ヴァイアン・ローレンス視点,12
ジクリード・ノエル。
王立学校に通う、妻の兄。
(それが、どうしてここにいる!?)
「お初にお目にかかります。挙式に参列できず申し訳ありませんでした。サンディーがお世話になっております」
「あ、ああ…」
なんという圧迫感。獲物に狙いを定めるような目。
僕が圧倒されていると、あちこちから黄色い声が上がった。
ジクリードはにっこりと微笑んで、彼女らに愛想を振り撒いている。
(なんだ…?圧が消えて…)
落ち着いて見れば、漆黒の髪とその長身に見下ろされるような格好になって圧倒されてしまっただけである。
この兄というのは、サンディーのことを大層可愛がっていたらしいが、お世辞にも社交界で人気者とは言えない妹を娶ったのだ。お礼を言われても良いくらいである。
僕は、ふうと一息ついてから、試すように言った。
「驚きました。サンディーからは、兄君が今日帰省するのだと聞いておりました故、ドストイット家の茶会に参加されるとは思いもよらず…。サンディーとはお会いにならないのですか?」
嘘くさい笑顔を貼り付けた義兄は、「ああ、」と言って後ろを振り返る。
「一緒に来ていたサンディーが、ご令嬢達に捕まってしまいまして」
「…は?」
見れば、今朝自分を送り出してくれた妻が、すぐそこでたくさんの令嬢に囲まれて生き生きとした笑顔を見せているではないか。
「サンディー!!!」
思わず怒鳴った僕に、その場にいた全員の視線が刺さった。
ハッとする。それは、ジクリードとて例外ではなかった。
「ローレンス殿」
一際低い威圧の声がする。そのオーラは、一瞬陽が翳ってしまったのではないかと錯覚するほどであった。
「旦那様!」
サンディーが駆けて来て、僕とジクリードとの間にちょこんと立った。
「大変申し訳ございません、旦那様。この通り、本日は兄と茶会に参加させて頂いておりまして」
「は…?」
「んもうお兄様ったら。私から紹介しようと思っていたのに」
ジクリードは、「それはすまない」とだけ口にした。
(そうじゃ、ないだろう)
「サンディー…なぜここにいる」
「…?ですから、私は兄とここに呼ばれて」
「なぜそうなるッッ!!!」
しん、と水を打ったように周囲が静まりかえる。やがて、ぽつりぽつりと蛍の明滅のようにゆっくりとあちらこちらでヒソヒソと耳打ちする囁き声が聞こえて来た。
「っっっ!!!」
「…旦那様」
「っ、この…」
「本日は、私が手がけた茶器のお披露目会を兼ねているのですよ」
(茶器、手がけた、なんの話だ)
くらりとする。まるで知らない国の言葉で語りかけられた時の様に狼狽した。
突然、ぽんと肩を叩かれて心臓が持ち上がったような心地がする。
「やあ!久しいではないか、息災の様子。なによりなにより、ハハハハ!!」
「こ、う…っ、公爵殿」
豪傑を絵に描いたような男は、白髪混じりの髪を掻き上げて笑った。それはこの屋敷の主である、ドストイット公爵その人だった。
「サンディー穣…奥方と結婚されたのはまさに幸運でしたなぁ」
「……は、」
言葉に詰まる。何を言っているのだろうか、と。
(サンディーの美しさに気がつき始めたのは事実。けれど、それはつい最近のことだ。それともまさか、持参金のことを言っているのか?)
社交界は、今まで散々サンディーをこき下ろしてきたのだ。それが彼女の恵まれない境遇のせいだと知っているのは僕だけのはずである。
(いや、待てよ。公爵殿はどうであったろう)
思い出せない。記憶が錯誤しているのではない。サンディーに関心を寄せていなかったからに他ならぬ。
ぐっと肩が引き寄せられて、公爵の低い声が耳元でぽつりと呟かれた。
「奥方は、ローレンス殿との結婚が決まってから、必死にローレンス家の再建について取り組んでいたからなあ」
「それは、どういう…」
ニッと笑って、「今日は随分と良い日和だ」と空を仰いでいる。
公爵は、仰いだ空に負けぬほど爽快に叫んだ。
「今日は大いに楽しまれてほしい!」
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