第五話 「最低最悪の謁見」
冷酷さをその身に宿した青年だった。
背は対してラデスとそう変わらない百七十センチほど。頭髪は燃えるような赤髪。こちらを冷ややかに見る双眸は左右が青と赤のオッドアイ。
一介の冒険者や騎士では着れない、ましてや触ることすら許されない王国特注の黒い外套を身にまとい、その中には白を基調とした上等な騎士服が隠れている。
その荘厳さにラデスが思わず彼の名を呼んだ瞬間、背中に味わうは鈍痛。
「いでっ!!」
何が原因かも分からず、とりあえず見上げるラデス。その目に映る彼の体を押さえつける騎士の姿に彼がこの謎の現象の原因と知る。
「貴様!不敬だぞ!!」
一介の冒険者ごときが王直騎士に対して呼び捨てなど失礼極まりない。これが彼の意見らしい。反抗しようにも抑えつける力が強すぎて話しかけることなどできない。
せめて顔だけでもと頭上より少し斜め上を見ると、ステルベンと目が合った。
「──ひっっ!!」
その黒い瞳から入ってきた恐ろしい情報に、思わずラデスのすべてが一斉にそれを拒絶する。
怒り、軽蔑、冷淡、殺意、恨み、憎しみ。ありとあらゆる攻撃的な負の感情が乗せられたその視線が彼に降り注いだからだ。
その強すぎる感情に当てられたのか、ラデスの体に震えが止まらない。その無様な様子を見て周囲に屯する騎士たちからくすくすと笑い声が発生する。
そんな様子も気に留めることなくステルベンは尊敬する先輩へ話しかけた。
「お久しぶりです。ローザさん」
「ステルベン…。これはお前の差し金か?」
彼のこの口ぶり。どうやらステルベンとローザは知り合いだったようだ。
憤怒をその身に表すローザの様子に対し、ステルベンはその気丈な様子を崩さない。むしろ笑みすら浮かべているようにも見える。
「あえて言うならば……そうです」
「こんな横暴……許されると思ってんのか…?」
「横暴ではありません。ちゃんとした証拠があります」
「証拠だと……?」
ステルベンから明かされた衝撃の事実にローザは狼狽する。もちろんラデス、メイナ、ノヴもだ。
「そんなもの、あるわけ無えだろうが…」
「あるんですよ」
「無い!!!!」
ヒートアップする怒りを抑えきれずローザはステルベンの胸ぐらを掴み、顔を近づけ睨みつける。その光景に他の騎士たちは彼女を取り押さえようとするもステルベンがそれをジェスチャーで制する。
「あなたも変わっていませんね。感情を抑えられずにすぐこれだ」
「それはお前もだろうが。たかが一人の冒険者にこの騎士の数は異常だろ」
権力も、大した強さも持っていない一人の冒険者であるラデスに、もはや国の一大事でも起きたような彼らの所業。ローザの言う通り、確かに異常事態と言えるだろう。
ローザが抱いた違和感。それにステルベンはすかした態度で答える。
「当たり前でしょう?もしこいつが暴れ出しでもしたら、どんな被害が及ぶか分からない」
「……それに、魔王軍に加担する人間など魔族や魔物の類と同じだ」
地面を舐める勢いで抑えつけられ、二人の会話を聞くことしか出来ないラデス。それでも、彼が発する言葉には常に負の感情が乗っているのを耳に感じていた。
だが、どちらかというと後者の言葉の方が感情がこもっているように聞こえた。
そんなステルベンにローザは言葉を吐く。
「昔からお前はそうだったな。いつもいつも魔族だの魔物を殺すことしか考えてねえ」
「それの何が悪いんです?魔族や魔物を滅ぼせば自ずと国の犠牲は減る。俺がやっていることは正しい」
「違うな。てめえは過去に縛られてるだけだ。それは騎士としての心構えじゃねえだろ」
「──騎士にとって一番大事なのは、人の命を守ることだろうが!!!」
ローザが抱く、疑念などない純粋な騎士としての定義。それは高尚かつ崇高で誰もが称賛の拍手を送るほどのものだ。
その言葉を聞いても、ラデス達を取り囲む騎士たちに反応はない。その面頬の裏で密かに彼女の憧れに目を輝かせている者がいるかもしれないことは確かだが。
しかし、彼女の言葉に明らかに己の機嫌を害したのはこの場でただ一人。
「あなたが……それを言いますか」
ステルベンのその一言にローザの表情が強張る。先ほどの威勢はきれいさっぱり消え、反抗の意思すら見えない。息は荒れ、動悸のような乾いた呼吸が止まらない。
