第15話:新たな住人
突然の提案に、私とお父ちゃんは、言葉に詰まる。
「まぁ、今すぐ答えてくれとは言わないさ。明日の朝に返事を聞かせてくれないかい?」
そう言い残して、彼は寝床へと向かった。
「……お父ちゃん、わたしたちも、いこ?」
「……わかった、いく」
少し難しい顔をして、お父ちゃんは頷く。
新しい部屋のベッドに枯葉を運び、その上に毛皮を敷く。
そうして、私達は寝転んだ。
横になってからも、お父ちゃんはずっと、さっきの提案を考えてるようだった。
「……アリス……まほう、しりたい?」
お父ちゃんは呟くように、私に問いかける。
「……うん」
「……そうか」
そう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。
――魔法。
その言葉の響きが、私の中の憧れを熱くする。
明日はどんな魔法を教えてくれるのだろう。
どんな魔法が使えるのだろう。
想像で膨らむ胸の内とは裏腹に、重くなる瞼。
もう少し抗て、明日のことを考えていたいのに、この時ばかりは子供の体が恨めしい。
……あぁ早く、明日にならないかなぁ
♢♢♢
「……眠れないのかい?」
焚火の前で揺れるグリムの背中に向かって声を掛ける。
「……かんがえて……いた」
必死に、あの子の為に考えているのだろう。
何が必要で、何が最善かを。
「隣、失礼するよ」
そう言って腰を下ろし、彼に視線を向ける。
「決めきれないかい?」
少しの沈黙。ややあって、彼は答えた。
「……おれ、アリスに……おしえること、すくない……だから、たのむ」
子を想う彼の葛藤が、その一言に詰まっているようだった。
「大丈夫、あの子は賢い子だよ。それに君だって、あの子に生きる術を教えているのだろ?」
彼は俯きながら、ぽつりと話し出す。
「……おれ、くえるクサやミ……あと、わなくらいしか……しらない」
「それでもだよ。それが、この森を生き抜く知恵でもあるのさ。」
ふむ、随分と自分に自信が無いらしい。
この魔物もうろつく森で、あの子をあそこまで、育て上げるのは、そう簡単に出来る事ではない。
寧ろ誇ってもいい程だ。
さて、どうしたものか……。
「……おれ、むらで……いらない、いわれてた……だから、ここ、きた……」
ぽつりぽつりと、彼は自身の過去を語り始める。
私静かに、その言葉に耳を傾ける。
「……おれ、おや……ずっと、むかしに……もり、いって……かえってこなかった、ふたりとも……それから、
むらで、みんなのすること、みて……きいて、おぼえてた」
「誰か、頼れる人はいなかったのかい?」
彼は力なく首を振る。
「……むら、みんな、くうの……せいいっぱい……だから、おれ……じゃま、いわれてた」
……驚いた。
つまり彼は、誰に教わるでもなく、他人のする事を見て、聞いて覚え、知識にしてきたのだ。
恐らく、地頭の良さもあるのだろうが、それ以上に、そうしなければ生きてはいけなかったのだろう……
ならば、村という集団の中にいながら言葉が拙いのも頷ける。
人の会話から断片的に学んだのだろう。
話し方の癖も、人によって違っていただろうに。
「だから、おれ……アリスに、おしえること……すくない……でも、おまえ、きて……アリスに、おしえてくれる」
そう言って、彼は不器用に笑った。
その不器用な笑顔に、私は彼の純粋なまでの優しさを感じた。
「あぁ、任せてくれたまえ。あの子を――アリスを立派に師として、導いてあげよう」
「……し、ってなんだ?」
「あぁ……そうだねぇ、教えてくれる人って事さ」
「おまえの、こと……か?」
「そうともさ。私の持ている、知識や技を、あの子に授けよう」
彼は静かに頷いた。
どうやら私は、自分で思ってる以上に、必死に子育てをする不器用な男の姿に絆されてしまったらしい。
本音を言えば、私の興味はあの子――アリスにしか無かった。
だが、語り合ううちに、何時しか彼にも興味を……いや、この”親子”に興味を持つようになっていた。
「……おれ、おまえに……なにも、やれない……」
そう言って、彼は肩を落とす。
「何を言ってるんだい。此処に私を住まわせてくれるのだろ?それで十分さ」
「……そんなので、いいのか?」
「勿論。それに丁度、本格的な弟子も、そろそろ欲しかったところでね」
軽い手ほどき程度ならば幾度もしてきたが、弟子を取ろうとまでは、これまで思えなかった。
「……でし?」
「教えを受ける者――つまり、アリスのことさ」
「……そうか、でし……か」
そう呟く彼の横顔は、どこか嬉しそうに見えた。
「さて、夜も更けてきた。続きは明日にして、休むとしよう」
「……そう、だな」
彼は腰を上げ、奥へと歩いて行った。
ふと、揺らめく残り火に視線を落とす。
その小さな灯が、静かに揺れていた。
うむ、明日は何から教えようか。
それとも、住処をまずは整えてしまうべきか。
あぁ、これほど胸が躍るのは、何百年振りだろうか。
朝日がこれほど待ち遠しいとは、まるで子供にでも戻ったようだ。
そろそろ、私も休むとしよう。
明日はやる事が山積みなのだから。




