ヴァイアン・ローレンス視点,13
ドストイット公爵は僕一人を連れて、自慢のサロンに案内した。
「いやあ、奥方は本当に熱心な方ですなあ!」
「は、はあ…」
茶がまずい。
(いや、一級品の茶葉なのだろうが、まるで無理矢理塗料を飲み込んでいるみたいだ…)
先ほどからの訳のわからなさからか、喉が締まってただの液体がものすごい粘度に感じられる。
(身体が受け付けない。喉を滑っていかない…)
「その様子だと、何もご存知ない」
図星を突かれて閉口してしまう。僕の様子を見てとって、公爵は足を組んでからコツコツと指を打ちつけた。
「夫婦仲をどうこう言うつもりは毛頭ないが…」
「いえ、仕方がないのです。妻を嫌悪していた僕が悪いのですから」
「ほう?」
「妻の…結婚前の噂や、身なりはご存知でしょう。ドストイット殿は、どうやらそう言った類の噂を信じない様に見受けられますが…。僕は結婚後も暫く本当の妻の姿を見ようとしなかった」
「なるほど。しかし、先ほどのローレンス殿からは、奥方に対して嫌悪というより…」
ふっ、と笑ってしまう。自分でも信じられないけれど、自然と笑みが溢れた。
「そう、最近になってなのです、お恥ずかしながら…。妻の本来の美しさや聡明さを知ったのは」
「確かに、ローレンス殿と結婚してから奥方は洗練されましたな」
「そうでしょう」
「だが、勘違いしてはいけない」
一瞬、厳しい目線が飛んでたじろぐ。二本指で僕を指した。ぴったりと嫌な場所を、確実に狙っている。
「奥方殿が、茶器の販売をするにあたって、何度も相談に来られた。私の領地では質の良い粘土がよく取れるのでな」
「そう、ですか」
「ローレンス家が持参金で立てなおったとはいえ、それは一時的なことだろう。奥方はもっと先を見据えてローレンス家の未来を考えていたんだ。なんと献身的な愛だろうか、涙が出てくる」
かっと顔が熱くなった。父が残した借金があったのは確かだし、サンディーが実家で虐げられていたのを知ったのもつい最近であることは認めよう。
(だがしかし、しかし…!)
いや、と湧き起こる恥ずかしさを諫めた。
(サンディーは、そこまで僕のことを考えていてくれたのか…。それも結婚前に)
僕がサンディーを最も嫌悪していた時期である。そしてそれを、サンディーに対して隠しもしなかった。
『持参金と結婚するだけだ』
そう言った。
『僕が愛しているのはメアリーだけなのだから』
とも言った。末端から血の気が引いていく。
公爵は、やれやれと言ったふうに両手を広げてみせた。
「私はただ奥方の相談に乗っただけ。これからはローレンス殿と夫婦二人三脚で盛り立てていけば良い」
「……これが、サンディーがデザインした茶器、ですか」
正直、ティーポットの良し悪しなどよく分からぬ。カップの口当たりなど考えたこともない。
それでも、
「我が妻のことながら、とても素晴らしい意匠です」
公爵は安堵の様な笑みの後、窓の外に目をやった。
「…奥方は、あのように本来人を惹きつける魅力に溢れたお方、みすみす手放さずに良かった良かった」
はっはっは!と笑って「奥方を呼んでくる様に言おう。それまでしばし、ゆるりと過ごされてくれ」と続けた。
かちゃりと扉の閉まる音がして漸く自分が馬鹿にされたことに気がつく。
時遅くして、再び顔が熱くなった。
(遅かった、何もかも…!!)
サンディーの美しさに気づくのも、彼女が持つたくさんの魅力や、ひた隠しにした知性を知るのも。
そして…サンディーの愛に気がつくのも。
(なんて僕は愚かなんだ)
ずきりと頭が痛んだ。また、あの嫌な記憶が脳を歪ませるような錯覚に陥る。虚しいほどに軽い遺骸の感触、動揺、目眩。
僕は一つ覚悟を決めた。いつかサンディーに打ち明けよう。きっと彼女なら受け入れてくれるはずである。
(思えばメアリーにそんな期待はしなかった)
窓の外で、公爵がサンディーに声をかけているのが見えた。
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