第八話 「決闘の始まり」
「は?」
ガロンの口から出た、予想だにしない決闘宣言。その突拍子さに彼への敬意や畏怖も忘れ、乾いた返事をしてしまう。
彼が持ち出してきたのは、ステルベンとラデスの直接対決。利用価値という言葉から簡単に考えて、勝てば生き、負ければ死刑と判断するといった所だろうか。だが、
「さすがに、不公平ではないですか?」
話を黙って聞いていたアレスはその余りある不平等さに、異議を唱えた。
騎士と冒険者にある職業格差は、実力にも当てはまる。もちろん一級騎士や二級騎士に追い付くレベルのベテラン冒険者はいるにはいる。が、それはごく少数の話であり、訓練校で鍛え上げられた騎士たちと、冒険者の実力差は大きく開いた溝のように開いているのだ。
ましてや王直騎士と冒険者では、その差は雲泥、月とスッポンと言っても過言ではない。冒険者の中でも底辺のラデスが王直騎士のステルベンと戦うなど、命がいくつあっても足りないというやつだ。
「決闘は公平な条件でやるべきだ。ラデスとステルベン殿では、さすがに実力差が大きすぎる。何かしら条件を付ける必要があるのでは?」
会ったの今なのに、いきなり呼び捨て……。
そんな彼の距離の詰め方に少し驚きつつ、ラデスは心の中で賛成する。実際、条件付きでも勝てるかどうか怪しいものだが、無条件で勝つなど、宝くじの一等を一発で引き当てるくらいの豪運を持たない限り、無理だろう。
「勿論だ。条件は二つ」
冷静に怒りを表現するアレスをなだめるように、ガロンは条件の提示をする。
「一つ。ラデス・バッファウッドの勝利条件を、ステルベンに一回でも攻撃を当てる事に変更。そして一つ。彼の敗北条件を、決闘にて己の勝利を諦めることに変更。これでどうだ?」
「──」
押し黙るアレスを尻目に彼が話した条件を黙って聞き、ラデスはしばらく吟味。そしてある結論を出した。
────有利すぎないか?
そう。この条件はラデスに有利すぎるのだ。通常、決闘は相手の意識を落とすまで徹底的に行われる。だがこの場合、ラデスは一回でもステルベンに攻撃を当てればいい。当てればそれで終わりなのだ。
さらに負ける条件が己の勝利を諦めることに変更。これは簡単かつ単純。諦めなければいいのだ。ラデス自身が諦めなければ、ステルベンは永久に勝つことは出来ない。
「これなら、何とかなるかもしれない」
もちろん奇跡が起きればの話なのは確かだ。だが、勝利の確率が上がったのは間違いない。今まで何度も死の危険に晒されてきたラデスにも、ようやく光明が見えてきた。
「それでいきましょう。国王陛下」
先ほどまでの追い詰められた姿はどこへやら。ステルベンの顔は怪しい笑みを作り出し、提案への異論提示の意思など微塵も感じられない。
だが、彼が反対しないとなればこの人物は反対する。
「待ってください。彼が相手となれば、ステルベン君が必要以上に傷つけるのは目に見えているでしょう。もしかしなくとも彼が途中で死んでしまう可能性がある。それにその条件では決闘がいつまで経っても終わらない。その件はどうするんです?」
ドラコルドが当然と言えば当然の疑問を投げかけた。
決闘は両者がもしもラデスが一瞬で戦闘不能になってしまった場合、そこから彼が意識を復活させるまで待たなければいけない。ましてやそこから彼が「諦めない」なんて言った時には悲惨だ。
それを繰り返されれば決闘は優に一日、二日を超えるだろう。これではステルベンが日々行っている王直騎士の通常業務が疎かになってしまう。
「簡単な話だ。”揺籃”を使う」
その単語を聞いた途端、その場の空気が再び重くなるのをラデスはその肌で感じた。彼が発した「揺籃」という言葉。これもラデスが聞いたことがない単語だ。
「たかだか一つの決闘で神器を使おうなどと。乱心されたのですか国王陛下」
ドラコルドが放ったその言葉に法廷が凍り付く。今の今まで、国王ガロンの立ち振る舞いは通常のそれとは違う腰の低さを感じさせるものだった。だが、それを贔屓目に見てもさすがに言いすぎだ。
