第二話 「不公平」
「どすぅぅ!?」
メイナから出た礼儀もひったくれもない言葉に思わずラデスは声を荒げた。礼儀を重んじろと言ったのにこれだ。極度の緊張からこうなってしまったのは明白だが、まさか一番最初の自己紹介からやらかすとは思ってもいなかった。
苦しそうに両手で頭を抱えるラデス。こうなってしまえばローザが鎮まる方法はない。自然災害の様に被害が最小限になるよう祈るしかない。
しかし、彼女の反応は思った者とは違っていて。
「…ははっ。何だよ、どすって。面白れぇな、お前」
メイナの失敗にローザは笑って答えた。その意外、いや異様な光景にラデスの目が丸くなる。あんぐりと開いた口が閉じないままの姿は馬鹿丸出しだ。
同棲計画の最初からしくじってしまったメイナ。しかしローザの様子を見る限り、彼女に対しての印象は決して悪い物でもなさそうだ。
計画の変更は余儀なくされたが、まだ終わったわけではない。とりあえずこの機嫌を持続させなければ。
「い、いや~。いつもの調子だせよメイナ! どすって何だよ! どすって!!」
「からかってんじゃねえよ」
……なんで?
突然に振り向けられた理不尽にもはや怒りを通り越して、疑問すら湧いて来る。白い目でこちらを見てくるローザに、ラデスはもはや何も言えない。
メイナが奇跡的に盛り上げた空気を見事にぶち壊してしまった。これで彼女の好感度、いやラデスの好感度がマイナスになったのは間違いないだろう。
ここで右も左も分からない彼女を何とかリードさせるつもりだったが、なぜか完全に自分が足手まといになってしまっている。
──情けねえ。
ラデスの心が小さくそう呟く。だが、今はそんなことでしょげてる場合じゃない。
なぜ自分が原因となったかは分からないが、とりあえず自分のせいで機嫌を損ねているので、ラデスは一歩下がり彼女の行動を見守ることにした。その様子はさながら彼女の付き人だ。
メイナが次に何をすればいいか分からず指示を貰おうとこちらに目を合わせてくる。しかしラデスの双眸は横に逸れ緊急回避。
彼女の様子は分からないが、おそらく泣きそうになっていることだろう。だが、ラデスは頑なに目を合わさない。それが彼女のためなのだ。
彼はもう頼れないと判断したのか、メイナは一人きりで話し始めた。
「あの、すみません。ろ、ローザさんでよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだとも。つか前会ったろ」
「そ…そういえば、そうでしたね」
慌てふためく彼女の口調に対しローザの声は低いままだ。そんな彼女の威圧感に気圧され気が飛びそうになる。
しかし、このままでは明日からの生活がどうなるか分からない。宿屋に泊まる手もあるが長期宿泊なんてしたら当分のお金が飛ぶ。
覚悟を決めメイナは告げた。
「……私をここで住まわせてください!!」
「ああ、いいぞ」
「え?」
「だから、いいぞ」
あまりの呆気なさにメイナの顔はぽかんとする。現実を受け入れられないというよりも、急に降りかかった現実に理解が追いつかないようだ。
だが、だんだん整理や理解が深まって混乱が嬉しさに変わっていき、
「本当で」
「はああああああああああああああああああ!?」
メイナの現実確認が後ろの付き人に遮られる。メイナの同棲計画を邪魔したのは、奇しくも一歩下がると決めたはずのラデスだった。
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突然のラデスの奇声にメイナとローザはびくっとしながら彼の方を向く。そして両者がするのは混乱の表情。
