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勇者と肩を並べるその日まで  作者: キジトラ
第二章 「哄笑する革命家」
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第一話 「交渉の始まり」

 「おい、お主らいつまで握手しておる」


 老人は握手を交わす二人を微笑ましく眺めていたが、そのあまりの長さに苦言を呈した。

 そのしゃがれた突っ込みに反応し、ラデスとメイナは顔を赤くさせる。


 「わ、悪い」


 「あ、ああ…いえこちらこそ」


 歯切れの悪いやり取りに二人は照れ笑いをしつつ、お互いに謝る。目を合わせずしどろもどろになる様はまるで付き合いたての中学生カップルだ。

 老人はその甘い光景に胃がもたれたのか、至極退屈そうでちょっと申し訳ない。


 「じゃあ、俺たちもう帰ります」


 老人の方へばっと振り返るラデスの顔は晴れやかだ。数多の武器に囲まれたその小さい世界は彼の笑顔でより一層輝きが増していく。

 老人は彼の報告にこれまた屈託の無い笑顔で、


 「そうか。またご縁があればな」


 彼のその一言を聞いて、ラデスとメイナはボロボロの木製扉を開け外へ出ていく。随分待ったぞ、とでも言いたげな不貞腐れた顔のローザと、陰気な瘴気が立ち込める闇市の風景さえ無ければ完璧な別れだったのだが。


 「やっと終わったか。じゃあ帰るぞ」


 ローザの声掛けと共に彼らは歩いていく。物欲しそうにこちらを物乞いが見ているが、ローザの圧をかけた一瞥にさっと目を逸らす。

 その光景は、我ながら性格が悪いと思いつつもかなり気持ちのいいものだ。


 「すまんすまん!! 忘れておった!!」


 その置いた声が不意に後ろから聞こえてきて、三人は振り返る。すると老人がそのしわだらけの肌に汗をにじませながら勢いよくこちらに走ってくる。

 そしてラデスの肩を掴みながら大声で、


 「儂はグリンゲルじゃ!! お主らの武器が壊れたら次はぜひここに来るんじゃぞ!! 安くしておくからな!!」


 急な自己紹介とお店の宣伝。自己紹介に宣伝を混ぜ合わせてくるそのがめつさに苦笑しつつラデスはうなずきを見せて、


 「ああ、次はあんたの所へ行くよ」


 快く彼に次回の来店の返事したのだった。


 よほど嬉しかったのか目の前の老人、グリンゲルはその返事にこれまでにない笑顔を見せる。ウキウキしながらこちらを見るその姿は少年時代の自分を見ているようだ。

 そして、グリンゲルは横に目を逸らし、


 「……お主、ローザか?」


 「……ここの住人って、お前かよ。グリンゲル」


 彼の顔から、まるで元からそこに何もなかったかのように、


 笑顔が、消えた。



************************************



 グリンゲルとローザ。彼らの目線が交わるたびに今まで皆無だった緊張感がこの場に走る。ラデスの隣で少しびくびくしているメイナもこの空気を感じ取っているようだ。


 グリンゲルの口ぶりからして彼ら二人は旧知の仲なのだろう。しかし、この空気感から感じとれるのは仲の悪さだ。彼の性格上そこまで敵を作る感じでもなさそうなのだが……。


 ラデスの経験上、こういう時はあえて何も言わない方がいいと知っている。二人が殴り合いの喧嘩になりそうだったら止めればいい。正義感で愚策に突っ込んでも余計な反感を買うだけだ。


 ラデスは彼らを見守りながら口を噤んでいると、静寂の均衡を破るようにグリンゲルが話し始めた。


 「のう、ローザ。こいつらはお主の弟子か?」


 「女の方は違うが、男の方はそうだ。…………悪いかよ」


 グリンゲルの視線にばつが悪そうに目を伏せるローザ。グリンゲルはそんな彼女に容赦なく話し続ける。


 「お主、まだあの時から変わっとらんのか」


 「──お前には、関係ねえよ」


 「いくらお前が弟子を取ろうが、お前の勝手じゃ。じゃが、そんなことをしてもリグは」


 「黙れ」


 何か地雷でも踏んだかのようにローザの声のトーンが低くなり、彼女は彼の言葉を遮った。元々あった緊張感がさらに増していくのが分かる。ビリビリと空気に電流が走っていくのが分かる。

