第26話:偉人の正体
「そういえば、さいごのはなしってなに?」
「う……ん~、話すと言った手前、ここではぐらかすのも違うか」
頭の後ろを掻きながら、言いづらそうにしていた師匠が覚悟?を決めたような顔をした。
「彼の聖人には、色々と――凄い伝説があるのさ。
例えば、”ハーレム王”
そして、”子供の数だけで街が出来る”
更に、“聖人、種族を選ばず”
まだあるよ、”亜人好きの人嫌い”
他にも色々あるんだが、切りが無くてね。
人族以外なら、一種族につき一人は奥さんがいた――なんて話まである。
……もっとも、一番の最愛の人は、初めて出会って逃げられた獣人の奥方だと言われているね」
……ロマンチック?
な、話でいいんだろうか?
「そして、個人的に痛快なのが、彼の手記と思われていた物さ。
君は日記を堂々と机の上に置いておけるかい?」
「むり」
「そうだね、それが普通の感覚だと思うよ。
だが、彼は堂々と“誰の目にも触れる”ようにしていたのさ。
今にして思えば、最初に写本を推した人物は彼の手の者だったのかもね。
そして肝心の手記の中身なんだが……。
盛大なネタばらしと、日々の惚気話だったらしいよ。
最期の行には――
人々には、甘く虚飾された暗雲立ち込める未来を、亜人達には、苦く厳しくとも、光ある未来を――と。
如何に彼が人間嫌いだったのかが分かる内容だったよ。
まぁ、私の一番のお気に入りは、巻末の端に小さく書かれていた一文だけどね。
――“ただの詐欺師の俺も、やれば出来るもんだな”ってところだね」
世界を変えた詐欺師、かぁ。
愛の力……。
う~ん、なんだろ。
素直に頷けない……。
どちらかと言えばケモナーの力がかなりの割合を占めてそうで……。
「笑えるじゃないか、聖職者達が修行として必死に書き写していた物が、自分達を騙していた手口と惚気話だったんだからね。
それを数百年もの間、有り難がって世間に広め続けていたのさ。
後になって翻訳され、不味いと思った頃には、もう手遅れだった。
まぁ、流石に教会も危機感を抱いたらしくてね。
知る者を極少数に抑える程度には、口止めに成功している。
――現状は、だけどね」
「……じゃぁ、おとうちゃんは、いつまちにいけるの?」
「う……それは、まだ“時ではない”としか言えないねぇ……」
確かに、聖人ジョン・ドー・ケモナーは切っ掛けをくれた。
けど、それは数百年という時間でさえ、まだ足りない。
……なら、その種に水を撒いて芽吹かせてみたい。
その為には――私は、どうすればいいんだろう。
「けもなーのあとの、らいほうしゃは、いたの?」
「勿論いたよ。
彼の後も、今に至る五百年の間に六人ほど現れている。
その者達が、以前話した――魔法や魔道具作りに傾倒していた来訪者達さ。
もっとも、転移者と違って転生者の話しになると、どれ程こちらに訪れていたかは、今も昔も謎のままでね。
自己申告か、周囲に露見でもしない限りは分かりようがないからね」
例のウィンドカッターの再現に拘っていた人達か。
確かに、私みたいな転生者が側にいたのかもしれない。
……うーん。
あまりにも方向性が違い過ぎて参考にならないなぁ。
何か、他に良いアイディアはないものか。
「余り悩みすぎても、良い考えは浮かばないものだよ。
少し気晴らしにでも出掛けてみたらどうだい?」
「アリス、くいもの……いっしょに、さがしにいくか?」
それも良いかもしれない。
思い詰めても、碌なことにはならないだろうし。
「いく! かごもってくるね」
案外、体を動かしている方が、良い考えも浮かぶかもしれない。
「おとうちゃん、おまたせ」
「……すこし、いってくる」
「あぁ、行っておいで。
私はヤギ達の寝床でも新しく作っておくよ。
……流石に、いつまでも洞窟の中だと臭いがね」
ヤギ達の安全の為に仕方がなかったとは言え、まぁ、確かに臭いは気になっていたから、ありがたい。
「ししょう、ありがとう! いってきまーす!」
「……いってくる」
「行っておいで」
――――
暖かい時期とは言え、森の木陰はひんやりとしていて、まだ肌寒さが残っていた。
木の実や果実、あとは謎のキノコ(後で師匠に鑑定依頼予定)を籠に入れていく。
無心で採取を続けている内に、いつの間にか胸のモヤモヤも大分薄れていた。
「あ、あれとれそう」
味は薄いけど、水分が多くて、喉が渇いた時にちょうど良い、梨のような果実。
お父ちゃんが好きだったから、取っておきたい。
「あと……ちょっ……とおぉぉぉぉぉぉおお!?」
あれ!?
ここ、こんなにキツい斜面だった!?
「と、とまらないぃぃぃぃぃ!!」
ど、どうしよう、このままだと森に突っ込んでいっちゃう!
そ、そうだ! 魔法、魔法で……!
え、えぇっと……つ、土で固い卵型の殻を作って――!
だ、だめえぇぇぇぇ!?
余計にすべるうぅぅぅぅ!!
♦♦♦
「……アリス? ……どこだ? ……アリス!?」
グリムは焦ったように辺りを見回し、必死に娘の姿を探す。
――だが、彼の後ろには。
地面に転がる、一つの果実だけが残されていた。