まるで何かを思い出したかのような、何かを怖がるような、そんな表情だ。
「あなたの言うことは正しいことです。ですがそれを言える権利などあなたにあるとお思いですか?」
「それに過去に縛られているのはあなたでしょう。こんな道場を作り、仲良し師弟ごっこをしているとは王直騎士の名折れですよ」
「……ましてや、私情に駆られ守るべき者を殺すことなど、もってのほかだと俺は思いますが」
ステルベンのその言葉にローザの様子が狂う。頭を抱え、髪を搔きむしり、乱暴に開いた口がふさがらない。よだれを垂らし、音が消えた声を出しながら苦しむ彼女は言わば狂人だ。
それを見たステルベンは勝ち誇った表情で、
「そいつを連れて行け」
「はっ!!」
「ちょっ!やめろ!!」
周囲の騎士たちにただ、一瞥を与えてラデスへの連行命令。それに彼らは大声の敬礼で応じる。それと同時に地面に押さえつけられていた彼は騎士たちに取り押さえられ強制的に歩かされる。
ラデスは体をねじり、よじらせ必死に抵抗する。が、歴戦の猛者、それも何人もが彼の体を掴んで離さないのだから、その抵抗の意味などないに等しい。
メイナは思わず唇を噛む。 彼らの赴く先は恐らく王城。このままでは裁判にかけられラデスは死刑確定だ。
この状況において冒険者である自分が彼らを止めるのはまずい。かといってノヴに頼っても、騎士たちは子供の言うことなど見向きもしない。
となれば。
「ローザさん!!しっかりしてください!!」
「あ……ああ……ぁ」
この場で唯一の可能性を持つのはローザただ一人。彼女でなければラデスを取り戻すことなどできないのだ。
一縷の望みをかけ正気を失った彼女に必死に声をかける。
「ローザさん! ローザさん!!」
「か………ぁ……あああ」
しかし、その必死な願いも彼女の取り乱しようにかき消される。アルマジロのように蹲り必死に何かに耐える様子は見ていて痛々しい。もはやこちらを聞く耳すら持てないようだ。
そうこうしている間にも大量の騎士と共にラデスはこの場から消えていく。そんな様子にメイナの心はさらに焦りを含んでいく。
どうする、どうするどうするどうするどうするどうするどうする!!
冷や汗が頬に滴り、視覚が狭くなっていく。思考が混乱し声を失ったように言葉が意味を成さなくなる。
そんな事を、している、うちに──。
「……あ」
目の前の光景を見てメイナは絶句する。考えることに夢中で前方を見ていなかった。後悔、という文字が頭に降って来るがもう遅い。
そこに見えるのは、いつもと変わらない、いつも通りの、人通りの少ない道。
メイナ・シュヴァイデンの命を救った恩人、勇者を目指す青年、ラデス・バッファウッドの姿はもうそこにはなかった。
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「────ろ」
「……」
「早く起きろ」
「あがっ!!」
突然、右頬に鈍痛が入りラデスの意識は覚醒した。衝撃の影響で体ごと転がり、うめき声を出しながらも顔に走る痛みに耐える。
「あれ、俺……気絶してた?」
意識が鮮明になると同時にその理由を思い出した。移送中ラデスがあまりに暴れるため、誰かに気絶させられたのだ。
眼下に見下ろした地面との距離、およそ数センチ。その地面との近さにラデスは、自分がまたもや地面に突っ伏していると気づく。
腕や足を使おうにも何か拘束され動けない。この感触からして恐らく手錠だろう。
なんとか起き上がって最初に見えたのは誰かの足。その足がゆっくりと所定の位置に戻り、そこでラデスはこの人物に蹴られたのだと理解した。
「何しやがる……」
こちらに純度百パーセントの怒りを向けて見下ろす少年。ステルベンだ。ラデスは負けじと彼に怒りを向ける。
直後、あたりの空気の異様さに気付いた。
「何だこれ……?」
彼が感じたのは視線だ。だが、それは誰かに見られているというような簡素なものではない。猛獣に、得体のしれない何かに見られているというような感覚だ。
だが、その威圧感に比べればこの空間は静かすぎる。音という音が消失し、彼の鼓膜に入るのはラデスの吐息だけだ。
「──!!」
