第七話 「決闘宣言」
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その異様な空気感を、ラデスはただ味わうだけだった。
国王の裁定。それを無理やり切り裂き、その謎の騎士は立ちあがる。法廷は静まり返り、その人物が椅子を引く音だけがラデスの鼓膜に入る。
生活をするうえで誰もが聞いたことがある、馴染みのある音。だが、その音すらこの場においては、ある意味で緊張感、違和感を持った音だ。
「なんで……?」
突然とラデスを助けた目の前の謎の騎士。しかし、ラデスの表情は困惑に呑まれ、依然晴れないままだ。
なにせ、その真意が分からない。その騎士はラデスが今まで何を言われても、口を閉じたままだったのに、ラデスが死刑になろうとした途端に助けた。
とにかく行動が一貫していないのだ。何が目的なのか、何がしたいのか全く分からない。その面頬の下の表情が分からないのも、ラデスの困惑を深めている要因の一つだ。
だが、ラデス以上に感情を爆発させている者が、ここに一人。
「また……あなたか!!」
怒号が響き渡り、ラデスは思わず声がした方へ顔をやる。そこにははち切れんばかりの怒りを露わにしたステルベンの姿があった。
その鬼気迫る顔に、ラデスの肩はびくっと上がる。
「あなたは、どれだけ人の邪魔をすれば気が済むんです!! ドラコルド!!」
「ははは。そんなにキレないでよ、ステルベン君」
激しく憤慨するステルベンに対し、ドラコルドと言われたその人物は恐ろしく冷静な素振りを見せた。だが、その余裕綽々な姿勢が逆に彼の怒りを激化させ、
「いつもそうだ…。俺の邪魔ばかりしやがって……」
「別に邪魔をしているわけではないんだけどね。たまたま私の譲れない所と、君の譲れない所がぶつかり合っているだけだよ」
「違う! お前は俺をおちょくりたいだけだろうが!!」
「はは。それは半分正解ってとこかな?」
「貴様……!」
「冗談冗談」と茶化しながら笑うドラコルドに対し、怒りで声が荒くなるステルベン。その様子はさながら幼子が大人にからかわれているみたいだ。
しばらく笑った後、「さて」とドラコルドは一呼吸置き、
「本題に入りますが、よろしいですか? 国王陛下」
「待ちくたびれたぞ。ドラコルド。この私を待たすとは、三か月程度は減給だな」
「ははは。これは手厳しい」
軽い小話を嗜み、微笑する二人。心なしか、張り詰めたこの場の空気も少し和んだ気がする。ただ一人の騎士を除いて。
「して、ドラコルド。私の裁定を中断させたのだ、確固たる考えがあると見ていいのだな」
ガロンの声色が変わり、和んだ空気がすぐさま緊張の中に引き戻される。不安を含んだ汗が滴り、ラデスは唾を飲んだ。
その空気、重圧が一斉に襲い掛かる気分は、想像を絶するだろう。
しかし、ドラコルドの声色は、一切の動揺を感じさせないもので、
「そうですね……。私はただ、今この時に彼の死刑を決めるのは、時期尚早かと思っただけです」
「時期尚早?」
ドラコルドの言葉にガロンは頭を傾げる。と同時にドラコルドは「そうです」と彼の意見に同調し、
「彼が魔王軍の手先かどうか、まだ決まったわけではありません。まあ、ステルベン君の意見だけ見れば彼が裏切っているのは間違いないですが」
「なるほど。して、その証拠は?」
ガロンの問いかけに、ドラコルドはその見えない顔に笑いを浮かべ答えた。
「証拠も何もありませんよ。私はただ、彼が裏切っていると思っていないだけ。それだけです」
「ふむ。つまりこの状況で、お前はまだ、ラデス・バッファウッドを信じるということか?」
「その通りです。国王陛下」
そう言いながらも、深い敬礼をするドラコルド。ラデスは一瞬、その騎士が何を言っているのかわからなかった。
証拠も根拠もない。ドラコルドとラデスの関係は知人というわけでもない、紛れもない赤の他人。
