第11話:四度目の春と、遠い潮騒
今年も長く厳しい冬が終わりを告げ、森や野山が、白から緑へと色彩を変えていく。
私がこの世界に転生してから、四度目の春が訪れた。
相変わらず、洞窟暮らしは楽ではないけれど、それでも日々は充実していた。
「アリス……そろそろ……いく」
「うん、おとうちゃん!」
今日は、森に罠の巡回と山菜を探しに行く予定だ。
そんな、私達をお見送りしてくれるのは、親山羊のアン、その娘と息子のユーリとアロー。
アローは、矢のように走り回るからそう名付けた。いつもお父ちゃんを慌てさせている。
本当は山羊達も連れて行きたかったが、そこまで手が回りそうに無いから今回はお留守番だ。
それに、まだまだ私の事が心配らしく、お父ちゃんは、チラチラとこちらを伺っている。
今日は、どうしても森に行ってみたいと彼に頼み込んで渋々連れて行って貰える事になった。
前世の私は、子供の頃、親の手伝いから逃げるように遊び回っていた。
けれど、今は違う。
この世界で私を拾い、あんなに懸命に守ってくれた彼に、何かを返したい。
もらってばかりじゃ、嫌だ、と。
重いものは持てない。
でも、軽い籠くらいなら持てる。
簡単な荷物持ち位なば出来るし、何かお手伝いしたい気持ちが抑えられそうにない。
まだまだ、どこかで体に精神が引っ張られている所もあるのだろう。
「アリス……て……つなぐ」
そう言って彼は優しくこちらに手を差し出だしてきた。
「うん!」
お手伝いもしたいけれど、何より一緒に行けることが、一番嬉しかった。
洞窟からあまり離れない場所まで。
準備を整え、編み籠を持ち、私は初めての「外の世界」へと足を踏み入れた。
土と草木の匂いが森に入った瞬間に強く感じられた。
まだまだ、名残り雪はそこかしこに残ってはいるけれど、森の恵みを探せない程ではない。
「アリス……あそこ……あれ、うまい」
お父ちゃんがそう言って食べられる野草を教えてくれる。
木漏れ日が揺れるたび、若い芽がきらりと光る。
そうして、私達は、日々の糧をその籠に満たしていく。
どれほどの時間が経っただろうか、ふと、潮の匂いが微かに漂ってきた。
「おとうちゃん、このニオイって……」
「ここから、……すこし、いったとこに……しょっぱい、みずの……ところ、ある」
あぁ、なるほど、それでお父ちゃんは、塩を持っていたのかと納得した。
森の奥の洞窟暮らしで塩は貴重なはず、そういうことか、と胸の中で頷いた。
「そろそろ……なべ、もって……しょっぱい、みず……わかしにいく」
「わたしも、いきたい!」
お父ちゃんは、少し悩みながら、考え込んで心配そうにこう言った。
「アリス……すこし、とおい……だいじょうぶか?」
子供の足では、不安なのだろう、お父ちゃんは気づかわし気に私にそう言って見つめる。
「うん! おとうちゃんのおてつだいする! しょっぱいおみず、みてみたい!」
「そうか……でも、いまは……かえる……にもつ、いっぱい」
「はーい!」
お父ちゃんは、微笑まし気に私の頭をそっと撫で、それから手を繋いでくれる。
私は、微笑み返して、その手を握り返した。
帰りの道すがらも、籠の中身を増やしつつ、洞窟に帰ってきた。
山羊達に、ただいまを言い、籠を下ろし一息つく。
「つかれたか?……アリス」
「ううん、まだ、だいじょうぶ!」
「そうか……でも、やすんでろ……あと、おれ……やる」
籠の中身を広げながらお父ちゃんは、優しく笑いかけてくれる。
「いっぱい、とれた……アリス、たすかった……」
彼は、少し照れくさそうにそう言いながら、籠を奥に持っていった。
そして、鍋と袋を手に戻って来た。
「あした……いく……だから、もう……ねろ」
「うん!おやすみ、おとうちゃん!」
アンとユーリにアロー達にも、おやすみを言って寝床へと潜り込む。
(しょっぱいみず、海かぁ……早く明日にならないかなぁ)
前世でも数える程しか、行った事は無いけれど、この世界で初めて見る海、明日へのワクワクが止まりそうになかった。
いつもでも、ソワソワと寝返りを打つ私を、お父ちゃんは少し困った顔で、寝かしつけるように、背中を撫でてくれる。
彼の優しい手に、ゆっくりと眠気が落ちてくる。
まだ見ぬ海の音が、どこか遠くで揺れている気がした。




