第四話 「怒れる訪問者」
今回、少し少ないですがキリがいいので上げました。
どうか、皆様お楽しみにしていてください。
「あれが、そうか?」
「はい。あれが容疑者です」
ここにラデスとローザの泥臭い特訓を影から覗く者が二人。一人はしゃがみ込み目標を注意深く、観察している。そしてもう一人は立ち上がってはいるが、あたりの警戒を決して緩めない。
まだ住民が起き始めていない時間で本当に良かったと安心しつつも、彼らは必死に息を殺し、偵察に徹する。
「あいつがそうなのか?」
「報告書には、そう書いてありました。ですが…正直言うと、懐疑的です。彼が本当にそうなのか……」
「……いや、不安分子は取り除いておくべきだ。何かされたときにはもう遅いからな」
そう言う”彼”の顔は恨みと怒りに満ちている。しゃがみ込む彼はその様子を見て、若干の恐怖を覚えつつも、偵察を続ける。
次第に朝日が昇り、住民たちが朝日を浴びに外に出てきた。このままでは他の住民たちに怪しまれてしまう。
「そろそろ頃合いか。俺は一足先に城に戻る。お前も通常業務に戻れ」
「はい。ですが、ステルベン様。本当に……やるのですか」
「ああ」
短く会話を交わし、彼、ステルベンは王城へと歩いていく。そして精一杯、がむしゃらに特訓に興じているラデスとローザを尻目に、彼は低く、氷のように冷たく呟いた。
「奴は、──ラデス・バッファウッドは、俺が殺す」
そう地面に吐き捨てた言葉には、確実に蓄積され、煮詰められた殺意が満ち満ちていた。
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「ひゅあ……はあ…はあ」
「さすがに限界か。まだ全身に魔力は流せてねえが……とりあえず休憩にするぞ」
「あ……は…い」
土だらけになり、汗まみれになり、遠慮なく地面に寝ころぶその姿は、傍から見れば汚らしいの最上級。
息が切れ切れになりつつもそう答えるラデスの顔は晴れやかだ。先ほどの屈辱的な気持ちは消え去り、満足感と高揚感がラデスの心を支配していく。
そして、同時に彼を襲うのは睡魔だ。
「ね……みぃ」
昨日の夜からぶっ通しでの訓練。睡眠も休憩も一切取っていないラデスにとって冷ややかな地面と暖かな日光の同時攻撃は耐え難いものだ。
次第に開けていた瞼が重くなって、空も、意識も、霞がかかるようにぼんやりと沈んでいって──、
「大丈夫ですか?ラデスさん」
「────ぁ?」
しかし、それを可愛く妨げるものが一人。突如視界に現れたシルエットが太陽にかぶりラデスの眼に影を作る。彼女の長く伸ばした前髪が鼻に触り、少しむず痒い。
メイナは少し笑いながら、ラデスの容態を心配する。
「もし眠たいなら、ここじゃなくて部屋に行きましょう。そこでゆっくり休んでください」
よいしょ、とラデスの肩を持ち上げ懸命に彼を部屋に戻そうとするメイナはさしずめ天使。かくんかくんと寝落ちしそうになるラデスを起こしながらも彼女は肩を組み、一緒に歩を合わせる。
玄関で靴を脱ぐのもメイナにやってもらい、部屋を開けるのもメイナにやってもらった。これではラデスは介護される老人だ。
そして導かれるように、本能に従うようにラデスの体は布団に沈む。意識が今度こそ無意識の領域へと沈んでいく。
足、腕、脳と体の活動が徐々に停止して、ラデスは夢に誘われるように眠った。
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「─デス!!」
「……」
「ラデス!!」
「うおっ!!」
突然の甲高い大声にラデスの意識が無理矢理覚醒する。勢いよく飛び起きたせいか眠気の余韻は一切ない。
直後感じるのは、真横からの視線。その視線の正体を知ろうと、寝起きでまだ音が鳴る首を無理やり回し確かめる。
「ラデス。お前にお客様だぞ!!」
右耳に元気よく起こした理由を説明するノヴ。キーンとする耳を手で押さえながらラデスはその一言に疑問を呈していた。
「お客様……?誰だ?」
正直、心当たりがない。ツケにした酒代はちゃんと払ったし、身に覚えがない。
この王都でユーキ以外の友がほとんどいないラデスにとって誰かが自分のもとに訪問してくるなんて事例は初めてだ。
ラデスは恐る恐る玄関の方へ向かう。床を踏み鳴らすときの軋みが普段よりも大きく、不気味に感じる。
不安に心を若干呑まれつつも、一歩一歩確実に歩みを進めていく。
「おう……メイナ。あと師匠」
歩みを進めた先、玄関先にはローザとメイナが立っていた。ラデスは少しでも不安をごまかしたくて二人に話しかける。
しかし、彼らは返事をしない。否、しないというよりも気づいていないのだ。目の前の壮絶な景色に気を取られて。
ラデスの不安はどんどん膨らんでゆき、遂にその景色を見た。
「……あ?」
道場の前に立っていたのは鼠色の甲冑に身を包んだ者。つまりはこの国の騎士だ。それだけならばラデスも驚くことは無かった。
異様なのはその数だ。元々この道場の前に鎮座する道は、王都の一番大きい道から少し外れたところにあるため雑踏があまり発生しない。だからこそ、この道を埋め尽くすほどの騎士の数に彼らは圧倒されているのだ。
「あの、何の用です?」
「貴様がラデス・バッファウッドか?」
その面頬の奥から鳴る低い声は、ラデスの不安をさらに助長させる。
「……はい。そうですけど」
