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『世界一弱いお父ちゃん(ゴブリン)は、世界一あたたかい』 〜ゴブリンに育てられた少女アリスの成長譚〜  作者: クワガタンク
芽吹きの時代

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第16話:解き放つ想い

朝の気配と、竈から漂う朝食の匂いに誘われて、目を覚ます。


結局、ベッドの上であれこれ想像しているうちに、眠ってしまっていたらしい。

私は、眠気の残る目を擦りながら、部屋の入り口へと歩き出す。


入口からそっと顔を出して覗き込むと、竈の前でお父ちゃんとアルヴェイが並んで料理をしていた。

どうやら、彼がお父ちゃんに作り方を教えてるようだった。


「……アリス、おきたか」


「おや、お早う。よく眠れたかい?」


「……おはよう、いいにおい……なにつくってるの?」


私が匂いを嗅いでいると、二人は顔を見合わせて微笑んだ。

まるで、小さないたずらが成功したかのように。


「ほら、言った通り匂いに誘われて起きてきただろう?」


「……いったこと、あたった……おまえ、すごい」


「なにつくってるの!」


私は、その様子が少し悔しくて、つい声が大きくなってしまう。


「あぁすまないねぇ。君が可愛いらしいからつい、ね……私の持っていたパン種で作った焼きたてのパンだよ」


そう言って手招きをしながら私を呼んだ。


「さぁ、ここにお座り」


そう言って彼が椅子を勧めてきて、私はようやく変化に気付き、辺りを見回した。

昨日まで無骨な岩肌と木の樹皮で覆われていた壁は、まるで塗り固められたように、滑らかで綺麗な壁へと変わっていた。

出っ張りや穴もなく、整った四角い空間が出来上がっていた。


竈や湧き水も整備され、立派な台所が出来上がっていた。


――まるで別の場所に迷い込んだかのようだった。


「まぁ、まだ台所と食事処しか出来てないけどね……他は、食事の後で話ながら決めようか」


私が口を開けたまま呆然としていると、彼はそう言って私を椅子に座らせた。

お父ちゃんが、出来立てのパンと山羊のミルク、それから炙った干し肉を出してくれた。


「では、頂くとしよう」


この世界に来てから初めて食べたパンは、胸がいっぱいになるほど美味しかった。

隣で、お父ちゃんもその美味しさに目を見開いていた。

お父ちゃんは、しばらく黙ってパンを見つめてから、ぽつりと呟いた。


「……ぱん、うまい……いちばん、うまい」


「おやおや、まさかこれ程喜んで貰えるとはねぇ。作った甲斐があるよ」


そう言って彼は微笑んだ。


やがて食事が終わり、お父ちゃんが後片付けを始めた。

私も手伝おうと立ち上がると――


「片付けが終わったら、天気も良いし外で話そうじゃないか」


明るい光が差し込む洞窟の入り口を指差しながら、彼はそう言った。


「……わかった」


「わかったー」


私たちはそう答え、片付けを続けた。


外は穏やかな日差しが降り注ぎ、すっかり春の陽気に包まれていた。

柔らかな風の吹く方へ目を向けると、彼が手招きしているのが見えた。


彼は、横にした丸太を二本用意しており、そのうちの一本を私たちに勧めてきた。


「まぁ、丸太くらいしか無いけど、座って楽にしてよ」


私たちが座るのを待ってから、彼は話し始めた。


「さて、魔法の基礎を教える前に、アリス。まずは君の事を教えて貰えないかい?」


「わたし?」


「そう、君の事……君は、こことは違う世界の記憶を持っているね?」


いきなり核心を突かれ、思わず飛び跳ねそうになる。

どくどくと早くなる心臓を、ぎゅっと手で押さえた。


……隠したい訳じゃない。


むしろ、この機会に言ってしまいたい。


……けど。


なぜか言い出せない自分と、今までお父ちゃんに黙っていた後ろめたさが、私の口を重くする。


「ふむ、当たりか……あぁ、別に知ったからどうだと言う訳じゃない。言わば、教え方の方針が変わる程度さ」


その言葉に、少しほっとした半面、まだわずかな警戒心が拭えずにいた。


「ちがう……せかい?……アリス、どこから……きた?」


お父ちゃんの声に、思わず振り返った。


「アリス、どうした?……だいじょぶか?」


お父ちゃんは私の顔を見て、おろおろとしながら、優しく抱きしめてくれた。


きっと私は、泣き出しそうな顔をしていたのだろう。


「あぁ……しまったなぁ。余りにも不躾な質問だったようだねぇ。どうにも私はこういう機微に疎くてねぇ……すまない、正式に謝罪するよ」


そう言って彼は立ち上がり、頭を下げた。


「ううん、いいの……お父ちゃん、あのね、わたし。ここじゃないところの、きおくがあるの」


私は覚悟を決めて、自分の中の想いを話すことにした。


「……きおく?……こわれた、むらのことか?」


お父ちゃんは首を傾げて言う。


あの魔物に襲われた廃村のことだと思ったらしい。


「ううん、こことはちがうせかい……まものもいないし……そこはね、どうぶついがいは、にんげんしかいないの」


「つまりは、普人のみ……私や君のような種族はいない世界って事さ」


「……やまのむこうより……とおい、か?」


お父ちゃんは、よく分からないと言った顔で一生懸命に理解しようとしてくれていた。


「そうだねぇ……あの空の向こうよりも遠い場所、といったところかな」


「……そら、より?……そら、より……か」


そう言葉を繰り返し、お父ちゃんはじっと空を見つめた。


私は言葉にできたことにほっとし、心に溜まっていた想いが、ようやく解放されたのだった。


「ふふ、心に溜まっていたものが取れたようだねぇ」


「よく、わからない……でも、アリスに……いいことなら、よかった」


そう言って、お父ちゃんと彼は、優しい目で私を見つめていた。


その時なぜか、お父ちゃんが二人になったような不思議な感覚に、心の奥がじんわりと温かくなるのだった。

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