第六話 「唯一、助けたのは」
整合性の問題で、前話の流れに変更した部分があります。
もしご覧になっていない方は、ぜひご覧ください。
サラサラな金色の髪をなびかせ、豪華な装飾がなされた服に身を包み、颯爽と法廷を歩く少年。身長は百七十センチほどだろうか。その凛々しい金の双眸に宿る荘厳さは一線を画している。その見た目の若々しささえなければ、まさに一国の王に足りうるものだろう。
その姿を見てラデスは確信した。
間違いない。グリンガ王国九代国王、ガロン・ストリードだ。
先代国王が病により急死し、僅か十二歳にして彼は一国の王となった。先代国王の人徳の良さや仁政もあるだろうが、国王が彼に変わってからというもの、やれ増税だの、やれ悪政だの、国民の不満はたまる一方だ。
かく言うラデスもその被害をもろに受けている。彼のせいで貯金がいくら消えていったことか。
そのせいか酒場で他の冒険者と飲んだ時は、「俺があいつにドンと言ってやる!」と声高らかに豪語したものだが。
「あ……ぉ……」
虚勢を張り、大見得を切った割には怖気づく。これがラデス・バッファウッドだ。もはや抜け殻のような声しか出ないその姿は、滑稽以外の何物でもない。
そんなラデスの痴態を見ても王の毅然さは変わらず、
「私の顔に何かついているか?」
まじまじとこちらを見続けるラデスにガロンは疑問に思ったのか、立ち止まり、顔を傾げる。その疑問を含んだ視線がラデス一身に向けられ、彼の体に走るのは強い電流のような緊張感。
貴族生まれでもないラデスにとって目上の人に対する礼儀作法の知識はほぼないに等しいが、これだけは知っている。
国王の問いかけに無視などしてはいけないと。少なくともしっかりとした返事をしなければ。
「いや……にゃにも」
終わった。マジで終わった。
自分の余りの愚かさにラデスは思わず俯く。泳ぐその目にはあたりの様子は映っていないが、きっとドン引きする者や頭に手を当て、困惑する者で溢れていることだろう。
「待ってぇ! 王ー!!」
静まり返った法廷に焦りの声が木霊した。その声が鼓膜に入り、ラデスは俯く顔を上げる。
目に入るのはぎこちない走り方でこちらに走って来る一人の女性だ。いやこちらというよりも王のもとへ走ってきている。
「もぉ。思わずタメで呼んじゃったやないですか」
「構わん。それよりも私を王と呼ぶのをやめろと何度言ったら分かる」
「もぉー!いけずやわぁ。私が王にぞっこんなの知ってるくせにぃ」
体をくねくねよじらせながらガロンに猫撫で声を出す彼女をラデスは刮目する。
身長は百六十後半ほどだろうか。その麗しい顔つきは去ることながら白いドレスに包まれた細身の体も美しい。
銀髪のロングヘア―の頂点にそびえたつのは綿毛のように膨らんだ青い帽子。見た目だけで言えば清楚極まりない格好だが、それにそぐわない彼女の女狐のような鋭い目つきがただ者ではないとラデスに感じさせる。
目の前の彼女の振る舞いにため息をつくガロンを横目に、彼女はこちらへ闊歩する。
そしてラデスにその美顔を近づけ、
「本当にこの子が裏切り者なん?ステルベン君」
「ええ。ほぼ確定です」
「いや嘘やん。まだ決まってないからこんなの開いてるんでしょ?」
「……少なくとも俺はそうだと思っています」
「いや辛辣ー!!」
腹を抱えて笑う彼女に対してステルベンの視線は冷たく尖ったまま。
夫婦漫才のようなくすっとするやり取りも、今のラデスにとっては一つも笑えない。強いて言うならば目の前の彼女の陽気な方言が、この冷たい雰囲気を少し温めてくれているということだけだ。
彼女が笑い続けて十数秒。ようやくそのおかしさが払拭されたのか、目の浮かべた笑い涙を拭き、
「あー笑った笑った。それでこれ、いつ始めるんです?」
「お前待ちだ。早く座るぞ。アーシャ」
「えっへへ。すみません。王」
アーシャ、とガロンに呼ばれたその女性は笑いながらもビシッと敬礼。一国の主に対して無礼すぎる立ち振る舞い。しかし件の王は機嫌を悪くすることも無く、苦笑すら浮かべているように見える。
それが証明しているのはアーシャの立場。地位と言った方が正しいだろうか。あのステルベンすら敬語を使っているのを見るに彼女はこの王国内で相当の権威を持っているのだろう。
彼女もまた、敬意を振舞わなくてはいけない人物。ラデスにそう認識させるには十分すぎる推察だった。
密かに警戒心を高めるラデスを気にも留めず彼らは悠々と法廷を歩く。顔を赤らめながら彼についていくアーシャに対し、ガロンはその猛然とした態度を崩さない。
ガロンが椅子に座ったのを確認したステルベンはコホンと咳払い。そして、
「改めまして、それではこれより」
