第三話 「強くなるために」
「ただいば」
「はあ!! とりゃ!!」
ガラガラと扉を開ける音と共に、若干濁った挨拶言葉。しかし子供たちの掛け声にかき消され、それに反応する者はいない。
今、彼らが行っているのは格闘術の特訓だ。剣を振るのはまだ危ないからとローザに体の動かし方を習っている。
基本的にここに通う子供たちは大切な人と死別しているケースが多い。だからこそ自分や大切な人を守れる力が欲しいようだ。彼らの将来は安泰な騎士が堅いだろう。
何も考えずにとりあえず冒険者となったラデスには耳が痛い話ではあるが、彼らを見れば自ずと自分も頑張れるというものだ。
「よじ、どりあえず特訓ずるか。メイナはどうする?」
「私は……この様子を見ておこうかなと思います。あと本当に腫れが引いてきて良かったです」
ラデスは涙目でうんうんと頷く。どうやら買い出しに回っている内に段々と顔の腫れが引いてきたらしく、まだ話し声に癖はあるが何とか内容が分かるくらいにはなってきた。
「おい馬鹿。邪魔だからとっとと裏庭行っとけ」
「ばい。行ってぎまず」
帰還を歓迎することなく、ローザは再びラデスに毒を吐いた。
敬語を怠ったせいで往復ビンタだけでなく、ラデスはしばらくの間馬鹿という不名誉なあだ名で呼ばれることになってしまった。
『なんで俺だけ』なんてもう思わない。この人はこういう人だ。俺が変わるしかないんだ。
ほぼ諦めに近い思考を抱えつつ、ラデスは裏庭へと向かっていった。その一連の流れにメイナは苦笑しつつも、「頑張ってください」と彼に手を振ったのだった。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
「ふっ!! ふっ!!」
溢れるほどの日光を浴びながらの腕立て伏せ。最初の方はすぐに腕が音を上げ、無様に地面に体を這いつくばらせていたラデスだが、日々の研鑽のおかげか今はそれも減ってきた。
腕の筋が悲鳴を上げるたびに、その声を無視し体に負荷を与え続けるラデス。汗が地面に滴り、濡れていく様に自分の努力が写っている気がする。
腕立て伏せが100回を超え、体に熱が徐々に蓄積されていき、そして、
「あがっ!!」
地に屈辱的なキスをして、再びラデスは自分の無力感を味わった。息切れになりながらも仰向けになり、空を見る。相も変わらずこの美しい青空は変わらない。
そう変わっていないのだ。どれもこれも
──この青空も、俺も。
「くっっっそ……」
あの時逃げた。あの時俺は逃げた。自分の夢も、大切な人との約束も、全部捨てて、全部諦めようとした。
実力とか、純粋な戦闘能力とかそういうものじゃない。これは精神、ラデスの心の問題なのだ。
「俺は……なんでこんな……」
弱いんだ、と言いかけた口をラデスは慌てて閉じる。そうでもしなきゃ心の中に溢れている悔しさ、情けなさ、ありとあらゆる全てが顔に溢れてしまいそうだったから。
あんなのに苦戦して、これで魔王を倒すなんて、思いあがるにもほどがある。
”勇者は強い人だけがなれるものじゃない”
ラデスは己が使った言葉を、今一度噛み締めていた。
「違う」
ローザの言うことは正しかった。身の丈に合わない夢を追うこと、その苦しさは並大抵のものじゃない。
それを耐え抜き、打ち勝つ力が必要なのだ。
今回、巨人ゴブリンに勝てたのは運絡みな所が多い。直前の大雨による水たまり、あの山の特殊性。巨人ゴブリンの慢心。
