ファイル4 焼死体の部屋
千堂と小林は物件を仕入れに、千葉県に近い東京都のマンション物件を訪れていた。
不動産屋は物件を買って付加価値をつけて再販売をする。これを買い取り販売という。
そのマンションは、家主が風呂に入っている間にキッチンでやかんでお湯を沸かしていた際、何かが燃え移り、火がついてしまったという事故物件だ。結果、家主は風呂で亡くなり、部屋は全焼。事故から時間が経過し、弁護士を通して鍵を借りて内見をすることになった。
玄関前に立つと、火災の熱で玄関ドアが曲がり、かろうじて鍵が引っかかっている状態だった。
鍵を回さずとも、ドアは少し開いてしまう。
小林が息を呑んだ。
「…これは、ヤバそうだな。」
千堂は何も言わず、懐中電灯を点けて部屋に足を踏み入れる。
中に入ると、真っ黒なすすが壁や床にこびりついており、焦げ臭い匂いが鼻を突いた。
マスクを持ってくればよかったと後悔するほどの強烈な臭いだ。
懐中電灯の光を頼りに、二人は土足で部屋に進んだ。
キッチンは焼けただれて、換気扇も無残に焼けて無くなっていた。
「ここが火災の原因か…」
小林は呟く。
リビングの窓は溶けてしまい、割れたガラスと木の板が無理やり打ち付けられていた。
その隙間から、薄い光が部屋に差し込んでいた。
天井はコンクリートとむき出しの配管が真っ黒に焦げており、その中には配管の一部が異様に飛び出しているのが見えた。
「すごい惨状ですね。」
千堂は冷ややかな声を出す。
小林は黙って、懐中電灯を持ち、ふらつきながらも歩を進める。
「お風呂の方も見てみよう。」
二人は暗い廊下を進み、脱衣所のドアを開けた。
しかし、そこには恐ろしい光景が広がっていた。
お風呂の湯気で曇った鏡には、無数のひび割れが入り、何かが反射しているような気がした。
千堂は、恐怖で足がすくんだ。
「あ…あれは…」
「見ない方がいい。」小林が冷徹に告げる。「ここには… もう何もない。」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
薄暗い部屋の中で、しんとした静けさが広がり、何かが重く感じられるようになった。
突然、どこからか「ヒュ…ヒュウ…」という風の音が耳に響く。
「…何だ?」千堂は顔をしかめた。
小林は懐中電灯を一度下ろし、周囲を見回す。
「…あれだ。ずっとこっちを見てるんだよ。」
千堂はふと背後に視線を向けるが、誰もいない。
しかし、次の瞬間、床に何かが足音を立てて近づいてくる音がした。
「…誰かいる?」小林の声に、わずかな震えが混じった。
だが、答える者は誰もいない。
ただ、辺りの空気が急に重く感じられ、鼻にかかる焦げた匂いが一層強くなった。
小林が言った。
「俺たち、長くここにいるべきじゃない。」
その時、何かが二人の耳元で囁くような音がした。
「助けて…」
小林は顔を強ばらせ、振り返る。「…聞こえたか?」
千堂も震える手で懐中電灯を点け直す。その光が壁を照らすと、そこには、無数の焦げた手形が残されているのが見えた。
「これは…どういうこですか?」
小林は吐き気を抑えながら言った。
「何かが、この部屋に残っているんだ。」
その時、突然、部屋の電気がわずかに点滅し、闇が一瞬だけ深まった。
二人は同時に懐中電灯を握りしめ、顔を見合わせた。
「この部屋、ただの事故物件じゃない。何かが…」
小林が言ったその瞬間、突然、部屋の一角から声が響いた。
「帰れ…」
その声は、どこかから漏れたような、かすれた声だった。
千堂は背筋が凍るのを感じた。
「帰れって…誰が…?」
小林は無言で部屋を出ようとしたが、廊下に出ると、異常なほど冷たい風が吹き込んできた。
振り返ると、部屋の中から何かが、ずーっと彼らを見ているような気がした。
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