「ラデス・バッファウッドの処遇に対する評議を始めます」
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「ら、ラデス!?」
軽装の青年が思わず立ち上がった。卓上に両手を思い切りたたきつけ爆音が鳴り、彼に視線が集まる。
「君、ラデスっていうのか!?」
「あ、ああ……」
「すごい!!こんな偶然があるだなんて!!」
青年は慌ただしくこちらに近づき、ラデスの肩を掴む。彼はその茶眼をキラキラさせこちらに羨望の眼差しを向けてくる。
「これは奇跡!!いや運命だ!!君との巡り会わせ、僕と君がここで会えたことそれこそが」
「アレス。さすがに今はよせ」
ステルベンの冷静な一言でアレス、と呼ばれた彼は途端に現実に引き戻される。その場違いさに気付いたのか彼は申し訳なさそうに座った。
「へぇ~。ラデスっていうんやね君」
ステルベンの口から出た彼の名前にアーシャの目が細まる。顎をさすりながら顔に浮かべるのは挑発的な表情だ。
そしてラデスの体を舐めるように見まわし、一言。
「その魔力、その格好の割に、随分と大層な名前を親からもろうたんやねぇ」
「──!!」
アーシャが放った一言にラデスの表情は歪む。己の歯を噛み締め、眉をその怒りのまま歪ませる姿は般若と形容した方が正しいだろうか。
「おぉ~。すんごい顔。こわこわ」
己の顔で憤怒を表すラデスを前に、アーシャのその軽薄な態度は直るどころか、悪化した。どれだけ彼と彼女に身分や立場の差があろうが、もう関係ない。
ラデスが心の奥底にためた思いを、怒号にして表そうとしたその時、
「今の発言を撤回しろ。アーシャ」
国王が、動いた。先ほどの彼らのやり取りで見せた朗らかな雰囲気はもはや消え失せ、ただ彼女はガロンの威圧を受け取るだけだ。
「いかなる理由があろうと、いかなる出自だろうと、いかなる姿だろうと、その者を蔑む理由など存在しない」
「──それがたとえ”英雄”の名前だとしてもだ」
「……はい。申し訳ございませんでした」
「二度とするな。次は貴様の首を落とす」
アーシャの煽るような顔つき、態度が彼の一瞥により一転。彼女は深々とガロンに頭を下げた後、ラデスにも同様の動作をした。
「続けろ。ステルベン」
「……はい」
気を取り直して、というようにガロンはステルベンに進行を頼むが、彼の気分は重い。
というよりもこの場の雰囲気が重くなった。ラデスはもとより、この場の全員が口をつぐみ、俯く。彼の、国王としての重みがありすぎる一言に、皆がその重圧を耐えることしか出来なくなったのだ。
「彼が犯したと思われる主な罪状は、外患誘致罪。魔王軍に情報を売り、グリンガ王国、ひいてはこの世界の安寧を故意に揺らがせたという点が大きいでしょう」
法廷内をつかつか歩き、淡々とラデスが犯したと推測する罪を列挙するステルベン。時たま両手を仰ぎ、聴衆や国王の視線を掴む彼はさしずめ敏腕検察だ。
だが、それに疑問を持つ物が一人。
「……なるほど。だが、少し疑問がある」
「なんでしょうか。国王陛下」
「うむ。彼──、ラデスと言ったか。奴は具体的に何の情報を売った?」
「この格好を見るに冒険者だろう?ならば王国内の重要な情報を知り得ることは出来ないように思えるが」
「ふむ、確かにそうですな」
ガロンの問いかけにローガンが賛成の意を唱えた。
冒険者と騎士にある格差。それは彼らが知り得る国内の情報も例外ではない。
国内の重大な魔物や魔族の討伐日時や場所、魔王軍についての情報などにも通ずる。
この疑問はガロンだけでなく、アーシャにも通ずるものだろう。その問いかけにステルベンは不敵な笑みを浮かべる。
「お答えしましょう。奴は──」
「五代目勇者、ユーキ・ハイゼンの遺体埋葬場所を魔将軍に教えたと思われます」
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「なっ──!!」
ステルベンの口から出た発言にラデスは驚きを禁じ得ない。
それもこれも身に覚えがないからだ。魔将軍にユーキの情報を売るなどありえない事だし、ましてやカノンに聞くまで彼の埋葬場所を知らなかった。
「国王もご存じの通り、つい先日魔将軍らしき者が勇者の遺体を回収しに来ました」
「その時はたまたま近くにローザ・マードレンがいたために難を逃れましたが…、彼女がいなければどうなっていたかは目に見えるでしょう」
「ローザの報告によればその時、その場にいたのは彼女とラデスと魔将軍だけ。彼女は彼は被害者だろうと言っていましたが……」
「私は違うと考えています」
そう言うと、ステルベンは小さく息を継ぎ、
「彼が情報を渡す際、魔将軍が口封じしようとしたのではないでしょうか」
