第20話:試行錯誤と初めての魔法
降り注ぐ朝の陽ざしを浴びながら、私はいかに乾燥小屋が大事なのかを二人に熱心に訴え、迅速な建設を要求した。
残念な結果に終わった昆布だが、恐らく風通りの悪い洞窟の奥で、湿気によって駄目になってしまったのだろう。
ならば外に乾燥の為の小屋を建てればいい――そう思い付き、大人二人に依頼を頼んだ。
「まぁ、熱意は伝わったけど……当分、海に行く予定は無いのだろ?」
そう言って師匠は、隣に並んで立っているお父ちゃんに問いかけた。
「……まだ、しお、とってきたばかり……いっぱい、ある」
「――だ、そうだよ。そんなに焦らなくてもいいじゃないか。足りなくなりそうになってからでも、私がぱぱっと……いや、待てよ?」
何かを思い付いた表情で、師匠が私を見つめてきた。
「どうせなら……アリス。君が魔法を使って建ててみるかい?」
「えっ、どうやって?」
「では、まず初歩からいこうか。”魔素を魔力に変える”方法を学んでいこう」
たしか、周りに漂う魔素を体内で魔力に変えて、魔法として放出する――だったけ?
でも、どうやって体の中に入れるんだろう。
私が首を傾げて、うんうんと唸っていると、師匠が苦笑しながら教えてくれる。
「まぁ、恐らく魔素をどうやって変換させるかで悩んでるんだろうけど……まずは魔素を”感じる”ところから始めようか」
「……まそ」
優しく吹く風の中や、息を吸い込む空気の中にも”魔素”はある。
”イメージ”――師匠はそう言った。
なら、強くイメージして感じ取ろうとすれば、もしかして……。
深呼吸をひとつして、心を落ち着かせる。
お腹に両手を当て、呼吸に合わせて魔素を取り入れるイメージをする。
……体の中の魔力という種火で、魔素に火を付けて、炎に変える。
体の中で、”何か”が動く感覚がする。
その”何か”が動くたびに、ほのかに熱を帯びていく。
「おーっと、そこまで。いきなり魔力に変えようとしない。今は魔素を感じるところまでだよ」
師匠に肩を叩かれて、はっとした。
どうやら、周りの音も聞こえないほど集中していたらしい。
「で、どうだい? その様子じゃ、感じ取れたみたいだねぇ」
「うん……からだのなかで、ぐるぐるうごく、かんじがした」
初めての感覚に、胸が高鳴る。
……これが”魔素”。
魔法の燃料。
「流石は来訪者だねぇ、筋が良い。説明もなしにやってのけるとは……やはり君も”ラノベ”や”ゲムー”を嗜んでたのかい?」
なんだろう……文献に残していい単語なんだろうか、それは。
あとゲムーは、おそらくゲームだろうな。
「らのべは、よんでたよ……あと、げむーじゃなくて、げーむ、ね」
「なるほどゲームか!では、もしや動く絵は、”ドガー”ではなく”ドーガ”かい?」
……やっぱり伝わってるか。
探究者達の好奇心の向かう先が、だいぶズレている気がする。
それとも、師匠の興味がそっち方面なのだろうか?
私としては、こちらの世界に来てしまった侍や騎士の話も聞いてみたい。
もしかしたら、その子孫達が今も脈々と続いているのかもしれない。
「どうしたんだい?急に目を閉じて黙り込んで?」
異世界の歴史ロマンに思いを馳せていると、師匠の無粋な声に呼び戻される。
「……どーが、じゃなくて……ど・う・が!」
「お、おぉう……そうなのかい? ”ドウガ”だね……なにか虫の居所でも悪いのかねぇ?」
そう言って師匠は、お父ちゃんに問いかける。
「……つかれて……はら、へったんだろう」
「あぁ、では休憩がてらお茶にしようかね」
まったくもって的外れだけど、私としても少し理不尽に八つ当たりしてしまったと反省し、おとなしく席に着く。
丸太の椅子の中央に、昨日はなかったテーブルが鎮座していた。
石で出来た頑丈なテーブルだ。
これも土魔法系統なのだろうか?
「あぁ、これかい? さっきそこに転がってた岩を削って作ったんだよ」
土魔法、まったく関係なかった。
というか、どうやって削ったんだろうか?
――もしかして”ウィンドカッター”!?
「どうやって、きったの?……うぃんどかったー?」
「なんだい?ウィンドカッターって」
「かぜのまほうで、きったんじゃないの?」
師匠は不思議そうに首を傾げて答えた。
「普通に剣で切ったよ? それと、風で吹き飛ばす事は出来ても、切る事は無理だねぇ……って、あぁ。思い出した。来訪者達が躍起になって挑戦した風魔法か」
……なんだろう、嫌な予感がする。
「風のみで斬るなんて、結局できなくてね。魔力で包んで斬る方法と、砂や砂鉄――果ては、ごく小さな氷の粒まで使ってさ。
氷そのものを刃のようにして、それを魔力で包み込み、その中で風魔法を使って高速回転させる。そうやって、どうにか“斬る”現象を再現したんだよ」
「それは、うぃんどかったーじゃない……」
恨めし気に師匠を見上げると、師匠は困ったように肩を竦めてみせた。
「まぁ君の言う、ウィンドカッターに一番近いのは魔力で包んで斬る方法だけども、これが魔力を割と使うのさ」
「おちゃ、できた……アリス、のめ」
お父ちゃんが台所から、お茶の入ったポットを持ってきてくれた。
「あぁ、すまない。すっかり話し込んでしまったよ。……しかし、アリス。さっき教えたやり方なら、練習次第で出来るようになるだろう」
「ほんとう!?」
「まず君は、魔素を練りげて魔力に変換して、風なり水なりを形にして放つところからだね」
さっきの続きか、何の魔法にしようかな?
……水には困ってないし、ここは竈に火を楽に入れられる火魔法にしようかなぁ。
「まぁ君のことだから、魔法の発動手順は大体の想像は着くだろうけど……一応、説明するとね。
魔素を取り入れ、練り上げ、魔法の種類を頭の中で描いて放つ――簡単に言えばこの工程だね」
なるほど、確かに想像通りの手順だ。
さっきの要領で魔素を感じて、練り上げて……手のひらサイズの炎を――放つ!
「おぉ!まさか、いきなり成功とはねぇ 驚いたよ」
「アリス、すごい……おまえ、すごい」
正直、ここまで素直に発動するとは思わなかったから、かなり自分でも驚いた。
……これでサイズが、指先にちょこんと灯る程度じゃなければ最高だったけど。
どうやら、私にはチートは備わっていないらしかった……。
「何をへこんでいるか知らないけれど、発動までいけるのは凄いことだよ。君は十分に才能があるよ」
「……そうなの?」
「そうさ。それに、淀みなく綺麗に魔法を使えたじゃないか」
そう言って師匠は微笑みながら私の頭を撫でてくれた。
うん、期待した炎の大きさは出なかったけれど――確かに魔法は使えた。
その感動が、じわりじわりと、波が打ち寄せるように私の中で広がって行く。
この小さな火が――私には赤々と燃える炎に見えた気がした。




