう。良い紅茶を仕入れたんだ」
(紅茶…紅茶だって…?)
「うわああああっっ!!」
男爵が自ら注いでくれた紅茶を、思わず払いのけた。
目の前の男は、線の細い体躯を曲げると
「ああ」
と言って、割れた破片を拾っている。
「君が新しい話をしてくれれば、私はここで君と話をしよう。はじめに伝えたね?」
「…そう、聞きました」
「お茶を飲みながら話をしたいだけなんだ。どうしてそう嫌がるんだ?」
「嫌だなんてそんな…!」
「けれど、君は時折こうして紅茶をはね除ける」
復讐の矛先が、自分に向いていたと知った日から紅茶が怖い。この紅茶ポッドが実は二重構造になっていて、毒でも仕込まれているのではないかと、気が気ではないからだ。
「君が望む薬をあげられないが、それでも良いのかな?」
「…そんな…それだけは!」
「なら、次から出されたものはきちんと飲みなさい」
「…本当に、誓って毒は入っていないのですよね?」
にこにこと笑っているけれど、腹の底では何を考えているのかわからない。なにしろ、私がこの男の幼い息子を殺したことはバレているのだ。更に娘の十年を奪ったと逆恨みされている可能性だってある。
この屋敷で起こることをなんでも受け入れていたら、私はどうなってしまうのだろう。
(…頭が痛い)
「そう、頭が…頭が痛いのです。薬を…」
私の申し出に、男爵はやはりにこりと笑ってから
「それは、君がきちんと話ができたらだよ」
と言った。
「今度は、何をお話しすれば良いのでしょう?」
「君がヴァイアン殿を恨んでいることは分かっている。理由を話したまえ」
この男は随分と回りくどいことをする。一日に一つの情報提供をすれば、決まって私に頭痛薬をくれた。
「……あれは、王宮で開かれたダンスパーティでのことです」
「ああ、そういえばリュードが亡くなる前。君たちが王宮に忍び込んで、父君にこっぴどく叱られていたことがあったな」
私はリュードの名前が出るたびに、空恐ろしい気持ちになる。
こつ、こつ、とテーブルに指の関節を打ち付けると、男爵は
「それで?続きを話したまえ」
と言った。
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