「断じて乱心などしておらん。ラデス・バッファウッドの魔力量、ステルベンの魔法の特異性、それらを鑑みるに、決闘で使用される総魔力量は普通のそれとは異なることになる。恐らくだが、あれに内在されている魔力はそこまで使用されないだろう」
「それでも神器を使うとは、あなたらしくない。しかもあれを使った決闘の顛末をあなたもお知りでしょう。下手すればラデス君の精神が崩壊する」
「……そうなれば彼はそれまでの人間だった、ということになるだけだ」
冷たく、残酷にドラコルドを突き放すガロン。あくまで裏切り者候補であるラデスがどうなろうと、彼には関係ないスタンスなのだろうか。
「それまでの人間、ですか。あなたが自国の民にそんな口ぶりをするとは思いもしませんでしたよ」
「……」
皮肉を垂れるドラコルドに金髪の王は金眼の一瞥すら与えず、押し黙る。だがその眼と表情にいくらかの陰りが生まれたのをラデスは感じ取っていた。
「ラデス君に少し厳しいのは、本当に彼が裏切り者だからですか?」
「……」
「それとも、私怨ですか?」
「そこまでにしてもらってええ? ドラコルド」
ドラコルドの言葉が発し終わった瞬間、横槍を入れたのは怒りの表情を固めたアーシャだ。今まで黄色い声を出していただけあって、少々の怒りが込もった彼女の姿はその本来の地位を彷彿とさせる。
「あんたはこの国に必要やし、あんたが今の今まで役に立ってきたのも私は知っとる」
「でも、これ以上王を侮辱するんなら、あんたの命で償わなあかんから、そろそろその無駄口を叩くのやめてくれへん?」
「……」
聖母のような笑顔で、恐ろしいことを口にするアーシャ。それをあくまで無言の返事で返すドラコルド。その真意は恐怖で何も言えないのか、何も言わずに抵抗しているのか、その鉄の面頬が邪魔をしてラデスには判断できなかった。
だが、アーシャはそれを抵抗とみなしたらしい。
「ああ、そう」
さぞ残念そうに一言を発し、どこからか取り出した小杖をドラコルドに向ける。即座に杖に魔力が流され紫色の魔法陣が展開される。その速度から見るに一切の躊躇はない。
いくら彼が甲冑に包まれているとはいえ、魔法が直撃したらひとたまりもない。それは彼も分かっているはずだ。
だが、彼はその彼女の凶行を見ても、避ける動作はおろか微動だにしない。その鉄の体を一切動かさず、ただ真っすぐにガロンを見据えている。
「んじゃ。さよなら」
甲高くも冷淡な声が響き、魔法陣の光が増す。それが意味するは魔法の発動だ。だが、その死刑宣告を聞いてもなおドラコルドの体は動きの様子を見せない。
そしてアーシャの不気味な笑みが増していき──。
「やめろ。アーシャ」
自身の独断で死刑をするアーシャに見かねたのか、ドラコルドがまだ必要だと感じたのか、ガロンは低い声で制した。
光に包まれていた魔法陣がその言葉で即座に収束し、その場の空間を元に戻していく。杖をゆっくりしまい、呆れたような顔でアーシャはため息。
「さすがに、甘すぎやと思いますよ」
「気にしておらん。それよりもこの公共の場で、そう簡単に魔法を使おうとするな」
国立裁判所の中、しかもドラコルド以外のほか四人がこの場にいるにもかかわらず、一切の配慮が無かった。
もしも彼女が正気ならば、人間として大事な部分が欠落しているとしか言えない。が、それを思わせるほど、目の前の国王への尊敬の念があるといえば、納得できる話であることは確かだ。
「まあ、王がそう言うんならいいんですけど」
不満そうにドラコルドを許すアーシャ。だがその目線は未だに彼に向いている。腹をすかせた獅子が獲物をじっと見つめるように、彼女もこの不満は隠しきれないのだろう。
「ほんなら一個だけ聞いていい? ドラコルド」
「……はい。なんでしょう」
ドラコルドはその閉ざしていた口をようやく開いた。取り留めのないただの返事だったが、ラデスは安心していた。
これを無視していれば彼は本当にアーシャに殺されていたかもしれない。いくらラデスでも、人が死ぬ所を直接見るのはあまり起きてほしくない出来事だ。
「この展開、どこまで読んどったん?」
