ジクリード・ノエル視点,2
今日のために用意した特注のティーポット。見た目は他のものと何ら変わらない。
そのつるつるとした表面に映る俺の顔が歪んだ。
(そうだ、死に土産に教えてやろうか)
「…ご存知だろうか。サンディーがどうして強い香水を振っていたか」
「?…香水、ですか。ああ、ここに来た時、かなりキツい香水の匂いで…」
(参ってしまったか)
人は嗅覚を何となくでしか記憶できないのだと言う。ヴァイアンとて、数ヶ月過ごすうちに香水の記憶は薄れているのかもしれない。
それからかなり言いにくそうにサンディーを何度か見ると、逡巡してから俺に視線を寄越した。
「…そのことですが、実は侍女から話は聞いております。サンディー、すまない。君は隠すつもりだったかもしれないが、僕は知ってしまった」
「私は構いません」
「っっ…。僕は、その…ノエル家では、湯浴みですら満足にできなかったのではないかと…推測している」
明かりのための蝋燭が、風もないのにゆらゆらと揺れている。
蝋燭を揺らす正体はもしかするとサンディーの執念ではないかとさえ錯覚する。
ヴァイアンの右手が震え始めた。紅茶に混ぜた毒薬が回り始めたのだろう。
「…僕が食べ終えた後、冷え切った食事を食べる癖」
ヴァイアンはか細い声でそう言うと、まるで神に赦しを乞うように、震える手を無理矢理組み合わせた。
「僕はそれを初め、我が家の粗末な食事など摂れないと解釈し、サンディーに辛く当たりました」
「ヴァイアン殿」
「お怒りはごもっともです。…僕の懺悔を聞いてくださいますか、義兄上殿」
「っっ!!」
予定にない。
明らかに毒が回り始めている、呂律の回らぬ舌で必死に語る姿は、まるで本当に…
(サンディーを本当に愛しているみたいじゃないか!!)
私はその気迫に、少したじろいだ。
「鼻が曲がるほどの香水は、湯浴みもできぬ故の匂いを隠すため…!そして、食事も同席させぬほど、家族に嫌厭されていたからこそ、この家でもいまだにその癖が抜けない!」
「落ち着かれてほしい、ヴァイアン殿…」
「ち、ちぐはぐな装いはメアリー殿からの執拗な強奪の結果!そして…っっ、あの酷い厚化粧は、メアリー殿からの暴力による怪我を隠すため…違うか?」
コチコチ、と時計の秒針が嫌に耳につく。
(この男…!!ノエル家を嗅ぎ回ったか!…だが、どうやら本当に隠したい部分は漏れていないらしい)
想定外だが、ノエル家の使用人には徹底的に刊行令を敷いている。
ヴァイアンが調べたのは、あくまでも"表向きの"事実である。
サンディーを見た。相変わらず何を考えているのか、さっぱり分からないけれど、復讐が最終局面を迎えた女の顔は美しかった。
「っっっ…」
毒が回っていよいよ座っていられなくなったらしいヴァイアンが、椅子からゆっくりと滑り落ちる。
かたん、とかすかな音と共に床に伏せた。ほとんど喋れないだろうに、必死になって言葉を紡いでいる。見ていてこちらまで情けなくなるほどだ。
「…君は、君たちは、僕を殺すつもりだね」
「……」
「サンディーは、あの日、僕が轢き殺した子どもの、家族…母親にしては若すぎる……姉君、違うかな?」
「そこまで…バレてしまいましたか」
寂しそうに笑ったサンディーは、ヴァイアンをじっと凝視している。
俺はそれに無性に腹が立った。
「サンディー」
いもうとの腕を柔らかく引き、腰に手を回した。
ヴァイアンは、目が半分くらいしか開けられないくせに、何か妙に納得したような顔をして、おまけにまだ何かを言おうとしている。
「僕は…いつか、殺されるかも知れないと…思っていたんだ…」
「知っているさ。だからこんなにまどろっこしいことをすることになったんだ。あんたがやたら警戒しているから。サンディーは私のだってのに」
可哀想に、自分が憎む相手に何度も犯されて。
(ああ、それでも…)
「最後にいいことを教えてやる。私とサンディーは愛し合っているんだよ。サンディーはお前に復讐するために、わざわざノエル家の養子になったんだ」
「一体、どこ…から……」
「お前がリュードを轢き殺してすぐだよ」
「リュード…リュードというのか、あの子は……。なんて…かわいそうなことを…」
「ああそうだ、全部狂った。お前のせいで。サンディーは私だけのものだったのに…!!ヴァイアン、貴様は死んで詫びろ」
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