サンディー・ローレンス視点,3
「…奥様は」
ベッドに横たわる旦那様を見つめたまま、マリエがギリッと歯を食いしばって言った。
「旦那様を騙していたのですね」
「おやめなさい、マリエ」
「エイルさん」
マリエと私の間にエイルが立ち塞がる。まだ若い侍女を背中に隠して、エイルは続けた。
「奥様は、旦那様を害そうとされました。貴方様を許すことなどできません」
「…もっともだわ」
「私たちを懐柔させたのも…このためですか」
「それは違う」
「ならなぜ!」
エイルは一度戦慄くと、きゅっと強く拳を握り締め、涙を溜めた。
「もしこのまま、旦那様が目覚めなかったら…!私たちはどんな手を使ってでも貴方を殺すでしょう!」
エイルの強い語調をただ受け止めることしかできない。
気が付けば、使用人達は旦那様を守るように私の前に立ち塞がった。
「…やめろ」
小さな、けれど意志の強い低い声がした。
使用人たちの壁の向こうで、旦那様が起き上がったのが見える。
「サンディー、君は…」
そう言いかけた旦那様に、使用人達が一斉に縋りついた。
「旦那様!!」「お加減は…」「大丈夫ですか!?」
口々に使用人達の心配の声が飛び交う。旦那様は「問題ない」とだけ言ったが、それに最も強く意見したのはティムだった。
「奥様とジョディーが旦那様を殺そうとしたのですよ!?突き出すべきです!」
「……もう少し静かに喋れないのか、ティム。頭がくらくらする」
「旦那様は筋弛緩剤を飲まされたのですよ!」
「そのようだな」
「そんなもの飲ませて、何をするつもりだったっていうんです!?」
サモンが私の前に歩み出ると、深く九十度のお辞儀をした。
「奥様、どうやら主人は貴方を不問にするつもりのようです。ならば、私たちはそれに従うまで。どうかこのまま去ってください」
私も深く頭を下げた。全員の視線が刺さるのがわかる。
「お世話になりました」
重い空気の中、刺さる視線に背中を向けると、旦那様の声が引き留めた。
「待ってくれ、君は」
使用人は「何を引き止めることがあります!」と口々に抗議した。
その声が次第に歪んでいき、目の前が暗くなった。
「っっっ…!!」
僅かだが、ジクリードに飲ませるため口移しした毒を、飲み込んでしまったのだろう。
咳き込むと、赤い鮮血が口に押し当てたハンカチを染めていた。
「この期に及んで、か弱いふりをして同情を得ようなんて…!」「旦那様、騙されてはなりません!」「みんな、旦那様をお守りしろ!!」
たった一度の咳が、彼らの忠誠心を刺激したらしい。
彼らに囲まれた旦那様を見たけれど、絡んだ視線はすぐに振り解かれてしまう。
視線を逸らし、両手を握り込んだ旦那様は、ごく小さな声で言った。
「出て行ってくれ」
「旦那様…」
「君の持参金には感謝している。彼らを誰一人解雇することなく、家を再建できた。君が新しく始めたティーポットの事業は更に大きな恩恵ももたらした。…だから、それで目を瞑ろう」
「……っ」
「君のしたことは口外しない。…だから……離縁してくれ」
(これで良かったのだ)
私は深く頭を下げると、目線の合わない旦那様に向けて言った。
「私は…貴方をお慕い申し上げておりました」
「やめてくれ。…君は、君を愛した男を手にかける、毒婦だ」
「本当に憎むべき相手はジクリードだけ。全ては、旦那様を助けるための行動でした。それだけは…それだけは知っていてくれませんか」
「僕を助けるため?この期に及んで、君は一体何を言っている?」
「っっっ!」
(覚えて、いらっしゃらない…)
意識が朦朧としていたせいで、記憶が曖昧になっているのだろう。
私は唇を引き結ぶ。離縁されるだろうことは、分かりきっていたじゃないかと自分自身に言い聞かせるしかなかった。
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