ジクリード・ノエル視点,4
「…そう、もう分かるだろう?貴様のために用意された舞台装置がいかに大掛かりだったか」
とろんとした目で俺を見上げるヴァイアンの、だらしなく弛緩した顔が滑稽だ。私はなおも続けた。
「虐げられた女、美しい妹とは正反対の見目汚らしい姉、醜聞がついて回る令嬢……。お前はサンディーを嫌悪し、娶った女とメアリーがあまりにも対照的で胸を苦しくさせたはずだ」
ところがどうだろう。蓋を開けてみたら、愛した女の可憐さは全て幻想だったと知る。続きを話せば話すほど滑稽で堪らない。
「メアリーの愛らしさに溺れた貴様が夢から覚めて見たものは、サンディーの隠れていた美しさと、そしてメアリーとの確執。…だがそれは全て、お前にこうして毒を飲ませるためにでっちあげた、舞台装置なんだよ!」
「やめて、ジクリード」
「サンディーは黙っていろ。…ヴァイアン、貴様は心の底から動揺した。そして、サンディーに同情し自分を責めた。違うか?」
ヴァイアンの喉仏が僅かに上下する。俺はそれを肯定と受け取った。
「そして…貴様は、稚拙な女だと決めつけていたサンディーが、実は金のなる木だと知る。貴様は、サンディーを離したくなくなったはずだ」
「っっ」
サンディーは顔を背ける。漸く切願叶ったと言うのに、俺が饒舌に語るのが気に入らない様子だ。
「そこに唯一サンディーの心の拠り所であった、兄である私が貴様と分かち合ったフリをしたら……。ほら、頑なに拒絶していたサンディーと簡単に結ばれてしまった。そうしたら貴様はもう、心身共にサンディーに気を許してしまった」
こつ、とティーポットに人差し指を突き立てる。
蓋を開けると僅かに陶器の擦れる音がした。
「…このティーポットは特注でな。貴様を殺すために、サンディーが作らせたんだ。ティーセットの販売で名を馳せたサンディーだ。こう言う趣向のティーポットのひとつ発注したとて誰も怪しまない。これが大国の最西端では、暗殺者のティーポットというんだと。ほら、二層構造になっているんだ。よくできているだろう?」
俺はティーポットに水を入れた後、すぐにワインを注いだ。
玻璃でできた透明なゴブレットの一つに、それを注ぐと透明な水がゴブレットを満たした。
「…ただ傾けるだけなら、一層目の水が出てくるが、こうして空気穴を親指で塞ぐと……」
もう一つのゴブレットは、すぐに真紅のワインで満たされて私の歪んだ顔をそこに映し出す。
「お前は毒入りのお茶を、他でもない、愛するサンディーに注がれたと言う訳だ」
サンディーがぽつりと「…嫌だわ、本当に」と呟いたので、腰を抱き寄せた。
「何が?十年だ…十年だぞ!?私は…十年君を待った!!!復讐に費やす時間を!同じ屋敷で暮らしながら触れることすら憚られる君を!どれだけ耐えてきたと思う!!!」
大きく美しい瞳が私を斜めに見た。その柔らかい頬を優しく撫でる。もう一度唇を寄せようとして、サンディーの人差し指が優しくそれを制した時だった。
「……本当に、嫌な人」
だがその僅かな抵抗に、私の眼前がぐらりと歪んだ。
「…?」
身体と意識が急激に重くなる。気がついた時には、床に伏していた。
先ほど自分で注いで見せたワイン入りのゴブレットが転がっている。
「…サ、サンディ…」
美しい女の名前を呼ぶ。しかし、返ってきたのは私の名前でも、動揺の声でも、ましてや愛の言葉でもなかった。
「…耐えた?耐えたですって?随分と甘いことを言うのね」
「え……?サン…」
「だって、貴方に見せる地獄はこれからだというのに、十年くらいで根を上げてもらっては困るもの。お兄様」
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