第18話:詠唱と無詠唱
「では、まずは魔素とは何か、魔力とは、そして魔法とは――それから昨晩、君が憤慨していた”無詠唱”並びに”詠唱”について語ろうか」
朝の冷たい空気が、やがて柔らかな日差しへと変わる頃――魔法の講義が始まった。
……そしてどうやら、まだ根に持っていたらしい。
「……めし、くってからじゃ……だめ、か?」
いつの間にか、お父ちゃんが鍋を抱えて奥から歩いてきていた。
「おっと、夢中になるとつい、食事の事を忘れてしまう……私の悪い癖だ」
師匠はそう言って、額に手を当てた。
……そういえば、朝起きたとき、竈に鍋が掛かっていた気がする。
「うむ、いい匂いだ。早速頂くとしよう!」
「……アリスも、くえ」
「うん!」
鍋の中身は山羊のミルクで煮込んだウサギ肉と山菜だった。
湯気の立つ温かなスープを口に運ぶ。
何気なく隣を見ると、師匠が固まっていた。
「……ず、随分と滋味深い味だねぇ。ちなみにだが、少々塩が多い気がするが?」
一口食べた師匠がぎこちなくそう言った。
「?……しお、おおいほうが……うまい」
「うん」
「……お昼は私が作るよ」
「……?」
「?」
私とお父ちゃんは揃って首を傾げた。
食事が終わり、師匠の淹れてくれたお茶を飲みながら授業が再開する。
「えーと、どこからだったかな? あぁそうそう。魔素と魔力からだったね。
まず魔素とは、地の底から湯気のように吹き上がるという考えと、各地にある世界樹によって降り注ぐという考えがある。
この論争は長いこと決着ついていなくてね……だから少し乱暴だけど、要は”目には見えないがこの辺りに漂っているもの”と思ってくれていいよ」
師匠の言葉に、私はゆっくりと辺りを見回した。
「そういう説もあるとだけ覚えていればいいよ。詳しく話すとなると、数日は掛かりそうだからね」
そう言って師匠は肩を竦めて見せた。
「そして次は魔力だが……さて、アリス。君の想像する魔力とは、どんなものだい?」
……私の想像の中の魔力。
よく聞くところだと、ヘソの辺り……丹田?
そこを中心に、体の中で魔力を巡らせるとかだったかな。
体の奥にあるものを、ぐるぐると回して、全身に送る――そんなイメージ。
「からだのなかの、まりょくを……おへそで、まわす?」
「うん、体の中で魔力を練る、という点は正解だ」
「要するに、だ。魔素は薪、魔力は種火……そして私や君の体は”竈”だと思えばいい」
そう言って師匠は枝を拾い、地面にさらさらと図を描いていく。
「魔素という薪を、体という竈に取り込み、魔力という種火で燃やす。」
「……ここまではいいかい?」
「あい!」
「うん、いい返事だ。」
師匠は満足そうに微笑み、そのまま続ける。
「そうして燃やすことで火力――つまり魔力を高め、それを”魔法”という形にして放出する」
地面に描いた竈から、外へ向かって一気に線が引かれた。
「ここで大事なのはね……」
師匠は顔を上げ、わずかに間を置いてから、こちらを見た。
「どんな魔法にするのか――その”想像力”なんだよ」
――想像力。だから師匠は、洞窟の拡張を詠唱もせずに行っていたのかもしれない。
「だから……じゅもんや、えいしょうはいらないの?」
「うむ、やはり君は聡い子だ。詠唱が必要とされるのは、言葉に落とし込んだ方が魔法として具現化しやすいからだね」
……ひょっとして、想像力が豊かか貧相かの違いだけ?
「頭の中で確りと、魔法の種類、発動過程、そして結果を組み立てられていれば、詠唱は必ずしも必要ではないのさ」
やっぱり、そうなんだ……何か、思い描いていた夢が萎んだような気がした。
「……だから、なぜそんな残念そうな顔をするのかねぇ」
呆れ交じりの師匠の顔を見て、私は前世の世界の話では、詠唱が重要で、かつ格好いいものかを熱弁した。
「……まあ、その気持ちは大いに伝わったんだが……」
そこで一度、言葉を切ってから、師匠は小さく息をついた。
「現実的な話をさせてもらえるなら」
言いづらそうにしながら師匠は続ける。
「効率の問題なのが一つ。それと、詠唱の言葉である程度、どんな魔法か予想がついてしまうのがねぇ……」
密かに、”手を翳して詠唱し魔法を放つ”――そんな姿を夢見ていたのに、ロマンが崩れる音を聞いた気がした……。
「あー、打ち拉がれているのは分かるが、先に進めてもいいかい?」
「……あい」
「……えらく気落ちしてるねぇ。別に最初から無詠唱でなくてもいいけど……んー、詠唱自体結構、適当だからなぁ」
「え?なんで?」
なにかこう、魔法の本とかに載っている呪文を覚えて唱えるとか……違うの?
「いや、だって唱える本人が想像できなきゃ意味が無いしねぇ……まぁ、そんな本もあるにはあるけど、私は非効率だと思うがねぇ」
教科書みたいな物自体は、あるらしい。
けど、師匠はなにか思うところがあるみたいだ。
「文字だけでは上手く伝えきれないと思うんだよ。例えば”火”は、種火のような火か、それとも焚火のような火か――人によって違うよね?」
私は頷いて返す。
「だから結構、冒険者はそれぞれで詠唱の言葉はバラバラなのさ。貴族とか豪商の子息息女は、まぁ例外かな。家庭教師がつくからねぇ」
「きぞくは、おしえてもらうかわりに……みんなおなじ、いりょくのまほう?」
「そう!その通り!いやー、打てば響くとはこの事だね。君は教え甲斐があるよ……っと、話が逸れたね。所謂教科書通りってやつだ。それでも教える者と教わる者の才で差が出るけどね」
やはりというか、なんというか……現実は世知辛いらしかった。
「……めし、くわなくて……いいのか?」
太陽が真上になり始めた頃。
お父ちゃんが首を傾げながら、そう聞いてきた。
「おっと!もうそんな時間かい。少々熱中してしまったらしい。では、腕によりをかけて作るろうかねぇ」
そう言って師匠は竈の方へ歩いて行った。
現実に打ち拉がれはしたけれど、”魔法”と言うロマンだけは確実に存在している。
それに、私には魔力があると師匠は言ってくれた。
魔法を使う自分を想像しながら、鼻歌交じりで昼食を作る師匠と、それを覗き込むお父ちゃんを眺めるのだった。