 ラデスはローザに怒られた時を思い出し、なおの事黙り込んだ。目だけピクピク泳ぐその姿はなんとも滑稽だ。


 「行くぞ、お前ら。ここにはもう用はねえ」


 ラデスがビビり散らかしていると、ローザは彼とメイナを無理やり引っ張り、道場へ帰ろうとする。ラデスとメイナは完全になすがままだったが、グリンゲルだけは違うようで


 「おい! 待て!!」


 彼の呼びかけに答えることなくローザは歩みを進める。グリンゲルはその後も何か呼びかけ続けていたが段々と聞こえなくなり、遂にはその小さい体も地平線の彼方へ消えていった。


 真っすぐに前だけを見据えるローザ。彼らが引っ張られながら道場へ帰っている途中でも、彼女は終ぞ後ろを見ることは無かった。


 見ることは、無かった。



************************************



 あのまま引っ張られながら二人はローザと共に道場の前に着いた。ローザは先に彼らを置いて中へ入っていったが二人はその場で立ち尽くしている。

 それもそのはずだ。人に引っ張られながら歩いていくその姿は奇天烈そのもの。道すがら、王都の住人に奇妙なものを見るような目で見られている事実に彼らは恥じらいを隠せない。


 頭をぶんぶん振ってそんな恥ずかしさも投げ捨てつつラデスはメイナへ別れを告げる。


 「じゃあ、また今度な」


 ラデスはメイナに別れを告げ、道場の扉を開ける。いつもの扉だ。何も変わらない普遍的な扉。決して重厚でないその扉は古さで劣化し開けるのにも一苦労だ。

 この扉のがたつきが逆に生への実感を感じられる。


 ──生きて、帰ってきたんだ。


 死地を乗り越えたラデスにしか分からない日常の大切さがそこにはあった。その感傷に浸っていると、


 「あ、あの!!」


 道場の中へ入ろうとするラデスを妨げたいがごとくメイナが叫んだ。杖を両手で握りながら小動物のようにプルプル震えている姿はいくらかの可愛げがある。


 「どうしたんだ?」


 「あ、いや、その……実は」


 言葉が詰まりながらも一生懸命に何かを話そうとするメイナ。少しの深呼吸をした後に見せたのは覚悟のこもった顔。その顔に圧倒されラデスも唾を飲む

 彼女が目を瞑って、喉を絞り切り腹から出した言葉は思ったほどの驚きを孕んだ物ではなく、


 「ここに、住まわせてくれませんか!!」


 「……へ?」


 それはかつてラデスがローザに向けてはなった言葉と同じ意義を持つ物だった。余りのメイナの表情に何かもっと独善的なお願いが来るかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。


 しかしこれは困ったことだ。そもそもここの主はラデスではなくローザであり、彼に彼女を住まわしてあげられる権利はない。

 それに、今はローザの機嫌が悪い。これ以上彼女にストレスを与えれば何を言い出すか分からない。

 しかし彼女をこのまま放っておくわけにもいかない。これは……どうしたものか。


 黙り込みしばらく考えこむラデスのせいか、その深緑の眼がうるうるとしてきた。


 「や、やっぱり無理ですかね……」


 「あ、いや、俺じゃなくて直接ローザに言いに行った方がいい気がする」


 ローザ・マードレン、彼女はとにかく礼儀を大切にする人だ。最初の出会いで嫌というほど分かっている。その彼女に人伝えでお願い事をするなど無礼が過ぎている。


 まずはメイナに付いていき、彼女に直接お願いさせてから俺がそれの仲介をする、これが無難だ。


 「とりあえずあの人は礼儀を大切にする人だから、まずはしっかりとした自己紹介をして、その後交渉って感じだから」


 「は、はい」


 そして彼らはローザ、もといこの道場の家主に同棲の交渉をするべく二人で中へ入っていく。ラデスはローザにシバかれないかという不安。一方メイナは明日の生活が懸かっている。そのせいか二人の表情は重苦しく少し陰鬱としたものだった。


