第十一話 「五回の死闘を経て」
ステルベンが放った言葉を聞いたラデスは、己の不利すぎる状況に顔をしかめた。
二度の残酷な死を経て、分かったことはラデスとステルベンの実力差は天と地ほどということだけ。しかも、ラデスの心に死に対する確実なトラウマが植え付けられたという、おまけつきだ。
あんな思い、もうしたくない。あんな目にもう遭いたくない。そんな負の気持ちが、ラデスの猛る心を確実に折っていることは確かな事実だ。
だが、完全に折れているというわけではない。だからこそラデスは、今ここに立ちステルベンの姿を見据えているのだ。
この勝負は、いくらステルベンがラデスを殺そうが、ラデスが諦めなければ終わらない。
「やっぱ意地悪だよな……」
今更ながら国王が提示した条件の鬼畜さに気付く。あの国王は、最初から決闘が一方的になることを予見し、この条件に決めたのだ。
”自分の未来を自分で切り開く”と言ってしまえば、確かに聞こえはいい。だが、まさかここまでその難易度が高いとは思わなかった。
「ほう? まだ意思は折れていないか。大抵の奴は、一回か二回で音を上げるんだが」
「この勝負は、俺が諦めない限りお前は勝てないんだろ? だったら、何べんでも死んでお前にこの剣を届かせてやる」
ラデスの敗北の意思を見せない表情を見て、ステルベンは鼻で笑う。彼にとってさぞ無謀なセリフ、あるいはよっぽどの絵空事だったのだろうか。その余裕な表情は未だ崩せない。
「言っとくが、楽な死など与えんぞ」
「上等だ」
お互いに決闘の継続の意志あり。それを確認したと同時に、ステルベンは右手を天に掲げた。
「処刑人の棘槍」
その言葉を発したと同時に、ステルベンは無数の魔法陣を展開した。彼の掌が空気に触れるたびに、その頭上に複雑な模様のそれが増えていく。青と赤の魔法陣が空に平がるその光景は、傍目で見れば美しいと思えるだろう。
無数のそれが創り出すのは、炎の槍と氷の槍。槍といっても、武器として扱うことが出来るようなクオリティではなく、相手にただ飛ばすための簡素なものだ。だが、その数が両手両足で数えることが出来ないのが、それの脅威を物語っている。
ラデス自身、魔法を扱うことが出来ない。だからこそ初めて見たメイナの魔法は感動を覚えた。
だが、それが自分自身に向けられているのなら話は別だ。物理現象の枠を超えたあの奇跡たちが、一斉に襲い掛かると考えただけでも、背筋が凍る。
一時は剣を抜くことを考えたが、ラデスはその行動を中止した。氷の槍は剣で軌道を逸らすか、砕いてしまえば、その脅威は無くなる。
だが炎の槍は別だ。もしも、ラデスの見立てがあっているのなら遥かな脅威と言えるだろう。
その理由としては、それがちゃんとした実体を持っているのか分からないという点があることだ。実体がない、つまり炎がそのまま槍の形となってこちらにやってくる。
これでは剣で捉えることができない。つまり、防ぐ手段がないということだ。しかも、それがラデスの体に掠りでもしたら、そこから引火する可能性がある。そうなった後の未来は、見え見えだ。
「くっそ!」
ラデスは腰の剣から手を離し、行動を開始する。
受けることを放棄し、ラデスが後にとる行動は一つ。ただ全力で逃げ回ることだ。まずは魔法を観察し、その特性を戦闘中に学ぶ。
幸いにも、ラデスにはたっぷり時間がある。ローザの特訓により、走るのは今のラデスの得意分野だ。
槍が行動を開始する前に、ラデスは右へ走り出す。先手必勝。ステルベンの意表を突き、少しでも観察する時間を稼ぐための行為だ。
だが、それに混乱するほど馬鹿ではないのが、彼が王直騎士たる所以。
「逃がさん」
ステルベンはラデスが走る姿をその双眸で追い、天に掲げた右手を勢いよく下ろした。同時に魔法陣が光り、魔法が射出される。
