ヴァイアン・ローレンス視点,9
酷く、疲れた。
椅子に凭れて、無意味に両手で目を覆う。出るのはため息ばかりだった。
「はあ…」
結局、メアリーはサンディーの部屋に乗り込んで身ぐるみを剥がして帰って行ったのだ。
(なんなんだ、あれは…)
使用人達はみな驚き、立ち尽くすことしかできない様だった。一瞬、どちら側の味方をしたら良いのか分からなくなる。
メアリーのことを愛するあまり盲目になっていたが、とはいえ目の前で衣服を引き剥がされるのを止めない道理があろうか。
それで
(思わずメアリーを止めてしまった…!)
よく考えもせず、咄嗟のことだった。自分の屋敷の中で暴れる者がいれば、誰だって取り押さえようとするだろう。
メアリーは僕を突き飛ばすと『貴方も同じだわ』と言って、去って行ってしまった。
なぜメアリーを追いかけなかったのかといえば、あられもない姿で項垂れる妻を優先せざるを得ない。
侍女達はタオルだのシーツだのを抱えて来たが、僕は側に落ちていた、或いはかろうじてメアリーの視線から逃れていたローブをサンディーの肩からかけた。
「…だ、大丈夫か?」
喉から搾り出した精一杯の一言だった。
「旦那様…」
マリエにすぐ温かいハーブティーと着替えを用意するよう伝えると、侍女達は慌てて飛び出て行った。
「あれは…メアリー、殿は、一体どうしてしまったのだ」
「いつもの、ことですわ。旦那様からこのお屋敷の衣服をお借りしたのがいけなかったのです」
「それが、どうしてこうなる?」
「どうもこうも…私がいつもチグハグな装いであることに、嫌悪していたはずの旦那様ならお分かりになるでしょう?」
「分かるものか。あれは、異常だよ…。君は何を隠している?」
「隠す?」
項垂れたままの妻は、どうしてここにメアリーが来たのか咎めることもしない。むしろ、それが当然であるかのようだった。だから、それに気がついた瞬間、僕の中で何かが崩れた。
やがて、サンディーはくすくすと笑い始めた。自嘲気味の笑顔だった。
「私が隠していることなど、何もありませんわ」
「僕は何も聞いていない!知っていたら…」
「知っていたら、なんです?メアリーに求婚などしませんでしたか?…それとも、結婚後にメアリーと関係を持つこともしませんでしたか?」
「っっっ!」
「私は何度も訴えようとしました。けれど、私の言葉を遮ったのは、他でもない旦那様ですわ」
奈落の底へ、真っ逆さまに落ちていく様な心地だった。
他でもない、僕自身がサンディーの心を閉ざしたのだ。
(僕は、知らなければならないだろう)
「…今からでも、遅くないだろうか」
「え?」
「貴方の、言葉が聞きたい」
はだけたローブを気にして、ぎゅうぎゅうと両手で布を締め付けている。
僕は堪らず自分のジャケットを脱いで彼女に着せた。
所詮噂は噂であった。サンディーの言う通り、彼女は生娘なのだろう。肩を抱いた僕の腕さえ警戒しているのが分かる。指先が震えていた。
(仮にも夫だが…いや、当然の反応か)
「…もうすぐ着替えも温かい飲み物も来るだろう。別に、今すぐ話さなくても良い」
「側に、いてくださるのですか?」
「仕方がないだろう。今、僕が君を突き放せば、僕がエイル達から締め上げられそうだ。」
「っ…。心細くて、とても……」
サンディーの頬を、はらはらと涙が伝った。
僕はこの時、初めてサンディー・ローレンスのことを少しだけ知った気がした。
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