ざわ、とぴりつく感覚が生まれる。一抹の焦りを含んだ汗が滴り、ラデスは再び自分が置かれている危機的状況を噛み締めた。
「なるほどなぁ。まあ、確かに筋は通っとるねぇ」
「だがのう……」
ステルベンの推測に頷くアーシャ。しかし、ローガンはどうも腑に落ちないところがあるらしい様子だ。
「確かに筋は通っとる……。が、どうやって彼は情報を手に入れたんじゃ?」
「それに動機が分からん。魔王軍に加担するなんてそれなりの理由が無きゃしないじゃろ」
ローガンの指摘は正しい。犯罪を証明するにあたり、重要なのは証拠と動機、手段だ。それを証明しなければ、ラデスの罪を確定させることは出来ない。
しかし、それを受けても、ステルベンの表情は揺らがなかった。
「はい。それに関してですが」
「この男、ラデス・バッファウッドの身辺調査を行った結果、彼は勇者と二人きりのパーティを組んでいたそうです。しかも同郷の幼馴染だとか」
「いわば、勇者にとって彼は信頼に足る人物。もし勇者が自分が死んだ後の事を、彼に話していたとしたら? たとえ話していなくとも、聞き出すことは簡単だったでしょう」
「そして動機ですが、これも二人がパーティを組んでいたことが関係しています」
「冒険者への聞き込みで判明したことですが、勇者と彼、魔力量からも分かるように実力差は相当のものです。それが理由で、他の冒険者から比べられる毎日を送っていました」
「動機は単純に嫉妬……。それだけでしょう」
「────」
ステルベンはそう言いきり、己の推測の幕を下ろした。
実際の所、ラデスは何の罪もない。明らかな無実だ。しかし彼の推測はその真実を遥かに凌駕するほど、現実味を帯びている。
事情を知らない第三者から見れば、彼は犯人そのものなのだ。
「ふむ。確かに理解した」
「して、ラデス。ステルベンの推測に反論はあるか?」
ガロンはラデスに反論の意思はないか聞いてきた。一応、体裁を保ってはいるが、目の前の彼らのラデスに対する疑念が今、マックスなのは間違いない。
「ああ、ある。あるぞ」
「む。あるのか。ならば申してみよ」
無鉄砲に反論の提示を宣言したものの、口から出るのは乾いた息だけ。何かないかと記憶をめぐるも、あるのはローザにシバかれた記憶だけだ。
このままではラデスを待つ未来は『死』のみ。
このままでは。このままでは──。
いや、待て。
「……カノンだ」
悩みまくり、ぐるぐる回転する脳でラデスは思いついた。
そもそもラデスがあの場所に行くことが出来たのは、間違いなくカノンの助言があったからだ。それを聞かなければただただ王都を奔走する結果になっていただろう。
だからこそ、何も知らなかったからこそ、それが使える。一発逆転の一手として。
ラデスは覚悟を決めた。俺は、これを使って生きる。
「ある。あります」
「──ああ、知っている。だから聞いているのだが」
「はい。カ」
カノンです、と言いかけた彼の口は突如固まって動かなくなった。言葉を詰まらせたラデスを見つめる彼らの心はきっと疑問に満ちていることだろう。
このことを言えば確かにラデスは生き続けられる。少なくとも即処刑とはならないはずだ。
カノンはどうなる?
今彼女がこの場で身柄を押さえられるといったことは間違いなくない。昔から要領のいい彼女の事だ、その場しのぎの嘘でも使ってなんとかやり過ごせるのかもしれない。
でも、彼らの疑いの目は一身に彼女に降りかかるだろう。
「……なんでも、ないです」
散々、彼女を失望させてきた。ユーキを失ってもなお彼女を傷つけた。
もう、迷惑はかけたくない。
「……そうか」
彼の一言に、国王は冷たく返した。
今、ラデスの密かに振り絞った善意は、誰も気づかない。今、彼が絞り出した勇気は、誰も気づかない。
ラデスの選択が、間違いなく一人の人生を救ったことは、彼しか知らない確かなことなのだ。
だが、
「証拠も完璧、本人の反論もないみたいやし、これで終わりやないですか? 王」
「ああ、そうだな」
このままではラデスは。
「それでは、ラデス・バッファウッド。判決を言い渡す」
悔しさを嚙み締め、己の無力を味わったラデスはただ俯く。
でも、後悔なんてしていない。彼女の、カノンの人生を守れたのだから。
「判決、死」
「待った」
ガロンから言い渡される死刑宣告が、ラデス・バッファウッドの人生の幕引きが、突如として中断される。
この場で彼に賛成する者などいないはずだ。彼に対する疑念は間違いないものだったはずだ。
「助けてあげようか? ラデス君」
その聞いたことがない、中性的な声が法廷に響く。
甲冑を纏い、今の今まで一言も発しなかったその謎の騎士は、ラデスに妖しくそう持ち掛けた。