「……私には、存じかねますね」
ドラコルドはその訛り交じりの質問に、背を向けて答えた。それを見たアーシャは嘲笑を交らせながら、
「ほんっま、嫌な奴やわ」
アーシャの悪口を意に介することなく、ドラコルドは自席へとその腰を下ろした。
冷や冷やしたその状況がなんとか無事に終わったことに、ラデスは思わず胸をなでおろす。
「ほっほっほ。久しぶりにアーシャ様の厳格なお姿を見れて、この老体、ワクワクが止まりませぬぞ」
「あっはは~! やっぱりローガンお爺ちゃんは可愛いねぇ。あとでおんぶしてあげる!」
「ほほ。ぜひぜひお願いしますぞ。最近腰が痛くなってきたもので」
白髭をさすりながらローガンは笑顔で返事をした。先ほどの冷酷な女王のような彼女からは想像もできないほど可愛らしい言葉だ。
そんな微笑ましい孫と祖父のようなやり取りは、彼の言葉で締めくくられる。
「全員、これで異論はないか?」
「はい。国王陛下」
「……はい」
「うむ」
「はい」
「は~い!」
各々が特徴的な返事をする中、ラデスは輪に入れず返事が出来なかった。まあ、発言権を与えられているかどうかわからないという懸念があったせいでもあるが。
「よし、これにて評議は一時中断。続きは決闘が終わり次第だ。騎士たちを中に入れろ」
その掛け声で、扉が勢いよく開き、そこから見える数多の騎士たちが一斉に敬礼。そしてすぐさまラデスを囲い込み、見える景色が鉄の甲冑だけになる。
なんにせよこれでラデスとステルベンの決闘は、決定事項となってしまった。
何か意見を言えばこの決定を変えられる可能性はあるが、ここから何かアクションを起こすのはリスクが大きすぎる。せっかくのチャンスを、みすみすドブに捨てることになるかもしれない。
とりあえずはこの議決を承諾し、後は流れをこの手でつかむしかない。それしか、道は残されていないのだ。
騎士の一人が諭すように、ラデスに問いかける。
「よし、ラデス・バッファウッド。今から足の錠を外す。その後は立って歩け。まさか練兵場までも気絶した状態で連れてかれる気ではあるまいな?」
「…は、はい。行きます」
簡素な鍵を持った騎士の一人が、ラデスの足の錠を外す。
久々ぶりに自由になった足に感動しつつも、覚悟を改め、ラデス・バッファウッドは立ち上がった。そして大量の騎士たちに囲まれながら歩みを進める。
己の人生を切り開くために──。
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「ふぅぅ。はぁぁ」
強固な砂地の足場を踏みしめ、ラデスは大きく深呼吸をする。
場所は移動し、王城から騎士専用の練兵場。古ぼけてはいるが、それでもなお衰えを感じさせない頑丈な防壁に、数多の屈強な騎士たちが踏み鳴らしたために出来た、黄色の土で出来た地面。
学校の校庭の半分強ほどの敷地。それを俯瞰するようにそびえるのは古代ローマのコロシアムのような、円形の観客席。席といっても実際に座るようなところではない。
あくまでここは練兵場であり、椅子に座り尽くすのではなく、互いが互いの戦いを俯瞰して見合うことで、動作のブレや弱点を共有するという意味が込められているのだろう。
まあ、今この場においてだけはその意味は、きっと違うものになっているとは思うが。
「ラデス・バッファウッド。国王の命により今この場だけは錠を外す。だが、貴様が何か怪しいそぶりを見せれば、即刻処刑する」
「言われなくともそんなことしませんよ……」
若干文句を言いつつも、ラデスは大人しく拘束された両手を差し出す。錠が外され、自由になった体の五体満足感を味わいつつ、ラデスは周囲を見る。
「すげぇ人数だな……」
席を埋め尽くす、騎士、騎士、騎士。甲冑を着ていない者もいるが、恐らく非番の者だろう。
この場所に普段どれくらい人が集まるのかは、ラデスにとって無知な所ではあるが、それに差し引いてもこの人数は多いと言わざるを得ない。
王直騎士と冒険者。そのあまりの実力差による決闘の結果。あるいは裏切り者候補の顛末を知りに来たのだろう。普段の日常のストレス解消も兼ねて。