今日の中でたぶん一番の大声。今日の中でたぶん一番感情が乗った一言。病み上がりだったせいか、少し横っ腹が痛い。
ラデスは左脇腹を手で押さえつつも、自論を主張する。
「いや、なんでメイナだけ何もないんですか!? 俺の時はあんなに反対してたのに!!」
「ていうかさっきから俺の扱いなんだよ!? 腫れもの扱いしやがって!!」
今までずっと我慢してきた、心の内に秘めてきた思いを腹の底からぶちまけるラデス。もはや敬語なんてお構いなしだ。
そんなラデスにメイナは酷く心配そうな顔で、
「あ、あの…ラデスさん? 大丈夫ですか?」
「ずるい! ずるいって!! 俺なんかこいつにボコボコにされたんだぜ!?」
メイナに協力すると言ったはずなのにこの体たらく。本心でラデスを心配している彼女に八つ当たり。その反応を見て、尚も醜態をさらし続ける彼は、傍から見れば思い通りにならず駄々をこねる子供だ。
そんな大きい子供にローザは見かねたように、
「うるせえ! 男なら黙ってろ!!」
「あ゛いっでぇ!!」
振り下ろされた拳骨がラデスの頭に直撃。激痛が頭から湧き、衝撃が頭から伝播し体に微細な揺れを発生させる。
可愛い子には旅をさせよ。わがまま言う子には鉄拳制裁。これがローザ・マードレンの教育方針だ。彼女の在り方は昭和の体育教師の教育を彷彿とさせる。
「というわけで、メイナ。これからよろしくな」
「は、はあ……」
よろしくと言われても、とでも言いたげな迷惑そうな表情を浮かべるメイナ。それもそのはずだ。
彼女の目の前にはにっこりと笑うローザと、頭を抱え悶絶するラデスが転がっているのだから。
「うぐぅぅ……」
頭蓋がはち切れそうな痛みに悶えながら目の前に広がる地面を見る。舐めることができるほどの顔と地面の距離感に屈辱的な気分になる。まるでアルマジロのように蹲りながらラデスの心の中での一言。
──理不尽だ。マジで理不尽だ。
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「あ、あのラデスさん。大丈夫ですか?」
「ん? ばあ、ばいびょうぶば(ん? まあ、大丈夫だ)」
「大丈夫じゃなさそうですね……」
ここに王都を歩く者が二人。しかし片方は人間離れの顔をしている。王都の住人が彼らを避け、自然と通り道が出来ていくことだけは幸いだ。
あの後ラデスは敬語を怠った罪でローザからの往復ビンタを食らった。最少は抵抗したが、50回目くらいでやめた。累計何回食らったかなど覚えていない。思い出したくもない。
頬が赤く腫れあがりその痛みを我慢しながら歩くラデス。まるで大量の木の実を頬張ったリスのようだ。周りのみんなが避けていく中、彼に唯一近づいてくれるメイナは天使じゃなければなんなのだろうか。
「ぼんぼうび、あびがぼうな……(本当に、ありがとうな……)」
「え!? いや泣かないでくださいよ!!」
優しさが心に沁み、いきなり泣き始めたラデスにあわあわと両手を暴れさせるメイナ。公共の場でいきなり泣き出した者に王都の住人達はさらに不快に目を細める。いわゆるドン引きというやつだ。まあ、両手で目を擦るラデスにはその光景が見えないという所が僥倖なのだが。
「ははっ。相も変わらず情けない顔だな! ラデス!!」
その卑しい声に驚き、メイナはこちらの前に立ちふさがる彼らを見た。
背が低く、白い鎧を身に着けた顔が大きい三人組だ。無駄にセットされた金髪を風になびかせ、仁王立ちする彼らは優しく言えば流行に乗れていない。はっきり言えばダサい。
肉体は中肉中背で冒険者と言えば普通の風体だ。それよりも目を引くのは彼ら三人の顔の違いがほとんどないといった所だろう。
いやらしい前髪を手で払いながら、彼らは自慢げに語りだす。