今回の勝利は実力とは程遠く、あまりにも偶然な部分が多すぎるのだ。
しかも勝てて満足してしまったのだ。満足して誰かに頼りきりになってしまった。結果ローザが来てくれたから助かったが、あのままだったら俺とメイナ、二人とも死んでいたかもしれない。
「もっとだ。もっと」
もっと頑張らなくちゃ。もっと強くならなくちゃ。
相手に勝って、尚且つ生き残れるような強さ。一人で絶望に勝てるほどの強さ。
──それこそ勇者のような強さを。
「くっっっっそ!!!!!」
大声が澄んだ空に響き、ひとりでに木霊する。双眸から流れてくるモノを両手で無理矢理抑える。
己への無念で歪む顔に一滴の水が流れる。汗かも、涙かも分からないそれがラデスの口に入って。
──それは、確かな『焦り』の味をしていた。
************************************
「なんだお前。もう寝ろよ」
時間は少し経ち、王都は丑三つ時。落ち着いた深夜の静寂の中、ローザの不満が空を切った。
ノヴや他の子供たちは自宅へ帰り、メイナも自室の床に就いた。
辛い一日の終わり。一人での微かな安息。この時がローザの唯一心の休まる時間だ。そんな時間を邪魔されたらもちろんたまったものじゃない。
晩酌でもするか、と台所から安酒を持ってきた彼女の前に立ちはだかるのが、一人の少年、ラデス・バッファウッドだ。
「聞きたいことがあるんです」
「知らねえ。明日にしろ。アタシの時間を邪魔するな」
ラデスの必死の顔を横目に彼の隣を無惨にも通っていくローザ。悔しさにラデスは唇を嚙むが、それも彼女にとっては意味のないものだ。
しかし、彼は諦めない。
「お願いします。今聞きたいんです」
「お前の事情なんざ知らねえよ。それにお前が聞きたいことも大体分かる。もっと強くなりたいって事だろ」
「……」
ものの見事に質問内容を的中させられ、ラデスは口をつぐみ、俯く。
「強さってもんは一気に手に入る物じゃねえ。少しづつ少しづつ手に入る物だ。地道に努力することが一番の近道なんだよ」
元王直騎士に蓄積された膨大な経験からの助言。それは正しい以外の何物でもない。確かにローザの言うことは間違っていないのだろう。
でも、それでも。
「すみません。これだけは譲れません。頼みます。」
「チッ。なんで急にそんなこと言いだしたんだよ」
舌打ちに不機嫌を乗せるローザにラデスは一歩も引かない。彼女にとっては当然の疑問だ。なぜそこまで焦るのか、なぜそこまで強さに固執するのか。
それに答えるラデスの黒眸はただ、真っすぐに。
「俺は依頼で俺の弱さを実感しました。俺は果て無く弱いって」
「巨人ゴブリンは俺から見ればとんでもなく強かった。まるで絶望を具現化したみたいな感じで」
「でも、魔王はそれよりもずっとずっと強い」
「このままじゃ俺は、いつになっても勇者になんかなれない」
この世界にはラデスよりも強い人がたくさんいる。でも、その人たちが束を組んでも魔王には勝てなかった。
その魔王よりもずっとずっと弱い巨人ゴブリンにすら奇跡の辛勝だった。これではいつになれば魔王に勝てるかなんか分からない。10年後? 20年後? いや、多分もっとかかる。
そんな時間が経てば肉体の成長も衰えていき、鍛錬しても意味が無くなってしまう。
だからこそ、今焦らなければ。
「教えてください。お願いします」
「……」
「俺は」
「────勇者になりたいんです」
──ローザ見てろよ!! オレは必ず勇者になるぜ!!
