ヴァイアン・ローレンス視点,17
サンディーから離縁状の返送があった。中身を確認すれば、確かにサンディー・ノエルのサインがある。手紙の類は、ない。
(本名はサンディー・シェルダーというらしい。だが、彼女はまだノエル家の人間なのだな)
などと漠然と思う。復讐の執念がそうさせたというが、憎む相手と十年同じ屋敷で過ごすなど、僕なら気が触れそうである。と同時に待て、とも思う。
他ならぬ自分自身が金のために嫌いな相手と結婚までしたではないか、と。
(みんな、狂っている)
僕はぞんざいに机の上に書類と封筒を放ると、目頭を押さえて背もたれ深く、凭れ掛かった。
ノックの後入室したサモンが、ちらりと横目でその書類を見遣ると、姿勢を正す。
「旦那様、お客様でございます」
「…?誰とも約束はないが…誰だ?」
「メアリー様でございます」
「……は?」
「お通ししますか?」
「ふざけるな。帰せ」
サモンは「左様でございますか」と、さも意外だと言わんばかりに目を大きくした。
「今更何の用だというのだ!」
「そうお思いになるなら、お会いになればよろしいでしょう」
「何!?」
「このサモン、坊ちゃまをこれくらいの時から知っておりますがね」
言うと、親指と人差し指で、ビーズひとつ摘めるか否かの隙間を作ってみせる。
「だから、坊ちゃまは止めろと…」
「坊ちゃまは、父君が真実『氷の伯爵』の噂を恐れていたとお思いですか?」
「父は噂を恐れていたさ。だからローレンス家は僕に関わる噂をもみ消すために多額の借金を…」
「だから坊ちゃまはいまだに坊ちゃまなのです」
「何だと!?」
「あの事件の後、坊ちゃまは一度でも領地に行かれたことがございましょうか」
僕が領地を避けていることなど、サモンが1番よく知っているはずである。
「父君は今後、領地運営が滞ることを見越していらっしゃった。あらゆる有能な代理人に声をかけましたが、『氷の伯爵』の領地に積極的に関わりたい者などいなかったのですよ」
「っ……」
「金を配って歩いていたのは、父君が話だけでも聞いてくれないかと、頭を下げていたからに他なりません」
「そんな話は聞いていない…!」
「…言えるわけがございませんでした。最後に手を挙げた人物に、ローレンス家の資産は持ち出されてしまったのですから」
「…なんだと?」
「ローレンス家の借金は、そこが始まりです」
分厚い眼鏡越し。厳しい視線が飛んでくる。
「僕の周りは、嘘と、隠し事ばかりだ」
「父君は、決して坊ちゃまのために運営代理人を探したわけではございません。全ては領民のため。結果騙されて資産が持ち出されようとも、心根はご立派でございました」
「っっっ」
「坊ちゃまは、まずはご自分がどうであったか、立ち返るべきでしょう」
「……全ては、僕が不甲斐ないから、なのだな。僕と二人でいる時、お前が僕を坊ちゃまと呼ぶことも」
「今からでも変わることはできます。幸いにも、サンディー様が残してくださった茶器の事業がある」
「…分かった」
サンディーの弟の遺骸は、領地に埋めたのだ。返すのが筋なのだろう。
(まずは、そこからか)
立ち上がらなければならない。他人に凭れ掛かって生きてきた僕にできるだろうか。見た目の良さと、損得だけに振り回されてきた自分が、本当に嫌になる。
「通せ」
「はい?」
「メアリー・ノエルを通せ」
少し微笑んだ様に見えたが、老執事は口元を一文字に結んで十五度のお辞儀をしている。
「かしこまりました」
久しぶりに会う女の目的は分からない。だが、僕にもひとつだけ、メアリーに確かめたいことがあった。
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