「そうか。率直だが、お前に要件があって我々は来た」
「…要件?」
ラデスには本当に身の覚えがなかった。この国の騎士に何か因縁をつけたことなどない。だがこの緊迫した状況がドッキリとかサプライズとかの類ではないことぐらい彼にも分かった。
そして目の前の騎士は告げる──。
「ラデス・バッファウッド。──お前を魔王軍共謀の罪で連行する」
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基本的に騎士はこの国、ひいてはこの国の領土にある都市や村の治安維持を主に活動している。騎士には階級制度もあり基本的に三級騎士、二級騎士、一級騎士、王直騎士に分けられ、階級が低いほど、僻地での任務を余儀なくされてしまう。
その分、市民と触れ合う時間が多いため、彼らが民に愛されていることは相違ない。
そして王直騎士はその中でも一線を画しており、国はもちろん王や要人の護衛を任される重要なポジションだ。それ故に実力、素養共にトップレベルの者しかなることが出来ない。
一方冒険者は、騎士とは違いまともな素養も実力も必要ないため誰でもなることが出来る。しかしその特性故に野蛮な輩が多く冒険者が犯罪を発生しているという無視できない事実もあるのだ。
だからこそ、住民たちの依頼は信頼に足る騎士に集中する。冒険者は騎士には頼めないアングラな仕事や、騎士に報酬が払えないほど困窮した家庭から出た依頼を受ける。
つまり冒険者は騎士よりも劣った職業、というのがこの国の常識なのだ。
国民に優しい冒険者もいることから、さすがに差別的な扱いをされることはあまりない。それでも彼らが日々劣等的な気分になっていることは確かだ。
だが、いくら人道を外れた輩でも魔王軍に協力する冒険者なんて聞いたことも無い。最もそれに自分が疑われるとは思ってもみないことだが。
「ついて来い」
と言いながらも無理矢理ラデスの腕を掴み引っ張っていこうとする目の前の騎士。しかしラデスも必死に抵抗する。
「ま、待ってください!俺は魔王軍と何ら関係なんかありません!!」
「話なら監獄で聞こう」
「ちょ、ちょっと!!」
警察が言うテンプレのセリフ第一位を繰り出した目の前の騎士。もはや彼には、ラデスの弁明など眼中にないようだ。
しかし、この連行に懐疑を示す者はラデスだけではない。
「おい!ラデスは何も悪いことしてない!!とっとと帰れ騎士ども!!」
「そ、そうですよ!た、たぶんラデスさんは悪い人ではありません!!」
この国の権力の証である騎士への反抗を見せたノヴ。子供であるが故だが、ラデスが言えば即刻監獄行きだろう。
それに賛同するようにメイナも反抗の意思を見せる。さすがに彼女も冒険者が騎士に逆らうのはまずいと分かっているのかどこか言葉の歯切れが悪い。
そんな必死の言葉にも騎士たちは一瞥すらすることはない。恐らくだが、冒険者の俺とメイナ、ただのガキのノヴの意見なんて彼らは聞くことすらないだろう。
だが、こちらにはこの人がいる。
「おい、ちょっと待て」
その言葉が発された瞬間、空気が重くなった。周囲に重圧がかかり、ここら一帯の時間が止まったようにすら感じる。さすがにそれを感じ取ったのか騎士たちもその足を止めた。
いくら騎士といっても、彼らと彼女では格が違う。なんといっても我らがローザは元王直騎士なのだ。
「そいつは魔王軍と関係ねえ。その手を離せ」
「……元『太陽』の騎士、ローザ・マードレン。あなた様の過去のご活躍はしかと耳にしています。我々騎士の中でもあなたは憧れの的だ」
「しかし、あなたはもう騎士ではない。ここは我々の命令に従ってもらいます」
冷酷に宣言する目の前の騎士。あくまで牽制のつもりか、事実を言ったまでか、彼にとってこれは些細なことなのかもしれない。
ただし、礼儀を異様に慮るローザ・マードレンにとってはこの発言は地雷そのものだ。
「確かに、お前らの言っていることは正しいな」
「だが、元上司のアタシに対してそれはねえんじゃねえのか?」
憤慨したローザは、目の前の騎士の重厚な鉄に包まれた肩を掴む。ビキビキと鉄が彼女のすさまじい握力で歪む音が走り、ラデスに再び一抹の不安を与える。
「今すぐ、離せ。さもなくば」
「そこまでにしてもらおう」
ローザの言葉が奥から発せられた言葉に遮られ、この場の全員が声の主の方向を見る。
それを見た刹那、騎士たちの姿勢が一変する。今までこちらを警戒するだけだったものが、ローザの怒りにすら変わらなかったそれが、一気に綺麗な敬礼へと変貌した。
そして、騎士たちの敬礼の方向からつかつかとこちらに歩いて来る人影が一人。
「てめえは……」
ローザはその姿を鮮明に捉え、己の顔を強張らせる。今の今までよかった彼女の威勢が一気に抑えられラデスもその異様な空気に思わず息を呑む。
次第にその影が近づき、ラデスもその正体を頭にぼんやりと浮かべた。
聞いたことがある。直接会ったことはないが、彼は史上最年少で王直騎士となり魔物や魔族に対するその冷酷さと残忍さで一時冒険者の間で有名になった。
確か、彼の名は。
「……『炎氷』の騎士、ステルベン・ワーグナー」
ラデスがその名を呼んでも、ステルベンは一切彼に対する冷たい視線を崩すことは無かった。
冒険者と騎士の身分について、ちょっと矛盾してるとこがあったので修正しました。




