ジクリード・ノエル視点,3、後半回想
ゆっくりとサンディーにくちづけをする。朦朧とした目でこちらを見ては、くぐもった声を出すヴァイアンを心の底から情けないと思った。
「っっっ…」
本物の愛を見せつけるために、普段よりも積極的に唇を押し当ててくるサンディーが愛しくて堪らない。
ヴァイアンはどうやら自分の運命を受け入れたらしい。半開きの目で、必死に現実を凝視しているけれど、なんの感情も見て取れない。
「…いいことを教えてやる。私の本当の妹・メアリーは、お前を愛してなどいない」
「…ぅ……」
か細い声が喉から漏れた。何を言っているのかはよく分からなかった。
「サンディーの物を奪って癇癪を起こすなんて、初めっから大嘘だからだよ、ヴァイアン君」
「やめてジクリード」
「なぜ?こいつはもう間も無く死ぬんだ。自分がどれほど愚かでくだらない人間だったのか、分からせてやらないと気が済まないんだよ」
「……」
やっとサンディーが私のものになる。長かった日々を思うと、だんだんと気分が高揚して、つまらない話を死んでいく男に聞かせてやらなければ気が済まなくなっていた。
興奮しているのは自分でも自覚していた。血流がどくどくと脈打っているのが分かる。
「なぜわざわざメアリーを差し向けたか、分かるか?」
✳︎ ✳︎ ✳︎
まだサンディーがノエル家で暮らしている頃、私が寮に入る前は生き地獄だった。
「お姉様!サンディーお姉様!ねえ、何をしていらっしゃるの?」
本を広げて何やら書き物をしているサンディーの肩に、メアリーは自分の顎を乗せた。
ヴァイアンを欺くための汚らしさ。それを誤魔化すための香水に嫌気がさして、愛しいサンディーから距離を取らざるを得なくなっても、妹のメアリーは変わらずサンディーに纏わりついていた。
「あらメアリー、ダンスの練習の時間じゃない?」
「良いの。つまらないから抜け出してきたのよ」
「まあ!ふふっ。シュミットに怒られても知らないわよ」
「だって、背筋を伸ばせって同じことばっかりうるさいんだもの」
「そのうち定規でも入れられてしまうんじゃない?」
側にあった長い尺物をすっと妹の背中とワンピースの間に差し込むと、妹は「ひゃっ!」と短い悲鳴をあげた。
「酷いわ、お姉様まで!」
「うふふふ、ごめんなさいね。つい」
二人のやり取りにムッとした。幼い頃から、妹と喧嘩をするのは決まってサンディーの取り合いからだった。
けれど一緒に暮らし始めてからは、その酷い臭いでとても近寄る気になれず、どこに向けたら良いのか分からぬ情動だけは自分の中でマグマのように溜まっていくばかりだ。
「お前がだらしなく見えるんだから仕方がないだろう」
「お兄様に言われたくないわ」
ぷいっと顔を背けたメアリーの子どもっぽい仕草を見て、ため息をつきたくなる。
まだ垢抜けない少女だったメアリーに、この時サンディーは転機となる言葉を発した。
「メアリー、私、いずれ貴方に協力して欲しいと思っているの」
「協力…?ヴァイアンに復讐するための?」
「ええ、そうよ」
「お姉様のためなら何でもやりたいけれど…でも、私がどうやって?」
にっこりと笑ってサンディーはメアリーに耳打ちした。
「色仕掛け…私が?無理、無理よ…だってダンスだってろくに踊れないし、お姉様みたいに美しくないもの!」
「メアリーならできるわ、貴方は絶対に美しい淑女に化ける。そのためには…」
「本当に!?私が!?一体何をしたら良いの?」
「まずはダンスの練習をしましょうか」
メアリーの肩に両手を乗せるサンディーが、幼子を窘めているように見える。
妹はきらきらと目を輝かせて、俄然やる気になると、椅子をガタンと倒して立ち上がった。
サンディーはその倒れた椅子を直すと、美しい所作でメアリーを座らせてしまった。
「…っあ、お、姉様」
メアリーはすっかりその所作に見惚れてしまっている。
「貴方は今から変わるのよ、良い?」
「は…」
「こんなふうに紳士に覗き込まれて問われたらなんと返すつもり?」
「〜〜っ、こ、困ってしまいますわ…?」
ふう、とため息をついてから再び少し笑んで、メアリーの頬を両手で包んだ。
「どんな意図が?…そう言ってしっかり見つめ返しなさい」
「…は、はい」
メアリーは耳まで真っ赤にしてカーテシーで一礼すると、ちょうどそこにシュミットが現れた。
「こんなところにいらしたのですね!お嬢様!おサボりばかりでレッスンになりません!ジクリード様からも言ってください」
「いや、これからは真摯に取り組むだろう」
「え?」
メアリーは遠く未来を見据えたような目になって「さあ、早く行きましょう、シュミット」と言って、家庭教師の目をぱちくりとさせた。
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