思わず視界に入る情報にその息が止まる。見たことも無い天井だ。が、その白を基調とした装飾は豪華ながらもシンプル。
目の前にあるのは大きな椅子。が、そこに座る者は誰もいない。そしてその下の七つの内、椅子に座る三人の人物。
一番左に座るのは白髪の老人だ。身長は恐らくだが、ラデスよりも少し低い百五十センチほどだろうか。深青の袴にステルベンと同様の黒い外套。彼が普段使っているであろう杖をテーブルに置き、時々うとうとしながらもこちらをしわで閉じられた目で吟味している。
彼の席から二つ右に飛ばし、座っているのは甲冑を身に纏った人物。顎をさすり、座高の低さから彼の身長の高さが自ずと伺える。
まるで頭の何かを隠すような変な面頬を除けば、一見、王国の普通の騎士に見えるその格好だが、もはや見慣れた黒い外套がその普通さを消し飛ばしている。
そして甲冑の人物よりも圧倒的に目立っているのがその一つ右の青年だ。
両手を組み、真っすぐにこちらを伺う。背中から見えるのは大きい双剣の鞘。首に巻いた黒いバンダナは、これまでの流れから、外套の代わりだろうか。
しかし懐疑的というよりも、その明朗快活な笑顔が、彼の印象を自ずとよくさせている。
それに反して、麻布のような軽装から見える鍛えあげられた腹筋は、一線を画すものだ。
ラデス御用達の安い宿屋でも、慣れ親しんだローザの道場でも、趣味が悪いロレナの治療院でもない。
こんな場所、見たことも、来たことも無い。
だが、分かる。ここは、あの場所だ。
彼に理解をさせたのは直感というよりも他の冒険者からの聞き伝えの情報だ。それに、目の前のこの景色がそれを証明している。
──ここは国立裁判所だ。
ラデスの呆気にとられる様子など尻目に置き、ステルベンは声を張り上げる。
「皆様、お集まりいただき、誠にありがとうございます」
「それではこれより」
今までの彼の粗暴な発言とは打って変わり、敬意がたんまりこもった一言だ。
「ラデス・バッファウッドの処遇に対する評議を始めます」
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「……評議?」
ステルベンの口から出た言葉に思わずラデスは眉をひそめる。それはあくまで彼の疑問から来るものであることは確かだ。
通常、魔王軍に加担した人間は拷問されたのち、死刑される。このことはこの国の法律で決められており、裁判すら行わない。
過去にも富を欲しさに魔王軍に情報を売った者がいたが、市中引き回しの末、斬首されるという非業の死を迎えたはずだ。
だが、評議となれば話は別だ。ラデスにもまだ生き残るチャンスがあるということ。
しかしステルベンは証拠があると言っていた。それならばこんな無意味な評議を始める必要はないはずだ。
それにステルベンの性格上、彼がラデスに容赦をかけてくれるとは思えない。ましてや彼はラデスの意見すら聞かないだろう。
ではなぜ彼はこんなことを?
そんなラデスの思考の巡らせも、しゃがれた一声に引き裂かれる。
「少々お伺いしてもいいかのう? ステルベン」
「……なんです?ローガンさん」
おろおろと立つ姿にラデスは一抹の不安を持ちつつも、ローガン、と呼ばれた人物は白髭をさすり首を傾げ訊く。
「──ワシが耄碌しておらんかったら…確かここでは国王がいるはずだったんじゃが……」
国立裁判所は、国内でも屈指の重罪人が裁かれる場所。そのためここで行われる裁判ではしっかりとした判決が求められる。
だからこそここでは国王が直接裁判に赴き、直接犯罪者を裁定するのだ。
彼の、当然と言えば当然の質問にステルベンは答える。
「間もなく来ます」
彼の口ぶりに目の前の彼らに緊張が走る。もちろんラデスにもだ。空気がぴりつき、とてもおちゃらけられる雰囲気ではない。
そんな重い空気を味わう間もなく、法廷の扉が開かれる──。
「遅くなった」
その若々しい声が後ろから発せられた瞬間、目の前の彼らが一斉に立ち上がる。敬意の表れに少々感服しつつもラデスは恐る恐る振り返る。
「こやつが、魔王軍の内通者か?」
その凛々しい少年の目がラデスに光る。
今ここに、王国史上最低最悪であろう国王との謁見が誕生した。




