事故物件ファイル2 修正する大家
このアパートの大家である・大山ハナコは、小柄で腰の曲がった老女だった。
面談に現れた彼女は、ニコニコと笑いながらも、口にする言葉は
めちゃくちゃだった。
「賃料は適格だと思うんだけどねぇ、ほら、この立地でこのお家賃よ?」
「条件だって普通でしょう?あ、でも夜遅く帰る人はダメよ、怖いから」
「外国の方もダメ、学生もダメ、あ、あと女性の独身もダメかしら」
千堂千草は、笑顔を引きつらせながらメモを取った。
(これはもう…完全にボケてるよな)
その時。
カリ……カリ……
小さな音。
千堂は、ふと壁を見た。
接客室の壁。
一瞬だけ。
壁紙の下から、何かが動いたように見えた。
「……?」
だが、すぐに静かになる。
小林は無表情のまま、何も言わない。
◆ ◆ ◇ ◇
帰り道。
「……あんな大家さん、本当にいるんですね」
「いるさ。」
小林はポケットに手を突っ込みながら答える。
「条件がどんどん厳しくなって、誰も住めない。結果、だれもいないゴースト物件になる」
「自分で自分の首を絞める、か……」
その時。
カツ……カツ……
後ろから足音。
振り向く。
誰もいない。
だが。
足音は、止まらない。
まるで――
“すぐ後ろにいるのに見えない”距離で、ついてきている。
◆ ◆ ◇ ◇
数日後。
そんな問題だらけの物件だったが、
ある日、大家・大山ハナコが自分で募集サイトに掲載し、入居者を見つけたという連絡が入った。
千堂が連絡すると、入居希望者・入山誠はこう言った。
「大家様から聞きました。賃料、2万円引きますって。敷金も礼金も、いらないって」
「えっ……ええっ?そんな話、聞いてませんけど!」
慌てた千堂は小林に報告し、再び大家に電話を入れた。
電話口から、鼻歌まじりに大家の声が聞こえてきた。
「あら~勢いで言っちゃったのよぉ。ごめんなさいねぇ。修正しといて?」
「『他にも借りたい人いる』って、ちょっと嘘ついてもいいわよ~ふふふふ」
(この人、ヤバい……)
千堂が小林に相談すると、
「……ダメだな。嘘は犯罪だ。我々も共犯にされる」
ときっぱり言われた。
再度大家にその旨を伝えると、電話口から怒声が飛んできた。
「あんたねぇ!ちょっとぐらい融通きかせなさいよ!」
「だれだって、間違えることくらい、あるでしょおおお!!!」
怒鳴り声。
電話が切れる。
その瞬間。
ツー……ツー……ツー……
通話終了の音に混じって、
別の音が、混ざった。
カリ……
カリカリ……
まるで、壁を内側から引っ掻く音。
千堂は思わず受話器を離した。
その後、大家・大山ハナコは、別の不動産会社『ブラックホーム』で契約を進めた。
◆ ◆ ◇ ◇
――1年後。
「小林さん……っ、ニュースに出てます!」
新聞。
『高齢女性 刺殺される』
千堂の指が震える。
「……ああ、見たよ」
記事にはこうあった。
『物件内で奇妙な怒鳴り声や笑い声が聞こえていた』
その時。
千堂の脳裏に、あの壁が浮かんだ。
カリ……
(まさか……)
◆ ◆ ◇ ◇
その夜。
千堂は夢を見た。
■暗い部屋
■古いアパートの一室
壁。
その壁が――
膨らんでいる。
ドクン……
ドクン……
脈打つように。
「……なに……これ……」
近づく。
壁紙が、波打つ。
その内側から――
人の顔が浮かび上がった。
「――ッ!!」
大山ハナコだった。
だが。
平面に押し潰されている。
顔が、壁の中に埋まっている。
目が、飛び出している。
口が、裂けている。
「しゅうせいしてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
絶叫。
壁の中で、もがいている。
ドンッ!!
ドンッ!!
内側から叩く。
壁が歪む。
ヒビが入る。
そこから――
指が、突き出てきた。
一本。
二本。
何本も。
「修正して!!修正して!!修正してぇぇぇ!!」
壁一面から、声。
ハナコだけじゃない。
別の声。
男。
女。
子供。
この部屋に関わった“全員の声”。
「いやあああああああ!!」
壁が割れる。
中から――
人が、這い出てくる。
だが、体は出られない。
首だけ。
腕だけ。
顔だけ。
無理やり、押し出される。
「修正してええええええええええ!!!!」
その手が――
千堂の腕を掴んだ。
「――ッ!!」
冷たい。
引きずられる。
壁の中へ。
「やめて!!やめてえええ!!」
顔が、壁にめり込む。
息ができない。
視界が潰れる。
その時。
耳元で。
あの声。
「修正しておいて……」
◆ ◆ ◇ ◇
「はぁっ!!」
飛び起きた。
息が荒い。
部屋を見渡す。
何もない。
……はずだった。
壁。
そこに。
うっすらと。
人の顔の“跡”が残っていた。
◆ ◆ ◇ ◇
翌日。
千堂は震えながら、小林に話した。
小林は、静かに聞いたあと。
一言だけ言った。
「……間違いを、修正できなかったんだな」
その瞬間。
事務所の壁。
カリ……
カリカリ……
千堂の耳元で、
囁き。
「修正しておいて……修正しておいてよ……」
振り向く。
誰もいない。
だが。
壁が、わずかに膨らんでいた。
まるで“中にまだ誰かいる”ように。
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