「まあ、そりゃそうだわな」
この場でラデス・バッファウッドに期待している者はいない。それが言い逃れ出来ない現実だ。強いて言うならドラコルドは期待してくれているのかもしれないけれど。いや利用価値とか言ってる時点で信用は出来ないな。
「ラデス・バッファウッド。準備は出来ているか?」
眼前に見えるステルベンがラデスに聞いてきた。
恐らく、果てしなく傷つくことになる。痛みに体を悶えることになる。でも、これまでもそんなことは何度もあった。別に慣れたというわけでもない。傷つきたいなんて思ってるわけでもない。
でも、覚悟は決まった。
「ああ、勿論だ。確認だけど、こっちは模擬刀じゃなくて真剣だぞ。いいんだよな」
「ああ、どっちにしろ攻撃は食らわんからな。それと決闘の前にだが、これに触れてもらう」
そう言いつつ彼が取り出したのは、彼の手にすっぽり収まるほどの黒い球体。──否、黒い楕円状の物体だ。しかし、その中心には切れ目が入っており、角のような模様も入っている。その醸し出す雰囲気から、ただの骨董品の類ではないことは確かだ。
「それは、なんだ?」
「この世界には、魔力が入った武器や道具。いわゆる魔道具があることは、お前も知っているだろう」
魔道具、と言えば生まれながらに魔力を持っている無機物の総称だ。特異な力、特異な特徴を持っており、戦闘やあらゆる面において使用者の役に立つ便利アイテム。
だがその作り方は、古代に失われてしまったのか、作れる者が伝承しなかったのか、どちらかは分からないが、大衆に流通していない。だからこそ、数が少なく、その分高価であり収入の安定がない冒険者には手が出せない代物だ。
「この世には多からず魔道具が存在する。その中でも、特に特異な力を持った七つの魔道具がこの世界にはある」
「人はそれを、神器と呼ぶ。これはその一つ、”平和の揺籃”だ」
「へいわの、ようらん……」
聞き慣れない単語を再度繰り返し、ラデスは目をぱちくりする。それを見たステルベンはさぞあきれた様子で「まあ」と口に出し、
「効果は説明するより、その身で感じた方がいいだろう。ほら、早くこちらに来い」
ステルベンに諭され、ラデスは警戒しつつも彼に近づく。そして彼の手にあるその揺籃に触れる。これといって何も変なことは起きていないが、その無機物特有の冷ややかさが指に伝わり緊張感が増していく。
「──!」
そうしてしばらくの間、触れていると揺籃が開いた。そしてその中から出た青みがかった光が彼らを包み込み、広がっていく。
それが成した結果は、半円状のフィールドだ。観客席までとは言わないが、それと眼前の距離まで広がっている。
「よし、これで準備は終了だ。これはオスカーズに渡しておけ」
「はい」
フィールドの外の騎士たちのうちの一人に、ステルベンが揺籃を投げ渡した。キャッチボールの要領でうまくそれを掴み、すぐさま彼らは出口へと駆けていく。
「さて、決闘がこれから始まるわけが俺から一つ言っておくことがある」
「な、なんだよ」
「決闘が始まってから一分間、俺はお前を攻撃しない」
「……は?」
思わず生返事が出た。言葉の意味を受け入れるのに時間がかかった。
「そのままの意味だ。まさか言葉の意味も分からんのか?」
ステルベンの皮肉をさらっと聞き流し、ラデスはその真意を推察する。
国王が提示した条件にさらに継ぎ足し、もう一つの条件。一分間の攻撃禁止だ。ガロンが出した条件でさえラデスに果てしなく有利であるのに、それを補足するようにステルベンは自分自身に枷をかけた。
「それがあっても、勝てるって事かよ……」
ラデスは簡単に結論にたどり着いた。
単純だ。そのハンデを追加しても、彼はこの決闘に勝てる自信があるということ。彼自身がラデスを舐め腐っているということだ。
「……後悔しても知らねえぞ」
「それはこちらの台詞だ。今なら降参してもいいんだぞ」
軽い会話を交わしつつ、相対する二人はお互いに構える。そして──。
「かかってこい」
「言われなくとも!!」
今、決闘の火蓋が切って落とされた。




