サンディー・ローレンス視点,1
初めてのことだ。
(朝食に誘われるなんて…)
旦那様は、ダサくて臭くて男の影が常にある、そんな私を朝食に誘ったのだ。
とんでもなくセンセーショナルな存在である私に関する噂は100パーセントどころか、200パーセント嘘である。
そしていつの間にか噂が噂を呼んで、尾ひれにはひれがついて散々こき下ろされた挙句、ゴシップ好きな社交界は私の結婚と同時に私の噂話に飽きてしまった。次から次に茶会の誘いが舞い込んできたのだ。この掌返しには失笑した。彼らはゴシップ好きであると同時に、新しもの好きでもあるのだ。
よく清掃された窓枠をすっと撫でる。指には埃のひとつも付かない。
(今の社交界を賑わせているのは、もっぱら旦那様とメアリーの噂話だわ)
初めは私のことをついでに語るようなこともあったけれど、ローレンス家に嫁いでからこざっぱりとした私に、噂話はいつの間にか立ち消えてしまった。
(と、いうより旦那様が私の外出を嫌ってあまり外出しない生活だったから、それが幸いしたのかもしれないわね。それにしても)
いくらドストイット家の茶会とはいえ、旦那様から夫婦揃って出向きたいと言うなんて驚いた。
今日、旦那様はお一人で参加されるのだろうか。
メアリーから届いた手紙によると、恐らくそうなのだろう。
(返信は、していない)
けれど、それでも明日も届くだろう。
『お兄様はお姉様贔屓だものね』
その一文に、メアリーの全てが込められていた。王立学校の寮で、一人離れて暮らす私の味方。
『私は、将来のため王立学校に通うことに決めた。今はひたすら勉学に勤しんで……』
別れの日の言葉を思い出す。
「久しぶりだから、少し緊張するわね」
(やだ、私ったら。その前に旦那様との朝食に集中しなくちゃ)
また以前のように文句を言われたらと頭を抱える。このローレンス家で、つつがなく過ごすためにこれからどう立ち振る舞うべきか、と。
少し気が重くなりながら、久方ぶりにダイニングの扉を開けた。
(ああ、この部屋はこんなにも明るかったのね)
旦那様は私のことをちらっと見ると「座りなさい」と低い声で言った。
「…あの、今日はどうして朝食に招いてくださったのですか?」
「別に…大した意味は」
言葉を遮るように、侍女長のエイルが旦那様の小脇を素早く小突いた。
「ゔっ!!!っっっ!!!」
エイルは「ほほほ」と微笑むと「どうして旦那様はそう意固地なのですか!」と大層早口で彼女が仕える主人の耳元で訴えた。
(聞こえてるけど…)
「ぐっげほっ!その、なんだ。たまには、良いだろう」
ふん、と顔を背けた旦那様を見てため息をついたエイルは「この通り坊ちゃまは昔から素直じゃないんですよ」と言った。
「ぼっ!その呼び方は止めろと言っただろうに!」
「旦那様が捻くれ者に育って、エイルは悲しゅうございます」
「旦那様」という呼称にわざとらしさを感じる。
二人の掛け合いを見て、なぜか自然と笑みが溢れた。こんなこと、どれくらいぶりだろう。
「…っ」
「あ、すみません。微笑ましくて。つい」
「いや、良いんだ」
旦那様の耳が赤い。
「だんなさ…」
「今日は、君の兄が帰ってくるのだろう」
「はい。お茶会に同行できず申し訳ありません」
「構わん。ゆっくりしてこい」
「ありがとうございます」
「君の兄君には会ったことがない。後日席を設けてくれるんだろう?」
「旦那様がよろしいなら、喜んで」
「兄君に聞きたいことも、たくさんあるからな」
言いながらサラダを口に運ぶ旦那様を見て、にこりと微笑んでみる。旦那様は、なぜかフォークを置いて私をじっと見た。
「…やはり、ゆっくりで良いと言ったが、程々で頼む」
「え?」
「帰宅した時、君が出迎えてくれると、嬉しい…と…」
「旦那様…」
思わず、エイルとばっちり目が合った。彼女は肩をすくませて目尻を細めた。
「喜んで」
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