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勇者と肩を並べるその日まで  作者: キジトラ
第一章 「別れと出会い」
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幕間 「盗賊Aの証言」

 司法取引という言葉に聞き覚えはあるだろうか。

 刑事事件の被告人、または容疑者が他の捜査に対する有力な情報を提供することで罪に対する罰を軽くしてもらうといった制度である。


 これは警察にとって屈辱的な制度といえるのかもしれない。あくまで協力と言ってはいるが一時、一瞬でも彼らは犯罪者に敗北した、屈した事となるのだから。

 つまり司法取引は警察にとっての最後の手段。いわば諸刃の剣といえるだろう。


 そして今、グリンガ王国でも、それが行われようとしていた。



△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽



 「糞が。なんで俺様がこんな目に」


 グリンガ王国、王都に位置するバステ監獄。そこに収監されている一人の囚人が誰にも聞こえないくらいの独り言を漏らした。


 薄汚れた牢屋。歩くたびに土埃が舞い、それが彼の鼻先を不快に刺激する。ベッドはおろかまともな寝具すら用意されていない。ここでの唯一の変化は日差しの角度のみ。まるで奴隷のような扱いだ。

 ボロボロの服に左手を当て、スキンヘッドを右手で撫でながら男は大昔に味わった薔薇色の人生を追想する。


 アジトにいたときが恋しい。あの時は自由だった。あの時は俺は幸せだったんだ。略奪に、暴食に、女。あの時、俺はまさに”人生”を肌で実感していたんだ。


 それが、一度へまをしただけでこのザマだ。冷てえ豚小屋にぶち込まれ、お偉い騎士サマによればここで俺は一生を過ごすことになったらしい。


 他の仲間たちもここや別の都市の監獄にぶち込まれたみてえだが、脱獄したとか、悪行の噂も聞かねえし、たぶんもう諦めてんのかもしれないな。


 だが、俺は諦めねえ。このくそったれの生活から必ず抜け出して、もう一度俺の人生を貪欲に貪る。


 だからこそ、この目で見た俺の記憶に頼ることにした。


 「囚人。時間だ。早く出ろ」


 「分かってるわ。そんな急かさなくてもな」


 今日、俺は、俺の人生は一世一代の賭けに出る。



************************************



 「……さてと」


 男は薄汚いボロ部屋からほんの少しだけ綺麗になった部屋に移動した。みるからに安そうな木製椅子に座り込む。


 そして男と向かい合うように座っているのはもう一人の男だ。黒を基調とした服に身を包み顎に無精ひげを生やした冴えないオッサン。灰色の縮れ髪がより一層その冴えなさを強調している。


 男は目の前にふてぶてしく座る彼の質問を待つ。そして目の前の彼は顎髭を触りながら、目も合わさず話し始めた。


 「囚人君。今から君にいくつかの質問をします。その質問に正直に答えてね。情報の価値次第では君の罪が軽くなるかもしれない。ただ、君がもし嘘をついたら、即刻死刑だから気を付けてね」


 「分かってるわ。というか俺の名前は囚人じゃねえ。ゴーツキだ。覚えとけクソ野郎」


 「はいはい。そんな乱暴な口ぶりはやめてね~。君の心象が悪くなるだけなんだからね」


 男、もといゴーツキは威圧をかけるも、目の前の監獄の職員に適当にあしらわれる。ゆったりマイペースに書類をチェックする彼に対しゴーツキは貧乏ゆすりで己の不満を体現する。


 「僕の名前はクランツ・アグノリア。適当にクランツって呼んでもいいよ」


 「呼ぶか。クソ野郎で十分だ」


 「それは酷いね~。一応僕はここの監獄長なんだけど」


 どんどんイラついていくゴーツキに対し、苦笑し彼に余裕を見せるクランツ。そのしぐさにゴーツキの怒りはどんどんヒートアップしていく。


 「……早くしろ。いったい何分ここで待ってんだ」


 「ん? まだ十分も経ってないよ。もうすぐ始めるからあと少し待っててね」


 間違いない。俺はこのクソにナメられている。

 ゴーツキがそう思うのも無理はない。まじめに座りその時を待つ彼の目の前には足を豪快に組み終始にやけながらこちらを見るクランツがいるのだから。


 そして、彼の怒りは頂点に達した。


 「てめえ!! いい加減にしろよ!!! あんま舐めてっと殴り殺すぞ!!!」


 無造作に置かれていたテーブルを薙ぎ払い、監獄中に響き渡るゴーツキの怒号。そんな彼の憤怒にも驚くことなくクランツは冷静に言い放つ。


 「あのねえ、君が外に出たいのは分かるけどさ。焦りすぎだよ、ゴーツキ君?」


 「ああ!!!!?」


 「君が外で犯してしまった罪は、正直言うとあまりにも多い。強盗、強盗、暴行、強姦、強姦に強姦。まだまだあるよ。すごいねえ、君。さしずめ犯罪のフルコースって所かな?」


