サンディー・シェルダー視点,5
久しぶりの生家に、落ち着くという気持ちは起こらない。ただ淡々と身の回りのことをこなす侍女たちの目に光は宿らない。
それは私とて同じことだ。復讐とは結局、自分の心を殺すことなのだろう。ヴァイアン様から届いた離縁状にサインをすると、細い指の侍女が持つ盆にそれを置いた。
(…どうか、お幸せになってください)
侍女は頭を下げて退出した。これからすぐ返送するのだろう。堪らなくなって、扉から顔を背けた。
私は愛する人を、復讐のために利用した。一生消えぬ業を背負って生きていくしかないのだ。
(覚悟はしたつもりだったのに)
「失礼するよ」
侍女と入れ替わりに入室したのは、シェルダー男爵。私の本当の父である。
「今お茶を用意させますわ」
「セイロンが良いな」
「…相変わらずですのね」
「歳を取れば、人間そう変わらないものだ。サンディー、お前はやっと私が…私たちが知るお前に戻ったな」
社交界で忌み嫌われる令嬢を演じて十年。家族と呼べる時間のほとんどを、復讐相手と共に過ごした私にとって、父の知る私とは誰のことを言っているのか分からなくなる。
「偽りだらけの十年でした。十八と嘘をついて嫁いだ私は、今年二十九ですもの」
「とんだ大博打だな」
「だって、少しも怪しまれてはならなかったから」
「こんなことを言うべきではないのかもしれないが、今からでもお前はお前の道を生きたら良いのではないか?」
「お父様」
「お前の覚悟を分かっていない訳じゃない」
(いいえ、一番分かっていなかったのは私だわ)
あれから私はジクリードと対面していない。私が登場したところで無駄話を増やすだけ。今はとにかくリュードが埋められている場所を探し出すことが先決だからだ。
父だけの尋問が功を奏したのか「知らぬ存ぜぬ、こんなことをして良いと思っているのか。遺骸を埋めたのはヴァイアンだと、本人も認めていただろう」の一点張りだったジクリードに変化の兆しが見られたのは、拘束から僅か三日後のこと。
「…お父様」
目が落ち窪んで正気の感じられない父が、ソファにに深く凭れた。
この家の住人は、もれなく瞳に闇を宿している。五十を過ぎてなお、白髪のない髪を後ろにぺろりと撫で付けてため息をついている。
「お父様。ジクリードの拘束を解いて、机を囲んでお茶まで出して尋問しているそうですね。それでは尋問とは言えないでしょう」
「一日中窓のない、鍵付きの部屋に閉じめているんだ。あそこには真っ白な壁紙と豪華なベッドしかない。一冊の本も置いていない」
「そんなもの、論外ですわ」
「それが一時の自由を与えられてごらん。話すことが同じなら・或いは嘘ならばすぐに部屋に戻されるという条件付き。たったの三日で喋ってくれた」
「それで…言ったのですか?リュードがどこにいるのか」
父の顔に、はらりと一束の前髪が落ちる。紅茶に目線を落として、唇を僅かに震わせた。
「ドストイット公爵領」
私は思わず立ち上がった。椅子が大きな音を立てて倒れる。
「嘘!嘘だわ!!」
「サンディー、お前がそう言いたい気持ちはよく分かる」
「だって、私はリュードの遺骸を探すために、茶器を作るのに使う粘土をドストイット公爵領から仕入れていたのですよ!?」
「分かっている」
「地質調査のためと言って、あちこち掘らせたのだってその為で…」
遺骸を埋めるといっても、運搬できる場所は限られている。
ヴァイアン様が犯人だと吹き込まれてすぐに、ローレンス伯爵領は調査したのだ。
幸いなことに、ヴァイアン様はじめ、父君も、あまり領地に立ち入らなくなった上に、領民はみな他人に無関心だ。
(けれど、リュードは見つからなかった…)
ジクリードが犯人だと知ってすぐに、ならばと思いノエル家の領地を調査したが、こちらもやはり空振りだった。
幸い、私は商才に長けていたので、ノエル家に養女入りしてから何かと理由をつければ、領地に入ることは自由だったのだ。
しかし、ノエル家の領地にもリュードはおろか遺留品のひとつも見つからなかった。
最後に考えられたのが公爵領。ヴァイアン様が埋めた遺骸をわざわざ運搬したとなれば、伯爵領から徒歩で移動できる距離にある公爵領しかあり得ない。
大きな袋を抱えて馬車に乗ったなら、従者の一人でも覚えているはずだからだ。
(けれど、そんな証言は、ノエル家のどこからも聞こえてこなかった)
他人の領地からほじくり返した大きな荷物を運搬するなど、わざわざ協力する者はいないだろう。
深夜に作業を終えたジクリードが、朝方までにノエル家に戻ってこれる距離。ならばやはり公爵領しかあり得ない。
「…でも、やはりリュードは公爵領で見つからなかった…。一体、公爵領のどこに?あの子はどこにいるのですか!?」
「いや、恐らく公爵領からまた移されたのだろうな」
「なら、ジクリードが嘘をついて…」
「いや、あれは嘘はついていないだろう」
「…一体、どういう……」
顔にかかった一束の前髪を、後ろに撫で付けると、感情の読めない瞳を向けて父は言った。
「誰かが、移動させたのだろうな」
「それは…誰が、何のために……」
父は、細く長いため息をついて目を瞑った。
「案外、ジクリードと同じ理由なのかもしれない」
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