前半、ドストイット公爵視点 後半、ヴァイアン・ローレンス視点
「よろしいのですか、私までサロンでゆっくり過ごしても」
「構わぬ。ご令嬢達から、今日一番の注目の的を奪ってしまって気が引けるが」
「そんなことはありません。きっと今頃、兄がその役目を担っていることでしょうから」
「あの美丈夫ですからなあ、はっはっは!」
その光景を想像して、全くと言うふうに苦笑いを浮かべるサンディーに、とても十八とは思えぬような落ち着きを見てとった。
「…ローレンス殿は漸く貴方を認め始めているらしい」
「うーん、そうなのでしょうか?」
「気がついておるくせに。愛されている女の顔をしておる」
じとっとした目を向けられて「おっと、失礼」と言って片手を上げた。
「思えば色々ありました」
「ローレンス殿のあの気難しい性格は社交界で知らぬ者はおらん。氷の伯爵の渾名はそういったところに由来するんじゃないかと最近では思い始めておるよ。ともあれ、落ち着いて良かったではないですか」
にこっと破顔したサンディーは、「いえ」とあっさり否定した。
「まだまだこれからです」
長い夫婦生活、それはそうなのだろうが、結局サロンに送り届けるまで彼女の発言の意図は分からぬままだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「やあ、兄君は連れてこなくて良いのかい」
「確かに私は兄に可愛がられているのでしょう。ですが、兄もそこまで野暮じゃありません」
姿勢正しく座ったサンディーの背中に指を這わせたくなる。
「旦那様、カップが空ですわ。私が」
「いい、自分でやる」
サンディーが手掛けたという茶器。白と青を基調とした、爽やかな色合いだ。
「…君の好きな色は、青だったか」
「いいえ、青も好きですけれど…」
「ふうん、自ら作った茶器に取り入れるくらいだから、てっきり」
サンディーの細い指に触れる。ぴくりと反応した指先に僕の指を絡めた。
「これから、たくさん教えて欲しい。君の好きな色、場所、食べ物、何でもだ」
「ええ」
「好きな色は、何色だい?」
「そうですわね。私は…そう、赤が好きですわ」
なぜか、胸元が苦しくなった。ぐったりと横たわる子ども、真っ黒な砂利と泥、手にこびりついた血。あの時の光景が思い出されて、ぐらりとする。
(吐き気がする…)
「旦那様の好きな金色と組み合わせたら、それはそれは豪華な色合いでしょう」
「僕の…好きな色を伝えたことがあっただろうか?」
「エイルやマリエや、屋敷のみんなから聞いておりますもの」
それもそうかとひとりごち、自分で伝えることもしなかった愚かさに、ただただ自分の頬を殴りたくなった。
「と、ところでこの茶器にはどんなこだわりが?」
「見た目の美しさももちろんですが、お茶を抽出する際温度が下がりにくい粘土を探し出し作らせておりますの。そして、この丸み。茶葉が対流しやすいよう極限まで丸みを帯びております」
正直あまり良し悪しなど分からぬ。分からぬけれど、こだわり抜いた自身の製品を目の前にして、雄弁に語っている姿に魅力されるばかりだ。
(そうか、彼女は紅茶が好きなのか)
「旦那様?」
「え?あ、ああ、すまない」
「いえ、こちらこそ。私の話ばかりしてしまって…」
「いや、良いんだ。君の話を聞きたい。もっと、たくさん」
「っ…だ、旦那様」
自然と重なった唇に、僅かな切なさを覚える。
サンディーと交わしたくちづけは、これが初めてであった。
改めて自分の不甲斐なさを呪うことしかできないでいる僕は、相当愚かである。
驚き目を丸くしているサンディーを哀れに思う。結婚式でもくちづけなど交わさなかったのだから。
それでも、
「正直に言おう、僕は君に惹かれ始めている」
「本当、に…?」
「その質問は当然の報いだと思う。だが、嘘偽りなどはない」
「…、私は、元より貴方に釣り合う様な女ではありません。持参金だけでは到底届かぬ存在なのです。だからせめて、こうして茶器の一つでも売って、ローレンス夫人として貴方の隣に立ちたいのです」
その言葉にハッとした。
「ひとつ、良いだろうか。君は随分とノエル家で虐げられていたようだ。けれど、どうしてあの持参金だけは君の門出に気前よく渡されたのだろうか」
「……」
「あ、す、すまない。その、忘れてくれ」
「あれは私がハーブティーや紅茶をブランディング化し、販売して得たお金です」
「…え?」
「私の様な女と結婚するのに、あれだけでも準備しなくては申し訳ないではないですか。…それでも、お渡しできたのはコツコツと貯めた一部です。あとは…」
「まさか…メアリーが手をつけたのか?」
サンディーは目線を逸らすだけだが、十分な答えである。
(渡された以上の、それも相当な額を稼いでいたというのか)
ごくり、と息を呑んだ。
(サンディーは、どうやら商売に長けているらしい)
聡明で美しく、金儲けもできる。こんな女はそういないだろう。こんなこと、口が裂けても言えないけれど。
できる限り切ない表情を作って、彼女の肩を抱いた。
「サンディー…僕は幸せ者だよ」
「ええ、私も…」
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