「僕はデュース・フリアーズ!! このフリアーズ三兄弟の長男にしてこの世で最もかっこいい男!!」
「僕はレイス・フリアーズ!! このフリアーズ三兄弟の次男にしてこの世で最も美しい男!!」
「僕はトロイ・フリアーズ!! このフリアーズ三兄弟の三男にしてこの世で最も清潔な男!!」
「「「我ら、人呼んでフリアーズ三兄弟!!」」」
「決まった…!!」という彼らの小声もスルーしつつ、急に自己紹介、そして決めポーズを取りかっこつける彼らにメイナは混乱を隠せない。そんな彼女もお構いなしに彼らは話し続ける。
「フン! そんな顔でどこに行くつもりだ? ラデス」
「フン! そんな顔で何をするつもりだ? ラデス」
「フン! そんな顔で恥ずかしくないのか? ラデス」
練習でもしたのかというくらいに綺麗に揃う彼らの声にメイナはさらに混乱を隠せない。そんな彼らに呆れたような声でラデスは、
「ばだおばえばか。びいばげんにびべぶれ(またお前らか。いい加減にしてくれ)」
「ばいばびびいばなびゃなんべえんば。ばばっべぶびばばねえぼ(買い出しに行かなきゃなんねえんだ。構ってる暇はねえよ)」
「はっ! 何を言っているのか、全くわからんね。ラデス」
それだけは分かる、とデュースの意見にメイナは心の中で肯定する。顔を彼らに見えないように隠しつつ、うんうんと彼女は頷く。
そんなメイナを尻目に置きつつ、ラデスとフリアーズ三兄弟は睨みあう。今にも喧嘩になりそうな雰囲気だ。向こうは三人。こちらは手負いとメイナの二人。多勢に無勢。こちらが不利だ。
しかし、酷い状態のラデスにデュースは見切りをつけたのか、
「……どうやら今のお前は苦し紛れの一言も出せないようだな」
「──そんなお前になど用はない。行くぞ弟たちよ!!」
「「おう!! 兄ちゃん!!」」
会話しようにも言葉のほとんどが、ば行になってしまう今のラデスには用はないと判断したのか、マントを手でなびかせ彼らは喧騒の中に消えていった。
まるで台風のような彼らに多少の疲れを覚えつつ、メイナの心にあるのは一つの疑問だ。
「……ラデスさん。あの三人のこと知ってるんですか? 知り合いみたいな感じでしたけど」
「……」
ラデスは俯き、黙ったままだ。何か話せない事情でもあるのだろうか。先ほどの彼らの口調にやけに高圧的な態度。
──まさか、いじめられてる!?
メイナの予想はあらぬ方向へ進む。このまま放っておくべきだろうか。もし余計なことを言って彼を傷つけたら……。
いや、それは違う。彼がたとえ助けを拒んでも、助けを必要としなくても、私は必ず助ける。
だって、私は彼のパーティメンバーなのだから。
拳をぎゅっと握りメイナがするのは覚悟の表情。そして彼女はラデスの肩を掴み、
「ラデスさん。話してください。話すのが辛くても、話してください。話すのが恥ずかしくても、話してください」
「あなたが辛くても私は絶対離れません。たとえあなたが恥ずかしい思いをしたって、あなたが一人になったって私はあなたの側にいます」
「──私はあなたの仲間なんですから」
「──!!」
彼女の優しい問いかけにラデスの眼は希望色に輝く。拳の握る力が強くなり真っすぐこちらを見るその姿は巨人ゴブリンの時と何ら遜色はない。
──やっぱりメイナは優しい。まるで聖母みたいだ。
そう思う心が彼女に聞こえていなくても、彼女は分かっているだろう。メイナなら受け止めてくれる。そう理解するには十分すぎる言葉だ。
どうやら彼の覚悟、気持ちは既に決まったようだ。
大きく息を吸い、彼は遂に──、
「ばびぼべびんなぼびぼびがぶぼび」
「やっぱ後で大丈夫です」
訂正、彼女はやっぱり優しくない。




