第9話:秋の終わりの音
洞窟に差し込む光が、日に日に短くなっていた。
外の木々は赤や黄色に染まり、風が吹くたびに乾いた葉が舞い込んでくる。
その音だけで、季節が変わるのだと分かるようになっていた。
グリムは、ますます忙しくなった。
冬を越す準備をしなければならない。
それでも彼は、私を一人にして遠くへは行かなかった。
私が眠るわずかな間に、近くの森へ走る。薪や山羊の餌を抱えて戻り、まず真っ先に寝床を覗き込む。
私が無事だと確かめてから、ようやく息を吐く。
獲ってきた肉を薄く裂き、竈の煙に当てる。
焦がし、落とし、それでもやめない。
煤だらけの手で、冬の支度を続ける。
(……おとうちゃん、手が真っ黒)
入り口には毛皮が幾重にも吊るされ、寝床の周りには大きな石が並べられた。
全部、私のためだ。
そんな合間に、彼は小さな木片を削り始めた。
火のそばで、黙々と。
指を眺め、形を確かめ、また削る。
数日後、差し出されたのは、小さな木彫りの動物だった。
「……アリス。……これ」
山羊のようで、どこか歪な形。
けれど角は丸められ、表面は驚くほど滑らかに磨かれている。
私はそれを両手で受け取った。
木はまだ、ほんのり温かい。
前世で持っていたどんなおもちゃよりも、ずっと不格好で、ずっと重い。
それでも、胸の奥がじんわりと熱くなった。
しばらく握ったまま、私は彼を見上げる。
彼は、ぎこちなく口の端を上げていた。
山羊の様子も、少しずつ変わっていた。
座っている時間が長く、食欲が増している。
お腹に触れると、ときどき内側から小さく押し返される。
(……いる)
確信めいた温もり。
グリムも、恐る恐る手を置いた。
次の瞬間、彼の手のひらが、内側から「ぽこん」と押される。
「……うごく。……なかに、……いのち」
彼は目を見開き、それから、照れたように笑った。
言葉よりも先に、理解が伝わる。
夜。
グリムは火のそばで、泥のように眠った。
緊張と労働で、時折、小さく肩が震える。
その背を、私はじっと見つめる。
隣には、不器用なほど必死な男がいる。
山羊がいて、その腹には新しい命がある。
(……何か、返したい)
私は、こっそり練習を始めた。
舌を上につける。
空気を押し出す。
ただの息になり、かすれ、失敗する。
それでもやめなかった。
薪がはぜる音に紛れて、何度も、何度も。
ある午後。
入り口の毛皮を縫うグリムの背に、低い秋の光が差していた。
(……今!)
胸の奥が熱くなり、震える喉から空気を押し出す。
「……お……と……ぁ……」
小さな音が、洞窟に落ちた。
グリムの肩が跳ねる。
針が止まり、ゆっくり振り返る。
「……いま、……」
私は、もう一度。
「お……ぁ……」
言葉にならない、音のかけら。
それでも彼は、吸い寄せられるように膝をついた。
震える指が、私の頬に触れる。
「あ……」
彼の目から、涙がこぼれた。
それが、私の頬に落ちた。
彼は慌てたように目元をこすり、それでも隠しきれずに、もう一度だけ私を見つめる。
外では、葉が風に舞っている。
やがて雪が来る。
グリムは、黙って火に薪を足した。




