ヴァイアン・ローレンス視点,8
「ヴァイアン!」
約束の時間よりも早く屋敷に着いたらしいメアリーは、両手を広げて駆け寄ってくれた。
この頃になるともう、何も隠すことなく敷地内の別宅に招いて時間を共にすることが増えていった。気がかりなこともあるが、ずっと欲しかった物がこうして目の前にあれば、誰が止められよう。
「君はいつも愛らしいな。なんでも与えてあげたくなる」
借金を返し終えたばかりの僕には、大層な贈り物は難しい。それでもこの笑顔に絆されて、何でもしてあげたくなる。
「嬉しいわ」
メアリーは両親に溺愛されて育ったのだという。何を与えても子犬のように喜ぶし、何を食べても頬に手を当てて笑顔になってしまう。
過剰なまでのそれがマナー違反であることは分かるが、施した側からすれば、その喜び様は天にも昇る心地である。
「そのドレスは、ドストイット家の茶会の為に新調したのか?」
「え、ええ。そう、そうですわ」
「?良いのかい、今着てしまって」
「だって、早くヴァイアン様に見せたかったから…」
うふふ、と笑ってから「お姉様と手を組んで歩くのでしょう?」と今度は寂しげに上目遣いで僕を見た。
「いや…。サンディーは兄君が帰って来ると聞いている。だから茶会は来れないと…。君は良いのか?」
「そういえば、お父様が、お兄様が帰ってくると言っていたわね…。でも良いの。私、お兄様とは仲が悪いから」
初耳だった。いくら兄妹仲が悪いとはいえ、まだ未婚の妹が、いずれ伯爵家を継ぐだろう長兄の帰宅を出迎えなくても良いのだろうか。
「しかし…」
「別にお父様もお母様も何も言わないもの」
あからさまな嫌悪感を持って、何かを払う様に細い指をひらひらさせた。
「お兄様は、お姉様贔屓なのよ。お姉様は、私が頂戴と言っても何一つくれようとしないわ?お父様とお母様はきつくお姉様を叱ってくれるけれど、お兄様はいつも私が悪いと言うのよ?嫌いだわ」
「……え?」
一瞬、幼い子どもが言っているのかと錯覚した。
「メアリーは…何をそんなにサンディーの物が欲しかったんだい?子どものおもちゃなんて、根に持つほどのことか?」
「やあね、そんなんじゃないわ。ドレスやイヤリングよ。ネックレスもブローチだってそうだわ。お部屋も調度品だってそう、あとは…うふふ」
「し、失礼だけれど…結婚前のサンディーは、あまりセンスがいいとは言えなかっただろう」
「っっっ!!!!」
可憐な表情は、瞬時に悪魔のような顔つきに変わる。その視線は太陽の熱線のように、鋭く僕を射抜いた。
「は!?何!?お姉様は今どうしているというの!?ヴァイアン様はそんなにお姉様にいい物を買ってあげているの!?」
「メ、メアリー?」
「だって今、『結婚前は』と言ったわ!」
「落ち着いてくれないか。僕は、何も買い与えてなどいない。何しろサンディーのあの格好は酷かっただろう?僕の妻になった以上、隣に並んでおかしくないくらいになってもらわなければ困る。元々屋敷にあったものを、侍女が選んで着せているだけのことで…」
バン!!
メアリーは立ち上がって俯いている。威嚇する猫のように肩甲骨が盛り上がって、肩でふうふうと息をしていた。僕は突然のことに驚き、ただその様子を見つめることしかできない。言葉が見つからない。
テーブルのお茶が、ティーカップの中でゆらゆらと揺れている。メアリーの手のひらが、みるみるうちに赤みを帯びていくのが見えた。
「っっっ!!ずるい…」
ごく薄い桃色の唇が戦慄いた。
「え?」
「ずるい!ずるいわ!」
突然の激昂に、綺麗に整えられていた髪の毛が乱れた。
「どうしたんだ、メアリー…」
「私、ヴァイアン様からお洋服もアクセサリーも何ももらっていない!」
「待て待て!別に、サンディーに買い与えたわけじゃなく…」
鋭い眼光に、たじろいだ。
「やっぱりヴァイアン様は、私なんかよりも、お姉様の方が大事なのね!?」
「それは違う!」
「どう違うと言うの!?私がしてもらっていないことをお姉様はヴァイアン様からしてもらっているわ!?」
「でもそれは、サンディーの為じゃなく…」
「…私に…て」
「え?」
「今すぐお姉様が着ている物を引き剥がしてでも私に寄越して!!」
あまりの圧に、僕は尻餅をついた。
「…メアリー、君は…一体」
「早くして。今すぐよ。じゃないと私、舌を噛んで死んでしまうから」
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