第17話:異世界の理
「さて、ではアリス。君の世界の話を聞かせておくれ!」
わくわくを隠し切れない少年のような顔で、彼は私に問いかけてきた。
そんな無邪気な彼の姿に驚き、思わずきょとんとしてしまう。
「おっと、すまない。私としたことが、つい興奮してしまった。子供の頃から異世界の話しが大好きでね、今じゃ各地の伝承や文献を探して旅をするほどさ」
そう言って彼は、恥ずかしそうに頭の後ろを掻いたあと、咳払いをして居住まいを正した。
「まずは説明をしようか。君のように異なる世界からの生まれ変わりや、突然こちらに現れる者の事を、古い書物では”来訪者”と記している」
「らいほうしゃ?」
「そう、来訪者だ。古くは二千年前に現れたと伝わっていて、文献によると最後に確認されたのが三百年程前……だったんだけど」
なぜか彼は言葉を濁し、言い淀んだ。
「いやね……ここ数年、転移者とか転生者っていう言葉を、旅の途中で妙によく耳にするようになってねぇ」
私が不思議そうな顔をしていると、彼は続けて話し出す。
「まぁ、これまではさ。数十年、もしくは数百年に一度の間隔で、来訪者が訪れて知識や技術をもたらしてくれると云われていたんだけどねぇ……」
「だけど?」
「やれステータスだスキルだチートだとか……意味の分からない言葉で捲し立てる者達が増えてるらしいのさ」
私は軽い眩暈と頭痛を覚えた。
けれど、はしゃぐ気持ちも分かるだけに、どうにも複雑な気持ちになる。
「とは言え、実際に来訪者に会うのは君が初めてだからね。噂の真偽を聞かせておくれよ」
そう言って彼は、私に微笑みかけた。
「……ぜんぶは、おぼえてないの。じぶんのむかしのなまえも、いたばしょも……あとは、なんとなくおぼえてるくらい」
「勿論、君が思い出せて話せる範囲でいい。どんなに些細な事でも構わないよ」
そう言って彼は、視線で会話の続きを私に促す。
私は覚えている限りのことを――とは言え、恐らく既に伝わってるとは思うけど。
塔のような建物や、鉄の走る箱や、遠い場所の人との会話ができる板。
思いつく限りの事や物を、彼にも分かるように言葉を選んで説明をしていく。
――まるで、小説の中の定番のやり取りみたいだ。
「ふむ、概ね伝承通りだねぇ。塔のような建物は”ビル”、鉄の箱は”車”、遠い場所の者との会話は”携帯”や”電話”と呼ばれているものだろ?」
驚いた。
そんなに正確に伝わっていたなんて。
私は小さく頷いた。
でも、同時に違和感も覚えた。
――伝承通り。
彼はそう言った。
私の居た時代の人達しか、来ていないのだろうか。
それ以前の時代の人達は?
「みんな、わたしとおなじばしょ……おなじ、じだいからきてるの?」
私は疑問を投げかける。
「あぁ、すまない説明不足だったねぇ。勿論そうした便利な物がない時代の者達も来ていたさ――普通の民や農民、時には……騎士に侍だったかな?
ただね、前に来た来訪者と次に来る来訪者で時代がまるで違うことも多いらしくてね。百年先の人間が来たと思ったら次は数百年前の人間だった、なんて具合さ」
それにしても、どうも私の居た時代の話が目立つような気がする。
「まぁ、ざっくり言ってしまえば、探究者達の興味は自分たちと大差ない者達より、君がやって来たような場所のほうに向いていたんだろうね……実際、文献にも興奮気味に書かれてたよ。
”棒っ切れを振り回してるような連中より、断然興味深い!” ってね」
……なんだろう。
こちらの世界の人達も、わりと大概な気がしてきた。
「まぁ、ビルや車の話が伝承や文献だけに留まらず、ここ数年の転移や転生者の噂話からも多く聞こえてきているのもあるしねぇ」
どうやら、異世界人もレアでは無くなってきているらしい。
「他には何かあるかい? どんな事でもいいよ、君の思い出話だって構わない」
「……こっちのせかいにくるまえは、おとなだった……おしごとからかえってるときに、めのまえがくらくなって……いつのまにかこっちにきてた」
「ふむ、なるほど。それでか……妙に落ち着いてるのも納得だねぇ」
「……アリス、おとな?……まだ、ちいさいのに?」
お父ちゃんは不思議そうに呟いて、私を見つめる。
「向こうの世界からこちらに来るときに、小さくなったんだよ。それこそ――赤ん坊みたいにね」
そう言って彼は、私にウィンクしてみせた。
「……アリス、ちいさいのに……おおきい?」
「心はね。けど、いくら中身が大人でも体はまだ子供さ……だから、君の可愛いアリスは、これからも君の助けが必要なのさ」
「……そうか、ひつようか」
どこかほっとしたような顔で、お父ちゃんは頷いた。
「……おとうちゃん」
私は、お父ちゃんにぎゅっと抱きつく。
お父ちゃんは、優しく抱きしめ返してくれた。
「うむ、美しきかな親子愛! では、向こうの世界の事は概ね伝承と一致してると見ていいね。アリス、君は何か聞きたいことはあるかい?」
「じゃあ! むこうせかいのものって、こっちでもあるの!?」
思わず興奮気味に聞いてしまう。
「いやぁ~、それがねぇ……あると言えばあるが、伝承や文献に出てくるようなものは、そう多くはないんだ」
「なんで?」
「何て言うか、上辺の知識はあるんだが、深い所までの知識や技術は伝わってないんだ」
どういうことだろうか?
「例えば、鍛冶屋で剣を打ってもらうことはできても、自分で一から同じものを作れる者は、そう多くないだろう?」
私の前世のような、普通の会社員がいきなり異世界に来た――そんな話なんだろうか。
まぁ、よほど大勢が一度にこっちの世界に来ない限りは、そう都合よく知識や技術者を持った人が揃うとも思えないし……。
「それに、ここ最近を除けば、これまでの来訪者は一人、多くても精々二、三人だったらしいからねぇ。何かを生み出せるほどの知識を持った者は、そうはいなかったんだろう」
やっぱりそうなのか。
「しかし、来訪者達は諦めが悪かったらしくてね、”魔法で炎も風も出せるなら、何とかなるはずだ!”って具合に、魔道具作りに没頭する者がそれなりにいたらしい」
なぜだろう……その光景が、やけにありありと目に浮かんでしまった。
「他に質問はあるかい?」
私は首を横に振る。
「よろしい。それでは今度はこちらの世界の理――”魔力と魔法”について語ろうか……あぁ、それと。これからは私の事は師匠と呼ぶように。いいね?」
「はい! ししょう!」
「……わかった、ししょう」
「いや、グリム……君まで師匠と呼ばなくてもいいから、気軽にアルヴェイと呼んでくれ」
「……そうか、ある……あ、あるヴぁい?」
「……アルでいいよ」
肩を落とす師匠と、首を傾げるお父ちゃんが可笑しくて、つい笑い声がこぼれてしまう。
新しい季節。
新しい住人。
そして――魔法という未知の存在。
胸の奥がじんわりと熱くなっていく。
――変わりゆく日常に、少しの戸惑いと大きな期待を膨らませていた。