 「……何が言いてえ」


 「最初に言ったでしょ? 君が情報提供したところで外に出れるとは限らない。ただ、間違いなく罪は軽くなるだろうけどね。でも、君みたいなクズを外に出すとさ、僕たちは国民の皆から怒られちゃうんだよ」


 「つまり、大量の重罪を犯した君はこの交渉がうまくいったってここから出れる可能性はかなり低いってワケ。だからこそ、今は君の心象を少しでも良くするべきだと思うよ。分かったかな?」


 「────」


 ゴーツキはクランツの言い分に何も反論できずに椅子に座り込む。それを尻目にクランツはテーブルを元の場所に丁寧に戻す。

 そして、書類を整理しようやく話し始めた。


 「さてと、本題に行く前に、君の証言内容を確認させてもらってもいい?」


 「……ああ」


 クランツは一枚の書類を手に持ちにやけながらも、そこに書かれている文章をそっくりそのまま読み上げた。



 「『私、ゴーツキ・ウゴウトは勇者が何者かに殺される瞬間を目撃しました。』これで、いいのかな?」


 乱暴に目を血走らせながらもゴーツキは彼の質問に真っすぐに答える。


 「そうだ。俺は──」


 「この目で見たんだよ。勇者が殺される瞬間をな」



************************************



 王国内で知らされている情報では勇者は村娘を庇って死んだ、とされている。彼の死体には明らかに殺された形跡、大きな傷跡がついていたがこれが公表されることは無かった。

 人類の希望である勇者が魔族、または何者かに敗れたという事実が明らかになれば王国、ひいては世界のパニックを招きかねない。


 だからこそ、秘密裏に捜査し勇者を殺したのが誰なのかを特定する必要がある。

 公に捜査ができない以上、世界から隔絶されており、かつ身寄りもない犯罪者に聞く。それしか方法がないのだ。


 そして、幸運なことにゴーツキはその条件を完璧に満たしていた。


 ゴーツキの今までにない冷静な口調。しかしクランツの注目と興味は別の方向へ向かっているようで。


 「……へえ、どうやら嘘はついてないみたいだね。君の事だからどうせ嘘だと思ったけど」


 「嘘じゃねえし、てめえは俺の事なんだと思ってやがる」


 「ん? 人間の屑」


 「…………絶対ぶっ殺してやる」


 軽口を叩くクランツへの殺意を確実なものとするゴーツキ。彼の睨みに凄味が増していく中、それに気づいていないのか、敢えて無視しているのか、クランツの微笑みは止まない。


 「それで、それをいつ、何時に目撃したの?」


 「──確か勇者の訃報が出る七日前だ。詳しい時間は覚えてねえが……真夜中だったのは確かだ」


 「う~ん。なるほどなるほど」


 勇者の討伐遠征。グリンガ王国の領地内にある、とある村に出現した魔物の討伐だ。王国からあそこまでは大体二日かかる。

 その魔物にやられたのだろうか。しかし、記録によればその魔物は問題なく倒されていたはず。


 勇者の遺体が発見されたのは訃報が発表される六日前の出来事。そして騎士たちが確認に行き報告するまでに四日。さらに勇者の訃報をどう発表するか、いつ発表するかに一日を要した。


 よって、このことから分かるのは、


 「勇者は村に問題なく到着し、問題なく魔物を討伐した。しかし、帰還の途中で何者かの襲撃に遭い命を落とした、って所かな?」


 「まあ、そうなるんじゃねえか?」


 ふむふむとうなずくクランツにゴーツキは一抹の不快感を覚える。そしてクランツはいそいそと万年筆でその考察を書類にメモした。

 万年筆をくるくると手のひらで回しながら問われるのは次なる質問だ。

 