一本一本がまるで自我を持つかのように、走るラデスの後を追う。恐らくステルベンが操作しているのだろうが、もしそうなら彼の並行思考能力は半端じゃない。
されどラデスも伊達ではない。何日も何日も王都中を走ってきた。その努力はたとえステルベンでも、否定することは出来ないのだ。
一心不乱に走るラデスを追跡する魔法槍。諦めが悪い標的を執拗に追い続ける者もいれば、その追跡を大きく外し、地面に突き刺さって消滅する者もいる。
各々が、標的を仕留めるという思考を孕んだ動き。ステルベンに統制されたその動きは、ラデスを傷つけるには、十分すぎる物だ。
「あっが!」
決闘のステージ中を走りまわるも、統制されたその動きの前には、いつかは限界が来る。
飛来する一本の氷の狂槍を避けきれずに、ラデスの体を掠った。掠ったと聞けば大した傷には聞こえないが、傷を受けた箇所は右の脇腹。ひとえに人間の急所と呼ばれるその部分だ。
慌てて右手でその傷を押さえるも、それだけでは溢れ出る血をせき止めることは出来ない。今すぐ応急措置が必要だ。
脇腹は圧迫で止血するのが難しいため、ただでさえ失血死を引き起こしやすい。だからこそ迅速な対応が必要なのだが。
どくどくと脇腹にたまっていく血が、焦る気持ちを増幅させる。抉れた肉を赤く染まった服ごと強く握りしめ、命を落とすまいと力を込める。
「やっぱこの匂いは慣れねえな……」
この一時間にも満たない短時間で何度も味わった血の匂いが、またラデスの周囲に漂い始める。走りながらもその匂いの不快さに、ラデスは顔を歪めた。
次第に血が地面に滴り始め、ラデスの力を抜き取っていく。押さえても押さえても流れ出るそれは、自分の一部でありながらも自分の敵なのかと錯覚してしまうほどだ。
そしてついに、
「あがっ!」
氷の狂槍がラデスの左ふくらはぎを捉えた。正確に骨と肉を貫いたそれは、先ほどとは違う明確な痛みをラデスに感じさせる。
人間が全力で走るためには、前傾姿勢を取ることのほかに両腕を振ることが必要だ。傷跡を押さえながらでは全速力など到底出すことは出来ない。ましてや脇腹に傷を負っている時点でその結果になることは目に見えていた。
この攻撃が災いし、ラデスを地へと伏せさせた。このままでは、ラデスはその体を無数の魔法槍に貫かれ、その生涯を終えるだろう。
だが、
「ただで、死ぬもんかよ」
惨めったらしく泣き喚き、恐怖に怯える終焉はもうしない。たとえ死んでも生き返ると分かったのなら、それなりのやり様というものがある。
「せめて、炎の槍の特性を……」
既にラデスは死にかけの体。もはや生を続行し続けられる体ではない。ならばせめてとラデスは、その身を降り注ぐ槍に向けて剣を構える。
炎の体の特性を、自傷覚悟で確かめる。本来ならば狂行とも言える作戦だが、生と死を繰り返すこの異様な状況だからこそ、その真価を発揮する。
「一思いに死ね」
残酷な死刑宣告と共に、処刑人はラデスの真上に数多の魔法陣を展開する。それが意味するは、一人の人間の死亡だ。
やがて槍が発生し、そのすべてが躊躇なくラデスの方向へ向く。豪雨のように降り注がれるそれらは、たとえ歴戦の猛者でも完全には避けきれない。ましてや今の状態の彼では、避けることすらままならないだろう。
「おるるらぁぁっ!!」
空気を裂き、徐々に加速し、光弾の如く撃ち放たれる魔法槍の群れ。その内の一本の炎槍に狙いを定め、ラデスは剣を振った。
「──!」
正確に炎槍を捉えた剣撃は、物理的な定形を持たないはずのそれを斬った。ラデスに襲い掛かるべくして生まれた炎槍が、その役目すら果たさずに道半ばで切り裂かれたのだ。
否──、切り裂かれたというよりも、
「……かき消した?」
炎が揺らぎ、まるでそこに何もなかったかのように、それは姿を消した。その光景は、ラデスの予想とは大きく外れ、防ぎようのない攻撃を防ぐことに成功した決定的な瞬間だった。
「なん」
