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『世界一弱いお父ちゃん(ゴブリン)は、世界一あたたかい』 〜ゴブリンに育てられた少女アリスの成長譚〜  作者: クワガタンク
第二章:芽吹きの時代

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第22話:名前の響き

「さて、では始めようかな。」


そう言って師匠は、私の顔程ある大きな葉を私とお父ちゃんに手渡した。


「その葉に、小枝なんかでなぞると色が付くのさ」


試しに横に一本線を引いてみたら、黒い色が滲み出してきた。


「すごい! おとうちゃん、しってた?」


「……しらない、いましった」


はしゃぐ私と驚くお父ちゃん。

それを見て、穏やかに頷く師匠。


「では、手始めに自分の名前から覚えて貰おうか、アリスは、こう書く。そして、グリムは、こう」


そう言って師匠は、私達の葉に、それぞれの名前を書いてくれた。


「……これ、おれの……なまえ」


お父ちゃんは、自分の名前が書かれた葉をそっと持ち上げ、食い入るように見つめていた。


「もっといっぱい、おしえてもらおうね、おとうちゃん!」


「……アリス……おれ、もっと……おしえてもらう」


私とお父ちゃんは、顔を見合わせて笑った。


「……うーむ、笑っている……で、合っているんだよねぇ」


失礼な事を言う師匠を睨むと、同時に、視線を逸らされた。


「……これが、アリス……か?」


お父ちゃんが、私の名前を指差し聞いてきた。

失礼な人(師匠)から視線を外し、お父ちゃんに振り返る。


「そうだよ、これがアリスだよ」


「……そうか、これが……アリスか」


お父ちゃんは、私の名前を指先でなぞる。

その仕草は、どこか愛おしげだった。


「さぁさぁ、それじゃ他の言葉も書いていこうか」


師匠は、色んな単語を葉に書いて、私達に教えてくれた。


私達は、葉に踊るように書かれていく文字を食い入るように見つめ、必死にその文字を真似ていく。


「……できた」


「わたしもできた!」


「うんうん、綺麗に書けてるね。うまいもんだよ」


私達の書いた文字を覗き込みながら話す師匠に、ふと思いついたことを聞いてみる。


「ししょう、これ……とっておきたい。できない?」


「うん? あぁ、記念に取っておきたいのかい? 出来るよ。保存の印を刻んであげよう」


葉の付け根に、内側を向いた三角形を五つ。

それを囲むように円が描かれる。


魔法陣なのだろうけど……円は、少し歪だった。


「ししょう、きれいにまる、かかなくていいの?」


「綺麗に、かい? まぁ確かに見栄えはいいだろうけど。実の所、図が間違っていたり、円が途切れていなければ問題はないのさ」


「わたしもつくれる?」


「うーん、流石にすぐには無理だね。魔力を込めながら書くからね。まぁ、魔素を上手く練れるようになれば、簡単なのなら出来るようになるさ」


そう言って師匠は微笑みながら、私の頭を撫でてくれた。


「さぁグリム、君の葉にも保存の印を書こうか」


「……たのむ」


お父ちゃんは、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと師匠に葉を差し出した。


「頼まれた……よし、出来たよ」


保存の印が刻まれた葉を、お父ちゃんは両手で、大事そうに受け取る。


「よかったね、おとうちゃん!」


「……よかった。だいじに……する」


「ほら、風に飛ばされたら大変だから、部屋に仕舞ってくるといいよ」


師匠は、おどけた様子で私達に言った。


「うん、そうする! いこ、おとうちゃん」


「……あぁ、いま……いく」


いそいそと部屋に戻って、棚にしまう。

そのうち、私とお父ちゃんの宝物入れも作りたい。


その為には、早く魔素の練り上げを上達させて、魔法を使えるようにならなきゃ。


そして、宝箱を作って、お父ちゃんの喜んだ顔を見る――それを目標にしよう。


棚にしまった葉を、私はもう一度だけ振り返って見た。


よし、そうと決まれば――さっそく師匠に魔素を練る練習を見てもらおう。


「……そうだ、アリス」


「なに?おとうちゃん」


外に駆けだそうとした時、お父ちゃんに声を掛けられた。


「……はたけ、つくらなくて……いいのか?」


「…………あー! 忘れてた!」


そうだ、師匠の収納鞄に入っている、そのまま植えて収穫できる野菜を分けて貰うんだった。


魔素や文字の練習に夢中で、すっかり忘れてた……


師匠にどんな物があるのか確認して、畑作りも手伝って貰わないと。


「ちょっと、ししょうにきいてくる!」


慌てて私は、師匠の元へ駆けだした。


「ししょー! おやさいわけてー!」


「おぉ? なんだいなんだい。夕食の下ごしらえかい?」


「はたけ! はたけつくるのわすれてる!」


「……あ! そうだった、すっかり忘れてたねぇ」


どうやらお父ちゃん以外、私も師匠も揃って忘れていたらしい。

もう少ししたら日も傾き出す。いくつかでも植えられるだろうか?


「では、ささっと作ってしまおうかね。場所は、まぁ……この辺りでいいか」


師匠はそう言って、洞窟の入り口近くの地面に手を翳す。


草がまばらに生えているだけの地面が、まるで生クリームを掻き混ぜるように、ぐにゃりと混ざり合う。

師匠が腕を縦に振るたびに、畝が形を成していく。


「ふむ、石が結構出てきたねぇ。よし、それを囲いに使うか」


今度は師匠が横に腕を振るうと、石が土に押し流されるように動き、周りに並びだす。


「さて、アリス。鞄を取って来てくれないかい?」


「わかった!」


台所に鞄を取りに戻ると、お父ちゃんが竈に火をつけていた。


「……どうした、アリス?」


「ししょうのかばん、とりにきたの」


そう言って棚の上の鞄を指差す。


「……これか」


お父ちゃんは鞄を取って、私に渡してくれた。


直接持ってみて改めて思う。

この中に物が入っているとは思えないくらい、ぺしゃんこだ。


試しに逆さにして振ってみるけど、何も出てはこない。

中に手を入れても、やっぱり何もない。


首を傾げていると、後ろから師匠の声がした。


「来ないと思ったら、何をしてるんだい。それは持ち主以外には、ただの空の鞄だよ」


「からなら、なにかはいる?」


「いや、弾かれて散らばるのがオチだね」


「そっかー」


そんなに甘くはないかぁ。

私の荷物、師匠の荷物を使い分けは無理らしい。


「さぁ、早く植えてしまおうか。もうじき日が暮れてしまうよ」


「うえる! はやく、ししょう!」


「やれやれ、待っていたのは私なのだがねぇ……まぁ、いいか」


肩を竦める師匠の手を掴み、出来たばかりの畑へと向かう。


魔法の練習に、文字の読み書き、そして畑作り。


やることはたくさんあるけれど、どれも私には楽しくて仕方がない。


困ったように笑う師匠の手を引っ張りながら、私は畑へと急ぐ。


耕されたばかりの畑の土は、ほんの少し、未来の匂いがした。




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