ジクリード・ノエル視点,1
「ジクリード殿、お待ちしておりました」
白々しく両手を広げて歓迎するヴァイアンに、嫌悪感をひた隠しにした笑みを向ける。
それからヴァイアンは、今日の為に用意したらしいワインを開けた。
(本当に、今日、こいつを始末するんだ)
私だって少しは緊張もする。喉が渇いて、注がれたワインを一気に飲み干したくなった。けれどそれは不自然だろう。この日のために費やした日々を思えば、失敗するわけにはいかぬ。サンディーに目線をやるが、まったく合わなかった。
(まあ、それもそうか。漸くこの時が来たというのに、バレるわけにはいかないのだから)
取り敢えず、当たり障りのない会話で緊張を隠すよりない。
「サンディーが作ったティーポットの売れ行きが好調な様子、ヴァイアン殿も飲んでみられたでしょう?」
「ええ、正直僕にはあまり紅茶の違いなどは分からぬので、絵になるデザインを高く評価しています」
「それはそれは」
(上機嫌だな)
ついこの間まで、借金に首が回らなかった伯爵家とは思えない豪華な料理が並んでいる。
それもこれも、サンディーのお陰だろう。
(きちんと領地を運営すれば、もっと豊かになるだろうに)
王都に戻る前にローレンス伯爵領を視察したが、作物は細く、領民達はみな飢えていた。
(予定にはないが、この男はどうせ今夜死ぬ身だ。聞いてみるか)
別に他人の領地のことなどどうでも良いが、今ならなんでも気さくに答えてくれそうである。
「領地にはあまり行かれないのですか?」
ぴくり、と反応したヴァイアンは「あ、ええ、ええ」と曖昧な返答の後口を閉ざしてしまった。
(…なるほど)
サンディーに視線をやったが、涼しい顔をしてカルパッチョを口に運んでいるだけだ。
(サンディーの弟は、伯爵領に埋まっているのではないか?)
恐らくそれで行く気になれぬ、違うだろうか。
当のサンディーは、一向に俺を気にするそぶりもない。その態度にじれじれとする。
私は焦って余計なことを口にしてしまった。
「なあサンディー、領地に行ったことはないのか?」
「ないわ。嫁いで間もないもの」
「そ、そうか」
(まずい、私がどうしても知りたいように見えてしまったかもしれない)
もっと油断させなければ。その為に晩餐を共にするなど、ややこしいことをしていると言うのに。
微妙な空気が流れたけれど、食事を済ませて気持ちが落ち着いたのか、料理長が「お口に合いましたでしょうか」と聞きにきた時には全員がもう何も気に留めていないようだった。
(別に領地のことを聞くくらい良くあること。考え過ぎだ)
頭を軽く振るって、運ばれてきたケーキに目を落とした。
「これは見た目がなんとも涼やかですね」
「パンナコッタの上にゼリーを乗せてあります」
ヴァイアンがそれを口に運ぼうとしたのに気がついて、この日初めてサンディーと目線を交わした。
(遂に、この時がやってきた)
サンディーは口元に手を当てて「ふふ」と微笑んで言った。
「旦那様、カップが空ですわ。お注ぎしましょう」
「ん?ああ、本当だ」
「さあ、お兄様も」
注がれた紅茶に口をつけたのは、全員ほぼ同時。
(ヴァイアンのお茶にだけ、ベラドンナの毒が入っているんだ)
サンディーが入れるお茶を、躊躇いなく飲めるようにするため、わざわざ奴の懐に潜り込んだんだ。幸い、ヴァイアンは紅茶の良し悪しが分からぬ。
(さあ、そろそろ痺れが出る頃だろう)
「うむ、やはり違いがよく分からない」
「ふふふ、もう、旦那様ったら」
後は、だんだん毒が回ってくるのを、笑いながら見ていればいいだけのこと。
「すまない、大事な話があるので人払いをお願いしても?」
毒を飲んでしまえばこちらのものだ。ヴァイアンは片手を上げると、いよいよ室内には三人だけとなった。
遂に舞台は整った。
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