なんだ、と言おうとした瞬間、言いようもない苦痛がラデスの体に到達する。予想も覚悟もしていた。だが、いざその瞬間となればやっぱり苦しいもので。
「あがああがあっががああっががあ!!」
刹那、魔法槍が何本も体に突き刺さり、内臓や骨、血肉に至るまでラデスを傷つける。きっとそのやり取りは、真上に紡がれた無数の魔法陣を使い切るまで終わらないだろう。
「──」
無限とも思えるその応酬に、ラデスの口は何も開かない。何も出ない。出るとしても赤黒いものだけだ。
そして、意識も、命も、何もかも。
何も──。
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「っぷは!」
今の今まで止まっていた息が動き出し、ラデスは目覚めた。息を吹き返すとはまさにこのことだ。ラデスの場合は、一度完全に止まっているのだが。
仰向けに寝転んだその体を起き上がらせ、その勢いのままラデスは立ち上がる。
「炎はかき消せる……」
今回の死で得られた情報は、炎の槍が剣でかき消せるという物だけ。あとは逃げ回るだけでは、いずれステルベンの魔法技術にやられるといった所だろうか。
実体を持たないそれが、ラデスの攻撃により消える理由。それは、あれしかない。
「……剣を振ったときの風圧か」
簡単なことだった。それは炎で出来ているのだから、風に揺らぐのは当然のこと。あれが消えた理由はラデスの攻撃を受けたからではなく、その攻撃によってできた風圧にかき消された。ただそれだけのことだった。
「だったら」
やり様が分かれば、あとは対処するのみ。頭の中で作戦を構築し、それを今一度確かめる。
「もう一度、味わってみるか?」
ステルベンが再び、空に魔法陣を展開した。それがラデスの方へ向けられ、一斉に魔法槍が射出される。
自然落下と重力を無視し、加速度をあげていくそれらは、脅威そのものだ。
それを見据え、ラデスは剣を抜いた。真っすぐ構えるその姿には、一切の邪心を写さない。超集中状態だ。
「しっ──」
両腕が灰色に光り、ラデスの腕が大男の剛腕と化す。そのまま剣を振ると、同時に起きたのは突風だ。その風が炎槍を殺し、風の勢いに乗った剣が氷槍を砕く。
縦横無尽にラデスは剣を振り、やがてその応酬が無くなった。大量の氷の破片が空中に舞い、あたりを白く濁らせる。
やがて、その氷の深霧が晴れその全貌が明らかになった。
「生き……てるぞ」
何度も何度も剣を振った。それでも防ぎきれずに、少し傷を負った。その姿からは血があちらこちらから出ている。
だが、確かにそこに、生きたラデスの姿があった。
右手に剣を持ち、それを思い切り天に掲げる。銀色の剣身が日光に当たり、確かな輝きをラデスの双眸に届けた。
勝ったわけでも、ステルベンに一矢報いたわけでもない。だが、確かにラデスは成し遂げたのだ。
王直騎士の一人である『炎氷』の騎士、ステルベン・ワーグナーの一つの技の攻略を。
「えらい喜びようだな。何か嬉しいことでもあったか?」
「放っとけよ。次は……お前だ」
天に向けた剣先を、悪辣にラデスを嗤うステルベンへ向ける。お前への挑戦状ともとれるその行為に、ステルベンは頭を抱えて失笑。
「大歓喜の所悪いな」
「あ? なん」
「堅氷の戦士」
苛立ちを含めたラデスの言葉を無理やり遮り、屈んだステルベンは右手で地に触れる。薄氷色の魔法陣が地上に描かれ、ステルベンの周囲を囲んでいく。
ラデスの頬に感じるのはひやりとした感覚。先ほどの氷槍のせいかもしれないが、目の前のステルベンの動きに緊張感を感じているのも、少なからずあるだろう。
魔法陣が光り、氷が形成されていく。それが集まり、形作り、結果として生み出されたものは──、
「人間……?」
彼が創り出したのは人間。いや、明らかな人の形を持った氷の集合体、とでもいうべきだろうか。確かにそれらは人のような関節、五体をもってはいるが、その顔や目に一抹の生気すら感じることは出来ない。