第三者目線で見れば、明らかな有罪人であるラデスを、あろうことかドラコルドは信じると言ったのだ。
もはや狂気にも近い信頼。なぜドラコルドが、自分にそこまで肩入れするのか、ラデスには全く分からなかった。
「状況証拠、動機もある。こいつが犯人以外にあり得ないだろうが……!!」
「事実が必ずしも真実に結びつくとは限らないよ、ステルベン君。彼は、ただの巻き込まれた不幸な一般人だというのも、十分ありうるんじゃないかな?」
「言い訳をするな!」
丁寧に応えるドラコルドに対し、ステルベンの怒りは収まるところを知らない。
無理もないだろう。必死こいて証拠を集め、理論を作り、彼は発表した。それの反対意見が、まさか証拠も何もない、そんな突拍子なものだとは彼も思うまい。ましてやただの私情がこもった物ならば尚更だ。
それに、とドラコルドは息を継ぎ、
「今しがた少し、”視”させて頂きました。その結果も含め、彼はこの国に必要だと私は判断したのです」
「──な!!」
ドラコルドの言葉にラデス以外の全員が、鳩が豆鉄砲を食ったような驚いた表情を見せた。その状況についていけず、ラデスは慌てて辺りを見回すことしか出来ない。
何も分からない。が、ドラコルドの「視た」という言葉だけで、彼らが激しく狼狽しているというのだけは、ラデスにも分かる事実であることは確かだ。
「視たのか。具体的に何を視た? ドラコルド」
「内容までは言えませんが、彼は生かせば、いずれこの国の利となる。それだけは申しておきましょう」
「嘘をつけ!!」
はぐらかすドラコルドにステルベンは激昂した。言っている意味が分からないラデスにとっても、あまりにも不透明な弁明。彼が怒るのは当然だ。
「ただ、自分の意見を通したいだけに決まってる。そうでなきゃ内容が言えないなんてありえない!!」
「すまないね。これもこの国の安寧のためなんだ。それにもし彼が本当に魔王軍の手先ならば利用価値があるとは思わないかい?」
「利用価値……?」
「魔王軍の情報を得ることが出来るだけでなく、むこうに偽の情報を送ることが出来る。しかも危なくなったら切り捨てればいい。良いことずくめだと私は思うけどね」
嬉々として喋るその姿がラデスには、少し恐ろしく映った。本当に味方なのかと不安になる。それくらい目の前のドラコルドが話す内容は、残酷に満ちているのだ。
「────」
「君が今、断腸の思いであることは私にも分かる。でも、我々は騎士だ。国民を守り、信じることが務め。どうか、彼を生かす選択をしてはくれないかな?」
先ほどの残酷さから一変、ドラコルドは優しい口調に戻し、彼に手を差し伸べた。その言葉には先ほどとは違う、善意と温もりがたくさん入っているのを、確かにラデスは感じていた。
「──俺は」
「────これだけは譲れません。利点欠点の話じゃない。それに」
「あなたには、あなたにだけは、──それを言われたくない」
ステルベンは、差し伸べられたその手を払った。乾いた音が鳴り、そこには今まで通りの確かな決別が感じられる。
だが、今までのそれとは違う。ラデスに向けていたような怒りや憎しみではない。悲壮や悲哀、それは、彼が見せた初めての弱い部分だった。
「──あなたが見ているものは、まだ確定しているわけではないんでしょう?」
「……うん。そうだよ」
「ならば、あなたの想定よりも悪くなる可能性だって、少なからずあるはずだ。そうなったらあなたは責任が取れるんですか」
「────」
声を震わせ、目にうっすらと涙すら浮かべ、あくまで自分を曲げない彼は簡単に言えば頑固なのだろう。
だが、その必死さはその三文字の言葉では表現しつくせない何かがあった。
「もうよい。ステルベン。互いの言い分は分かった」
あくまでドラコルドの意見を拒絶し続けるステルベンに、ガロンは一喝。それを皮切りに彼の口は閉じた。まあ、彼の表情はその反抗の意思を隠しきれていないが。
「ステルベンの言う通り、彼に怪しい部分があるのは間違いないだろう」
