ヴァイアン・ローレンス視点,18
(来訪の目的がわからない)
暫くの静寂の後、メアリーは、テーブルに美しい意匠の箱を置くと
「そうそうお土産を渡しに参りましたの。西海岸へ旅行してきたのですわ」
と言ったので、いよいよ訳がわからなくなった。
「あちらは、ナッツ入りチョコレートが有名なのですって。まあ暑いのに、チョコレートが土産品として良く売れるなんて不思議なことですわよね」
「……まさか本当に土産物を渡しに来たと?」
「なるほど。さきほどからのその仏頂面は、怒っていらっしゃる?ああ、それとも、迷っていらっしゃる」
「っっっ!!!」
挑発的な目線に、神経が逆撫でされた。幾度となく逢瀬を重ねた彼女の、今まで見たこともない顔だった。
「一体、どれが本当の君なんだ」
「別に。どれも私ですわ。偽物がいた訳でもあるまいし」
「この……!」
「でも、そうですわねぇ…。演技は完璧に、お姉様から教わったことですの」
人差し指を口元に当てて、懐かしむような目をしている。数ある嘘の中で、メアリーやジクリードがサンディーに向ける執着だけは本物なのだろう。
「どうしてそこまで…。っっ。どうしてそこまで、サンディーの肩を持つ?君は知っているのか?ジクリード殿が…その…」
なんと聞いたものか。実の兄が敬愛する人の復讐相手だなんて。そしてしかも、目の前で服毒させられて倒れた後、どうなったかわからぬなどと。
けれど、メアリーの口から発せられたのは意外な言葉だった。
「…我が兄ながら、本当に腹が立つ」
「え…?」
「うーん。そうですわねえ、私と兄の仲が悪いのは、本当のことですから」
「仲が…悪いとはいえ家族だろう?」
言っていて頭が混乱する。僕はその男の殺意に飲まれ、殺されそうになったばかりなのだ。
「ふ、ふふっ。それ、そっくりそのままお返ししますわ」
「どういうことだ」
「お姉様と離縁されたのでしょう?」
「だってそれは…!」
「お姉様がどんな思いでヴァイアン様を助けたのか知りもしないくせに」
「っっっ!君は…!!どこまで知っている!」
「それともまさか、妻は他人だとか、おかしなことは仰いませんよね?」
メアリーは、うーんと考えてから
「質問に答えても良いですけれどお姉様からは復讐が終わるまで口止めされているし。でも復讐が終わるまでなら言ってもいいのかしら?」
とものすごい早口で言ってから僕に視線を戻した。
「…私、お姉様が大好きでしたわ。洗練された女性。物心ついた時から、ずうっと憧れていました」
「………?物心、ついた時から?洗練された…女性?」
メアリーは十六、七だったはず。サンディーは十八で、言っていることとが本当なら計算が合わぬ。
「お姉様は十以上は年上ですもの」
「それも、嘘なのか…」
おかしいとは思っていた。結婚してからのあの落ち着き、地に足のついた思考と、穏やかさと。
思って頭を振った。
(馬鹿な!今更何を考えているんだ)
「あら、おかしなヴァイアン様。貴方だって、年齢的にはそう変わらないのではなくて?」
「別に。今更どうとも思わぬ。何もかもが嘘だったと思っただけのこと」
わざわざ姓を変えるために養子に入ってまで復讐する女。年齢まで偽っていてもなんら不思議ではない。
もう、驚きすらしない。
「やだわ。ひとつだけ、たったひとつだけ真実があったではないですか」
「そんなもの、あったところで、瑣末なことだ」
「何が瑣末なことがありますか。お姉様がヴァイアン様を想う気持ちだけは本当のことですのに」
「ばっ、馬鹿馬鹿しい!」
僕は立ち上がって、かつての愛人の帰宅を促そうとしたがメアリーは大きな瞳を少し細めて顔を赤らめた。
「お姉様が兄を復讐することの理由が全てリュードにあったと思いますか?」
少女趣味のアクセサリーやドレスを眺める女児のような顔をしている。手を組み合わせて、はあとため息をついてから僕を見た。
「本当に素敵。観劇のヒロインのようだわ。リュードの仇をうつため。そして、ヴァイアン様をお守りするため」
「守る?僕を…?」
憧れの対象を思い描き、煌めく朝露のような瞳は、急に侮蔑の様相に変わる。
「貴方は、どうせ覚えていらっしゃらないでしょうね」
(…なんの、話だ)
メアリーは一つ二つと思い出話を始めた。
僕は立ち尽くしたまま、それを聞くことしかできなかった。
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