王国の騎士たちがつけているような甲冑を身に着け、左手に盾、右手に剣や槍や斧、各々の武器を持つ五人の剣士たち。心も命も持っていないはずの彼らは、まるで人間のように構えを取る。
ラデスに嫌な予感が走る。ステルベンは、あの無数の魔法槍をまるで自分の手足の様に操っていた。
もしも、その想定が当たっているとしたら、最悪の状況だ。
「それ、自在に操れたりしないよな?」
「ん? 知っていたのか。この魔法はお前に見せてはいないはずだが」
さも当然に答えるステルベンに、ラデスは冷や汗を流した。奇跡を信じて聞いてみたものの、残酷に現実を突きつけられる。
彼らは本来創り出しただけではただの氷塊だったはずだ。だが、ステルベンという司令塔が生まれたことで変貌するのだ。
思考と意志が内在した、五人の戦士へと。
「マジかよ……」
一対一の決闘のはずが、一瞬で多対一の戦況に変えられた。一人の人間に一撃を与えることすら出来ていないのに、さらに敵に味方が増えるという絶望。
「さあ、次はどのくらい持つかな?」
その彼の掛け声を機に、戦士たちはラデスの元へ一斉に歩き出す。各々が構えを取り、ラデスを殺す準備を整えている。
「これはやばい……!」
そこでようやく自分の危機に気付いたのか、ラデスは剣先を相手に向ける。だがその剣先の方向は、未だ正確には定まらない。
それもそのはずだ。今まではその剣先を一人に向けるだけでよかったが、今では誰に向ければいいのか分からない。
じりじりと迫り寄る五人の氷塊戦士たちに、剣で威嚇しながらもラデスは後退りを繰り返す。ラデスをドーム状に囲み綺麗に逃げ場を無くすその立ち回りは、さながら精鋭部隊。
何も考えつかず、ただ砂が靴と擦れる音だけが、その場に響いていた。
やがて後ろに下がるほどの足場が無くなり、ラデスはしぶしぶ立ち止まる。その様子を見たステルベンはうっすらと冷酷な微笑を浮かべ、
「これで、四度目だな」
その言葉を皮切りに、五人の戦士は各々の武器を振りかぶり、ラデスに向かって走り出した。明確な殺意を向けられ、ラデスの剣を握る力が強くなる。
「こうなったら……」
ラデスの意図が体中に走り、その意志の赴くまま彼の筋肉や骨は動き出した。まっすぐ走るその体には少しの恐怖と迷いが見える。
彼が行ったのは、小細工も何もない、ただの正面突破だ。こちらに勢いよくやって来る長剣の氷戦士に向かい、ただ突き進む。
あの時の氷槍は、ラデスの魔力を込めた一撃で穿つことが出来た。もしも彼らが、同じ氷の強度で出来ているのなら、簡単に砕くことが出来るはずだ。
そう推測を立て、ラデスは目の前の剣士へと突っ込む。そして右から左へと通り抜ける剣撃をたたき込んだ。
鈍い音が鳴り、ラデスは己が放った一撃の手ごたえを確信する。だが、結果は彼が思うものと真逆の道を行くもので。
「んな!?」
驚嘆の声をあげ、ラデスは目の前に起きた出来事に瞠目する。
ラデスが放った一撃は、氷で出来た盾に阻まれていた。盾にはひびが入ったものの、完全な破壊とまではいかなかった。
巨人ゴブリンを殺した攻撃、氷槍を穿いた攻撃が、目の前の小さな盾の前に完全敗北。それが事実であり、目の前で起きた現実だった。
そこで一瞬、思考が停止した。
攻撃を仕掛けたものは、人間だろうが動物だろうが、大きな隙が出来る。その隙を離れた場所から見ている『炎氷』の騎士は絶対に見逃さない。
「──!」
目の前の剣士が思いきり振りかぶり、長剣を真っすぐに振り下ろした。下から鈍い音が発生し、ラデスの視線は自然と下へ向かう。そこでようやくその音の正体が、地面と氷剣の接触音だと気づいた。
「──」
「何が起きた」と言おうとしても、なぜか何も口から出ない。行動の意思を感じたはずの体が、何故かそれに応えようとしない。
