第19話 穏やかな夕食、失敗と決意を添えて
昼食を作る包丁の軽快な音と、いい匂いが辺りを漂う。
私は今ではすっかりリビングになってしまった洞窟の椅子に座り、師匠の料理を待っていた。
「さぁ、出来たよ。とはいえ、私の手持ちの食料も少なくなってきていてね。あり合わせですまないが」
師匠はそう言って、テーブルに干し肉と野菜が入ったスープを並べる。
いつもは野草や山菜ばかりで、野菜を見る機会が無かったから、ついまじまじと見つめてしまう。
「どうしたんだい? 何か珍しい物でも入っていたかい?」
「おやさい、こっちのせかいで、はじめてみたの」
その言葉に、お父ちゃんはほんの少しだけ目を伏せた。
「……おれ、やさいのたね……もってなかった……もりにも、はえてなかった」
お父ちゃんは、肩を落として言った。
「わたし、おやさいなくても、だいじょうぶだよ!」
私は慌ててお父ちゃんに抱き着きながら、そう言った。
「種は無いが、そのまま植えて収穫できる物ならあるからね。明日、畑でも作ろうじゃないか」
「ほんとに!?」
「あぁ、本当だとも」
微笑む師匠に、笑顔で答えて――ふと、おかしなことに気付く。
このテーブルに出された皿や器。それに、この野菜も。
師匠は、そんなに大荷物じゃなかったはずだ。
「どうしたんだい?急に固まって」
「ししょう……こんなにいっぱい、どこからだしたの?」
「あぁ、収納鞄の事か。ほら、あそこに置いてある鞄だよ」
収納鞄……やっぱり、あるんだ。
異世界ロマン魔道具の一つ――私も将来、欲しい一品だ。
「まぁ、原理や、なぜ小さな鞄にそこまで入るのかは、私にはさっぱりだけどね。私の専門は来訪者の研究だから」
そう言って師匠は肩を竦めてみせた。
「さぁさぁ、そんな事より、冷めてしまわないうちに食べようじゃないか」
「……はら、へった」
お父ちゃんはじっとスープを見つめ、ぼそりと呟いた。
急いで椅子に座り直す私を見て、師匠は小さく頷く。
「では、頂くとしよう」
「……くう」
「いただきまーす!」
初めての料理に心躍らせながら、口に運ぶ。
「……おいしいけど、うすい」
「……あじ、しない」
「そりゃ、あれだけ塩を入れてたら、そうなるよねぇ」
複雑な顔をした私達に、師匠は呆れたように言った。
「そもそもグリム、塩の入れすぎはアリスの体に良くないよ。これ位の味で丁度良いんだよ」
「!?……そうだった……のか」
お父ちゃんは、驚きに目を見開いていた。
実際、塩分の摂りすぎは良くないけど、……言われるまで、これが普通だと私も思っていた。
「その辺は、ゆっくり覚えていけばいいさ」
そう言って師匠は食事を続けた。
私とお父ちゃんも顔を見合わせたあと、食事を再開する。
食器を片付け、ヤギ達を散歩に連れ出し、帰ってくる頃には大分、日も傾きかけていた。
夕食後、お茶を飲んでいた時、ふと、師匠が思い出しように言った。
「そういえば、あの籠の中身は何だったんだい?」
「……あー!?わすれてた!!」
どうしよう!?
昨日から籠の中に昆布を放置してしまった!
採ったその場でしばらく乾燥させてはいたけど、十分かどうかは分からない。
……また、海に連れて行って貰えるのは、何時になるんだろう。
「……あれだったら、あさ……ほしておいた」
その言葉に、項垂れていた顔を勢いよく上げた。
「おとうちゃん、ほんとう!?」
「……まだ、ほしてある……なか、いれるのか?」
私の勢いに驚き、後ろに仰け反ったお父ちゃんがそう答える。
「なんだい?ひょっとして、入口の脇にあったあの黒い草みたいなのかい?」
「そう、コンブ!おりょうりにいれると、おいしくなるの!」
――予定では。
何故なら、うっすらとした知識はあっても、実際にやったことはないのだから。
「ほほう、興味深いねぇ。どれ、それじゃ私が取ってこよう」
そう言って師匠は、台所に置いてあった籠を手に取ると、外へと歩き出す。
「ありがとう!ししょう!」
「なに、私も興味があるし、何より食事は美味いに越した事はない」
片手を上げながらそう言って、昆布を取りに行く師匠を見送りながら――どうか”昆布”が無事でありますようにと祈るのだった。
「アリス……あれ、かわかすだけで……いいのか?」
「しらない」
「......」
ごめんね、師匠。
取ってすぐ乾かすまでしか知らないの。
出来てるかどうかは……
お父ちゃん以外――私と師匠で味見、かなぁ。
少しして、師匠が籠に昆布を入れて帰って来た。
「取って来たけど……これ、本当にいいのかい? 何かカサカサになってるというか……折れる程に乾燥してるし、白い粉みたいなものも付いてるけど」
困惑した表情で、師匠はこちら見ながらそう言った。
「だいじょうぶ!(たぶん)コンブはそういうものだから!(おそらく)」
「そ、そうなのかい? で、これはどうやって食べるんだい?」
籠からコンブを一本――いや一枚?取り出して、師匠は私に尋ねた。
「おなべに、ちいさくちぎって、いれるとおいしくなるの!」
「ほう、香草みたいなものか」
「うん!おいしくなるよ!」
「なるほどねぇ異世界の食の知識かぁ」
うんうん、と師匠は感心したように頷く。
……その頷きを見るたび、心がチクチクするような気がして、視線を逸らしてしまう。
「……おく、しまってくる」
お父ちゃんが籠を手に、奥へとしまいに行った。
……まるで、なにかから目を逸らすみたいに。
「では、明日の朝、早速コンブとやらを使ってみるとしようかねぇ」
嬉しそうに話す師匠に、まぁ何とかなるかと、私も笑い返すのだった。
翌朝、昆布は無事、洞窟の湿気にやられていた……。
お父ちゃんと師匠に、外に乾燥小屋を作ってもらおう。
そして近いうちにまた海に連れて行ってもらって、今度こそコンブ作りを成功させよう!




