ヴァイアン・ローレンス視点,2
「旦那様、末長くよろしくお願いいたします」
寝室のベッドの上、サンディーは多少マシになった姿で頭を下げた。
当然だ。彼女が僕の妻となった以上、酷く華美でちくはぐな装いは避けてもらいたい。
侍女が準備した夜着の方がマシだなんていうセンスは、一体どういうことなのだろう。
「…ひとつ、言っておく」
「何でしょう」
「僕が、メアリー…君の妹に求婚したことは、知っているだろう?」
「存じております」
「ならば話が早い。僕の想い人はメアリーただ一人。君が妻になってもそれは変わることはない」
「左様でございますか」
その淡白な受け答えに、俄かに腹が立つ。
考えてみれば、サンディーと会話らしい会話をするのは、数えるくらいしかない。それもすべて結婚が決まってから、なのである。
「君は、なぜ妹に求婚した男と結婚するつもりに?それに…氷の伯爵の異名は、知っているだろう」
「まさか、本当に生娘を喰らう者がおりましょうか。そんなことを今になって問うのですか?」
「っっ…!」
どきりとした。生唾を飲み込む。
どっしりと構えるサンディーからは、むしろ余裕すら伺える。
(なんだ、急に…。どうしてそんなことを問うのかって?なぜそんな質問返しをする)
「旦那様こそ、なぜ私を娶るつもりになられたのですか?」
「それは…」
これが数多の男を籠絡した目線か、と思う。しかしサンディーはその射抜くような目線を逸らすと、再び頭を下げた。
「失礼いたしました。私はヴァイアン・ローレンス様に嫁いだ身。差し出がましいことを申しました」
「っ…。良い。お互い好き合って夫婦になった仲ではない」
「ですが、私の務めは理解しているつもりです。ローレンス家の繁栄のため、尽くして参ります」
「そのことだが…」
小さな顎を片手で掴んだ。吸い付くような肌だ。
「君と肌を重ねるつもりはない」
「…今、なんと」
「君が僕の子どもを成すことはあり得ないと言っている。僕は君に触れたくないし、それは生涯変わらない」
「旦那様…」
「穢らわしい!!」
掴んだ顎を思い切り振り解く。あれだけ鼻についていた、サンディーの香水の香りが消えている。当然だ。我が家では一切香水の類を付けてくれるなと厳しく言い付けたのだから。
「…今夜は…いや、これから先も、ここで一人で寝てくれ」
「このベッドで、ですか?」
ふん、と鼻を鳴らす。怒りを通り越して呆れたからだ。
「君にしてみれば、質素で簡素なベッドだろうが、我が家では一番大きなベッドだ。不服か?」
何か言い返そうとしたサンディーを置いて、僕は寝室を去った。
急いで戻る書斎への廊下。その暗がりで、何度か躓きそうになりながら、歩調は早く、次第に息が上がっていく。
(メアリー!)
机の鍵付きの引き出し、そこにしまった一通の手紙。
『ヴァイアン様』
間違いなく僕宛の手紙である。
結婚式が滞りなく終わって、タイを解いたその瞬間。どこか後ろめたそうな執事が、そっと僕に渡したものだ。
差出人の名前は他でもない、メアリーだった。
(一体、どうしたのだろう)
一人で誰にも邪魔されず、ゆっくりと読み上げたい思いが募り、晩餐も碌に喉を通らなかった。
メアリーが認めた手紙から、インクの匂いと混ざって、懐かしい香りがする。
(これは、どこで嗅いだ香りだろうか)
『ヴァイアン様』
そこから先を読んでしまったら、僕はどうにかなってしまいそうで、勇気が踏み出せない。
けれど、僕の目はどんどんと君の文字を追いかけてしまう。
「……嘘、だろう?」
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