ファイル3 過去の栄光にすがる男
その男、伊集院遥は、成功を絵に描いたような人生を歩んでいた。
若い頃、起業した会社はあっという間に上場し、成功者として世間から注目を浴びた。
その後、美女と結婚し、タワーマンションの最上階に住む。
誰もが羨む「完璧な人生」。
だが、すべては一瞬で崩れ去った。
会社は突然倒産し、妻は家を出て行き、気づけばゴミ屋敷のようなタワーマンションの最上階に一人きり。
人々は彼のことを忘れ、彼自身も過去の栄光に縋りつくことしかできなくなった。
小林と千堂がそのタワーマンションの部屋を訪れた時、伊集院はソファにうなだれて座っていた。
部屋はゴミで散乱し、窓は開けられたままだった。
「…この部屋が悪いんだ」
伊集院の声はかすれていた。
「俺がこの部屋に引っ越してから、俺の人生は転落した。」
千堂は静かに部屋を見回しながら言った。
「そうでしたか。では、この部屋を片付けて、貸すなり売るなりしましょう。」
「早く売りたい…どうすればいい?」
伊集院は無気力に答えた。
「部屋がゴミだらけだと、売れませんし、貸すことも難しいですよ。」
千堂は冷静に告げた。
「わかりました…片付けます。」
伊集院は顔を伏せ、そう告げると、どこか遠くを見つめた。
それから何日も経ったが、伊集院から連絡は来なかった。
小林はちらっと千堂を見て言った。
「あのタワーマンションの人、まだ連絡ないな。」
千堂は眉をひそめた。
「あの人、過去の栄光にすがってるんだろうな。タワーマンションは成功者の証だと思っている人もいるし。」
小林は、冷たい目を窓の外に向けた。「でも、それも今や…」
言葉を切った小林は、何かを思い出したかのように首を振った。
3カ月後。
伊集院の遺体が発見された。
彼はバルコニーから身を投げ、エントランス横の駐輪場の屋根に突き刺さっていたという。
その日の夜、千堂と小林はオフィスで静かにニュースを見ていた。
小林が冷徹に呟く。
「ゴミも栄光も捨てられなかったか。」
千堂は答えず、ただ黙ってスクリーンを見つめていた。
しかし、そのときだった。
テレビの画面から、伊集院の死因に関する追加情報が流れた。
「…発見された場所は、かつて彼が『最も栄光を感じた場所』だったそうです。」
アナウンサーの声が続く。
小林の目が鋭くなった。「…栄光、か。」
その声に混じった、どこか冷徹な響きに、千堂は背筋が凍った。
その瞬間、部屋の空気がぴりっと変わった。
薄暗く、ひんやりとした風が部屋に吹き込んだように感じた。
「伊集院さんはきっと、最後の一歩を踏み出す前に、何かを感じていたんじゃないかな。」
小林の言葉は、どこか遠くのものを見つめるような、冷たいものだった。
千堂は恐る恐る聞いた。
「何を感じたんですか?」
小林は振り返り、目を細めて言った。
「栄光にすがることが、どんなに怖いことかってな。」
その瞬間、部屋の窓が、突然ガタガタと音を立てて震えた。
二人は驚いて顔を見合わせた。
外では風の音が強くなり、部屋の中にまでその冷たい風が入り込んできた。
そして、背後から何かが囁くような気配がした。
「返して…返してよ…」
千堂は振り返ったが、誰もいなかった。
小林は無表情で言った。
「…過去にすがりつくことが、どれだけ怖いことか…」
そして静かに歩き出すと、扉を開けて外へと向かった。
その瞬間、私の再び背後で「返して…」という声が響いた。
千堂は思わず振り返る。
だが、やはりそこには誰もいない。
ただ、冷たい風だけが彼女を包み込んだ。
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