力を入れていたはずの剣が手から落ちる。力が入らず、体が動かず、何もできない。明らかな異変を感じても、確認する術がないのだ。
そしてもう一つ、何かが地面に落ちた。
「──?」
べちゃと音がして、力なく倒れる何か。この場にそんな音を出すものなんかあっただろうか。そんな疑問が、ラデスの心に駆け巡る。
多分だけどそれの原因が分かれば、自分に起きたこの不思議な現象も分かる気がした。直感だけど、そんな気がした。
だから、それを残っている右目で見つめた。
「──」
黒眼に入ったのは大量に流れ出る赤い鮮血に、派手にぶちまけられた臓腑の数々。あのほんのりピンク色なのは、肺だろうか。あの長いやつは、腸だろうか。あのまっぷたつに割られたのは、心ぞうだろうか。
かんぞうってあんなかたちなんだ。あたまからこぼれるはだいろのやつは、たぶんのうだ。おなかのしろいのはしぼう。あのちっちゃいのは、たぶんじんぞうだな。ああ、ほねってあんなかんじのいろなんだ。あしのきんにくっていがいにほそいんだな。
そして、
「──」
ひだりはんしんと、めがあった。
それで、終わりだった。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
「──ぅ」
瞬き数回。口から漏れた吐息一回。そこでラデスはようやく自分が生き返ったのだと理解できた。地面に両手を突き、なんとか立とうとするも、体に力が入らない。
「う、ぅ」
口からかろうじて出た音も、ほとんど意味を成さない。胃の中から逆流しそうになる物を、必死にこらえる。もうほとんど口の中に戻ってきているが、必死に唇を閉じ、何とか耐える。
「壊れたか? いや、まだかろうじて自我は残っているか」
「──ぁ、ぅ」
無様に地面を這いつくばるラデスを見下し、ステルベンは笑った。そして彼は返答すらできないラデスに、再び話しかける。
「お前が必死に俺に勝つ策を考え、それを俺が叩き潰す」
「そうすれば簡単に折れてくれると思ったが、どうやらお前は、心だけは無駄に頑丈のようだな」
その言葉に、「だから」とステルベンは付け足し、
「これからはお前が復活した瞬間にすぐ殺す。策を考えさせる間もなくすぐ殺す。休息を与える間もなくすぐ殺す」
ラデスは聞いていない。その恐ろしい言葉を聞いていない。耳が、体中がその言葉を拒絶しているからだ。
「まずは手始めに、これだな」
拒絶を続けるラデスを横目に、ステルベンは魔法陣を展開した。これまでの物とは違い、ただ一つの魔法陣だ。
問題なのは、その大きさだ。ラデスを、否──ステージ中を覆いつくすほどの巨大な魔法陣だ。
「絶海の氷山」
直後、その巨大な魔法陣から大量の冷気が発生。その冷気はやがて実体となり、巨大な氷山としてこの世に顕現した。
今までの物とは桁違いな規模、桁違いな威力にラデスはなすすべも無く、腹を氷山に貫かれた。
「ごぶ」
あまりの一瞬の出来事に激痛も絶叫も出ず、情けない声を出してラデスは空中へ放り出される。空を舞いながら、ラデスは地にそびえ立つステルベンを見ていた。
そして、目の前が真っ暗になった。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
「──」
意識が回復し、ラデスは何か冷たい所に伏せていることに気付いた。なんとか立ち上がり、あたりに広がる空色の景色を見て、確信した。
「……氷山の、上か」
世界を凍らすほどの強烈な冷気に包まれながら、ラデスは己の手を何度も開閉。そして目の前に立つ彼を見る。
右手に魔法陣を展開し、ラデスを殺す準備をするステルベン。朦朧とする意識の中、ラデスは思った。
──どうしよ、これ。
決闘が始まり、ここまででラデスは五回も命を踏みにじられた。精神をすり減らし、体を酷使し、それでも勇敢に立ち上がって見せた。
それでもなお、いまだラデスの勝機は、見えない。