今はもう聞けない、記憶の中だけの声が頭に響き渡る。思い出の中にしまっていた声。思い出したくなかった声。それでも、また聞きたかった声。
それがラデスの言葉とリンクし、ローザの頑なに塞いでいた気持ちを、動かした。
こいつは違う。こいつはあいつじゃない。
なのに。なんで。
お前はあいつと同じ言葉を……。
「…………ずりぃよ。お前は」
「え?」
「……なんでもねえ」
そう言うローザはほんのり目を潤ませているように見えた。そして目を瞑り、何か覚悟を決めたように開眼すると、
「まず、いきなり強くなる方法はアタシ自体マジで知らない」
「だから、アタシが教えるのは必殺技だ」
「おお…!必殺技!!」
そのシンプルながらもかっこいい名前にラデスの心は思わず躍る。
何かかっこいい技が出来ないかと模索した少年時代。結局それらしき物は思いつかず、諦めていたがまさか自分がそのような物を習得できるとは。
「だが、この技には一つ難点があってな」
「難点?」
ラデスは聞き返す。もしその必殺技を習得したとして、その難点次第ではもしかしたら使いどころが限られたり全然使えないかもしれない。
そして彼女が出したその難点は、ラデスの予想をはるかに裏切るもので。
「──お前は、命を捨てる覚悟があるか?」
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△△▽△▽△▽△△▽△▽
「ふぁぁあぁぁああぁぁ」
窓からほのかに零れる朝日の光でメイナは起床した。王都の喧騒さが聞こえないのを証拠にまだ朝が早いことを知る。
布団から半身だけ出して、背伸びをする。腑抜けた声が出るも頭がまだ起きていないのか、メイナはそれに気づかない。
さらに不意に口から大きなあくびが出て、まだ自分が寝足りないことに気付く。
しかし、無理矢理押しかけといて昼間まで寝るなんて失礼極まりない行為だ。それは私のプライドが許さない。
メイナは寝巻からいつもの法衣に着替え、まだ重い瞼をごしごし擦り、無理に自分を起こそうとする。しかし、眠気はまだ取れない。
ならば次はと己の頬を軽くたたき、ぱっちり目が開いたのを確認。これで準備完了だ。
自室を出て、あたりを見回す。見渡す限りはローザとラデスの姿は無く、木造建築の扉と廊下しか見当たらない。
「ちょっと早かったのかな?」
不安げな独り言を漏らしながらもメイナは歩き出す。さすがに他人の部屋に入るのは躊躇するので誰かを探す、かつ道場の探検をしてみることにした。
回ってみた結果、どちらかというと道場を兼ねた家というイメージだ。
部屋は全部で八室。道場内で恐らく一番使われている所、訓練場。ここで子供たちが普段特訓をしている。一般的な家庭にもあるような簡単な台所。(ちなみにローザさんが作ってくれた晩ごはんは絶品だった。)
「あれ?」
一通り道場内部を回ってみたが誰もいない。買い物にでも出かけたのだろうか。しかしローザとラデスが二人とも買い出しに出かけるのは少々おかしい。行くなら一人でもいいし。
こうなったら彼らの部屋に突入してみるか、とメイナが覚悟を決めかけたその時、裏庭から大声が聞こえた。
怒号とか感情任せに出た声、というよりも応援のための掛け声という感じだ。
「こんな朝早くから特訓してるのかな」
メイナは玄関から忍び足で外に出て、建物に隠れこっそり裏庭を確認した。そして目には言いて来た光景に彼女の目は丸くなる。
「もっと! もっと力を入れろ!! そんなんじゃ全身に魔力は通らない!!」
「はい!!」
そう返事するラデスの顔は血気溢れんばかりだ。両拳を強く握りしめ両肩に力が入りまくっている。そのせいか顔も力が入り、それはもうすんごいことになっている。
恐らく、何かの特訓だ。それもあのボロボロ具合、かなり長時間やっているように見える。
「まさか、昨日の晩から?」
だとしたらとんでもないことだろう。普通ぶっ倒れるし、たとえ体力が持ったとしてもまず精神が追い付かない。
まさか自分が幸せに寝ている間にそんなことがあったとは思わなかった。
「すごいな……」
目標に向かって頑張れる人はすごい。そう間近で痛感したメイナ。今は自分が頑張れることはないが、せめてものと二人の汗臭い蜜月を邪魔しないように彼女はそっと寝室へ戻るのであった。
次回から二章が動き始めます。