 「次に、どんな状況で殺されたか。詳しく教えてくれるかい?」


 「──ああ」


 そしてゴーツキは己が見た光景を事細かに話し始めた。


 「あれは、……他の村から略奪した帰りだったな。奪った宝を袋に詰めて……このままトンズラしようと思った時に、とてつもなくでけえ音がしたんだよ」


 「何事かと覗いたらよ、白い鎧の奴が少女を抱きしめてんだ。あの高価な鎧、一瞬で勇者だと分かったぜ」


 「そんで、しばらくその二人、話してたんだよ。さすがにその内容は聞いてないけどな」


 「そんで、いきなりその少女の体が膨らんで、蛇みたいななんかが…勇者の体を貫いたんだ。そこで俺は怖くなって逃げて……あとはお前らに捕まってこの通りだ」


 記憶の中の光景を出来る限り言葉に起こすゴーツキ。クランツは彼の拙い証言を事細かく書類に記述していく。

 カリカリと万年筆と羊皮紙の接触音がする中、ゴーツキは何かを思い出したようにしゃべり出した。


 「ああ、そうだそうだ。なんか変だと思ったとこもあったんだよ」


 「変って?」


 ゴーツキの奇妙な物言いにクランツのにやけ顔が強張る。彼の初めて見る真面目な顔にゴーツキは目を丸くしつつも語り出した。


 「そいつ、わんわん泣いてたんだよ。勇者が死んだとき」


 「……泣いてた?」


 「死んだときっつーか、死んだあとか。勇者の死体をしばらく眺めて一人で泣き始めたんだ。ひどく悲しそうな感じでな。普通、人を殺したあとにあんな感じで泣くかと思ってな」


 ゴーツキの普通、というものは分からないが確かに不自然な点だろう。

 人を殺した後に泣く。この行為はサイコパスやソシオパスでない限りは、基本的には行わない行為だ。それも、勇者を殺したとなれば世界からの敵意を一心に受けることになるのだから、中には怯える人もいるのかもしれない。


 ただ、間違えて殺してしまった、知人をやむを得ず殺したとかの殺した側と殺された側に深い関係があった場合はその限りではない。


 思考を巡らせながらもクランツは冷静に彼の証言を分析する。


 「う~ん。なるほどね。……その少女の魔力量とかはどんな感じだった?」


 「あ? そりゃあ一目見て、とんでもねえって思ったな」


 とんでもない、意味の多い言葉だがつまりは魔力量がとてつもなく多いということだろう。

 少女の魔力量の多さ、そしてゴーツキの証言。さらに自分が知っている勇者に関する事実。


 ──クランツは、ある結論に達した。


 「おい、そんな考え込んでどうした?」


 「──ああ、ごめんごめん。ちょっと集中しててね」


 よいしょ、と小さく言いながらクランツは安い木材椅子で蓄えられた疲れを背伸びで取る。それを羨ましく思いつつ、監獄長の前でそれをしないゴーツキはさしずめ囚人の鏡といえるだろう。

 クランツは微笑みながらもゴーツキの頭をポンポンと優しくたたき、


 「君の証言は大変助かった。この情報の価値を、再び上の人たちと吟味してから君の処遇を決める。多分明日には決まるだろうからそれまで我慢しててね」


 「……頭触ってんじゃねえぞ」



************************************



 「はあ、明日まで我慢か」


 監獄長からの質問攻めからしばらく経ち、時間はもう真夜中だ。日差しが入らなくなった牢屋は光という光が漆黒に塗りつぶされる。そんな時間にもかかわらず彼の目はぱっちりと覚めていた。