 しかし、次に起きた衝撃が彼らの表情を変えた。


 「ラデスぅぅぅぅ!!!!!!」


 「うおっ!!」


 ラデス達は前から来た謎の衝撃、圧力に思わず後ろに倒れる。思いっきり地面に打った頭を痛そうに擦りながらその目を開けると、目の前にいるのは小さな何かの群れだ。ぼやける視界が徐々に鮮明なものに変わっていって、


 「本当に、本当に心配したんだぞぉぉ!!」


 目の前にいたのはノヴだった。その時寄りかかってきた圧力がここにいた子供たちの物だとラデスは気づいた。


 「いや、二日帰んなかっただけだぞ?」


 「でもぉ、でもぉぉ」


 「あはは、ありがとう。ノヴ」


 迷惑したふりをしてからかうラデスにノヴは涙目になりつつも両手でポカポカ叩く。痛い痛い、とやんわり拒否するその姿を表すには、微笑ましいという言葉が最適だ。


 それよりも悲惨なのはメイナだ。いきなり子供たちに突撃されさぞかし混乱しただろう。その証拠に完全に目が回っている。漫画の世界なら頭にひよこでも飛んでいそうだ。

 しかし、そんな彼女に悪意のない毒牙がかかる。


 「なんだこのひと。おっぱいでけぇー!!」


 「ほんとうだ!! めちゃくちゃふわふわしてるー!!」


 何も知らない純粋な子供というのは時に残酷かつ卑怯だ。ラデスならば一揉みでもした瞬間即刻アウトだが小さい子供たちはこれが許される。


 いまさら言うがメイナは相当のポテンシャルの持ち主だ。細いその手足にたわわと実った二つの果実。身長の低さや気の弱さも相まって彼女を目で追うものは後を絶たないだろう。


 そんな彼女に対して彼らが行ったのは公的セクハラ。普段子供たちのわがままにも優しく対応するラデスだがこればっかりは我慢できず、


 「うぉぉおおい!! 迷惑してんだろがぁぁい!!」


 その大声に子供たちは笑いながら撤退していく。目を血走らせ荒い息が鼻から出ていくラデスは鬼神そのものだ。ただ、彼のこの怒りは慈善の心ではなく羨望から生まれた物なのだが。

 そんな彼にメイナは感謝の言葉を送る。


 「本当に、本当に、ありがとうございます」


 「……別に、いいよ……」


 目の前で助けてくれた彼に、心からの感謝を送る彼女の姿にラデスは幾ばくかの罪悪感を覚えた。



************************************



 「お前ら、急になんだ?」


 洗濯物を干していたローザは、己の前に突然立ちふさがった二人にひどく混乱した様子を見せた。腰に手を当て、迷惑そうに彼らを見るその紅眸がいつこちらに敵意を向けてくるか分からない以上、早く交渉を済まさなければ。


 「あ、あの師匠。ちょっとお時間頂いてもよろしかったでしょうか」


 「なんだその喋り方。気持ちわりぃ」


 彼女の嘲るような言い方にラデスは少々の怒りを覚える。眉間にしわが寄りそうになるのを必死に我慢しながら笑顔をキープ。


 なんだよ。この前はいきなりぶっ飛ばしたくせに。


 心の中でぼそっと言った文句を何とか飲み込みつつ、ラデスはローザへのごますりを止めない。


 「いやあ、ちょっとこの人からお願いがあってですね」


 ほら早く早く、とメイナの背中を優しくたたくラデス。俯きながらも彼女は一歩前へ出る。そして満を持しての彼女の自己紹介は、


 「わ、私はメイナ・シュヴァイデン……ど、どす!!!」


 「どすぅ!?」


 舌を噛んだことによる京都弁が発動、という誰も予想できぬ形となった。

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