「だが、ドラコルドの意見を無視することも出来ん。彼の助言が、過去何度も国を救っている事実も含めてな」
目を閉じ、相反する二つの意見をガロンは列挙する。どちらも国を守るため、国の安寧のための意見。だが、その二つを両立することが出来る意見などない。だからこそ、彼は選ぶことがまだできないでいるのだ。
「こんなのは一国の王としてどうかと思うが……」
そう軽い独り言をつき、彼は頭を抱える。そして何かを決断したかのようにため息。
「彼に決めてもらおう」
ガロンはその金眸を見開き、視線を下に寄せた。彼が見る先を、誰もが己の視線で追う。と同時にラデスはガロンが言う”彼”を察した。
「……俺?」
その視線は他でもない裏切り者候補、ラデス・バッファウッドに集まっていた。
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彼の言っている意味が全く分からない。きっと理解の外側というのはこういうことを言うのだろう。
目をきょろきょろさせ、察したはずのその事実をラデスはいまだ受け入れられずにいた。罪人の処遇を、罪人自体が決めるという異例にもほどがある判例。暴挙と言っても過言ではない。一国の王がしていいはずがない判断だ。
「あ、え、死にたくないです。死刑撤廃で」
全員がこちらに見入っている隙に、先手を打って存命懇願。先ほどは思いっきり噛んだくせにこんな時だけ舌がペラペラ回る。
己の不甲斐なさに脱帽しつつも、その懇願を取り消すことはしない。今はプライドを捨ててでも生き残る道を選ぶべきなのだ。
「……ん? ああ、すまん。そういうことではないんだ」
「……え」
ばつが悪そうに頭を掻くガロン。その厳格な雰囲気が一瞬崩れ、年相応の本来の幼げな姿があらわになった。その姿に若干の近親感が湧きつつ、ラデスは驚嘆の声を漏らす。
「すまない。言葉足らずだった。君に切り開いてもらうと言った方が正しいな」
ますます意味が分からない。何度もこの場で味わった「自分だけ置いてけぼり感」が再びラデスを襲う。しかし、今回ばかりは周りの彼らも例外ではないようで、
「すみません。もう少し詳しく述べてもらえませんでしょうか」
皆の代表にとステルベンが挙手して発言。その発言だけは分かると、ラデスも心の中でうんうん頷く。まあ、顔には出さないが。
「彼が切り開く……。つまり、彼の頑張り次第で考えるって事です?」
「そうだ。アーシャ」
「当たった当たった」と両腕を天へ仰ぎ、きゃぴきゃぴはしゃぐアーシャ。そんな彼女を尻目に、ガロンは再び話を続ける。
「国のために不安分子は潰すべきというステルベン、国のために彼は生かすべきというドラコルド。両者の意見は拮抗し、もはやお互い引き際がない状態だ」
「どちらも譲れないというのなら、彼が成した結果で決めるべきだ。そうではないか?」
問いかけながらも、両者に目配せ。ドラコルドはその視線を変えないが、ステルベンは思わず視線を逸らした。ガロンが言ったことが正しいと心では思っている結果だろう。
「騎士の練兵場の予定は空いているか? アーシャ」
「今日は……一日中、予定は空いとったと思いますよ」
ニコッと返事するその姿を一目にも置くことなくガロンはラデスを見つめ続ける。直後、フグのように頬を膨らませながら、彼女は嫉妬の表情を浮かべる。漫画のようなその風貌は思わずくすっとしてしまいそうだ。
「……なるほど、そうなってしまうか」
何かを察したドラコルドが、残念そうに独り言。思惑を外したことの悔しさか、己が目指した結果にならなかったことへの無力さか、どちらにしろこれまで飄々としていたドラコルドが落ち込んでいるのは確かだ。
そんな騎士の姿は気にも留めず、ガロンはその若々しい声を張る。
「今ここに、ラデス・バッファウッドとステルベン・ワーグナーの決闘を宣言する。決行はこの評議が終わり次第だ」