 部屋の様子どころか己の様子すら見えないこの惨状にゴーツキの苛立ちはとどまることを知らない。

 というよりも彼が寝付けないのは別の理由があって、


 「なんたって、俺は明日にかかってんだからな」


 明日ですべてが決まる。ここで余生を過ごすか。一発逆転の釈放か。こんなタイミングで快眠できる人の方が少数派だろう。

 薄い掛布団にくるまりながら、まだ見ぬ明日へ思いを馳せていたその時、


 「囚人、時間だ」


 牢屋の向こうで看守の声がした。彼にとっては普段は聞くことのない二回目の牢屋の扉が開く音。彼はそれを少し不気味に感じた。


 「明日じゃなかったのか?」


 「急遽変更になった。お前は釈放されるらしいから、夜のうちにここから出す」


 ゴーツキは目の前の彼の一言に耳を疑った。と同時に安堵の息を吐いた。

 クランツはああ言っていたが、やっぱり出れたじゃねえか。驚かせやがって。


 不敵な笑みを浮かべながら看守と共に歩く。他の囚人は静かに寝ているようだが、逆にそれが彼に優越感を与えた。

 俺は勝った。賭けに勝った。馬鹿どもが。一生ここでそうやって寝てろ。


 ゴーツキは外に歩いていく。監獄の重厚な扉が開かれ、やがて外の景色が明らかになる。

 綺麗な月夜だ。まさに彼の新たなスタートにふさわしい。


 「……俺の勝」


 勝ちだ、と言いかけた彼の口が不意に止まった。声が出ない。代わりに出るのは生暖かい鮮血。口の中に鉄の味が広がり、言いようもない不快感が与えられる。


 「ご..........がっ.....」


 ゴーツキはそのまま足から地面に倒れる。しかし何かが地面につっかえ、うつ伏せに倒れる代わりに右腕から落ちるように仰向けになった。


 その体勢が、彼に何が起きたのかを理解させた。


 「.....あ........?」


 左胸に奇妙な突起物。本来そこにないはずの物。刺さっているのはナイフだ。


 刺された。刺されたのだ。その事実は彼の希望を絶望へと堕落させる。

 その傷跡から、熱がどんどん失われ、やがて地面と体温が同じになり、”死”へと落ちていく。


 「てめえ........は.............?」


 意識が沈んでいく中、ゴーツキは霞む目で確かに見た。

 看守が、彼を蔑むように見下す瞬間を。そして彼は確かにこう言った。



 「────世界に、安寧と一筋の笑顔を」



************************************



 「報告です!!」


 のんびりと欠伸をするクランツの自室に響き渡るのは部下の焦った声。

 そして彼は恐ろしい事実を告げた。


 「奴が、ゴーツキが何者かに殺されました!!」


 「ああ、そう」


 部下の報告に対し、クランツは恐ろしいほど冷静だ。まるで、すべてを見越していたかのように。


 「……驚かないのですか?」


 「いや、驚いたけど大体予想通りって感じかな」


 みるからに高級で座り心地がよさそうな椅子に深く座り込み、彼は推察を話し始めた。


 「ゴーツキ君には実験台になってもらったんだよ」


 「実験台?」


 「君も話を聞いたから分かるだろう? まず、魔力の多い謎の少女。異形に変化した時点で魔族確定だ。でも、ゴーツキ君が分かったものを勇者が分からないはずがないんだ」


 「さらに、勇者の実力はこの目で見たから分かるけど、とんでもない。並大抵の魔族ではかなわないだろう。つまりは、」


 「──彼は魔将軍に殺された可能性が高いって事」


 「────なるほど。それではゴーツキの実験台とは?」


 「なぜ、勇者が現れたところにちょうど魔将軍が現れたのか。あの場に勇者がいたことは一般人では知り得ないことだ。さらにあの遠征は王都以外に伝わっていないからね。つまり──」


 「つまり……?」



 「このグリンガ王国内、しかも王都に魔王軍の手先、または裏切り者がいるかもってことだよ」


 「────!!」


 クランツの恐るべき推測に部下は動揺を隠せない。魔王軍の手先がこの国、しかも王都内にいると?

 ぶつぶつと考え事をする彼に対しクランツの顔は未だにその鉄壁を崩さず話す。


 「どうやら彼が喋ったことをどこかで聞きつけたようだね。それで他に余計なことを喋らせないように口封じされたって所かな」


 「前から王国内には裏切り者がいるんじゃないかと噂だったから、ちょっと試したんだよ。彼が死ねば裏切り者がいる。彼が生きれば裏切り者がいないって感じにね」


 「……では、今すぐこれを上に報告しなければ!!」


 「うん。頼むよ」


 部下は扉を勢いよく開き、全速力で走っていった。

 腕を組みながら格子窓から見える朝日を眺めるクランツ。彼を照らす光は恐ろしいほどに眩く、いつも通りに光り輝いている。


 不意打ちの可能性も捨てきれないが、勇者に勝てるほどの魔将軍がいる。



 ────本当にそうなのだろうか。


 勇者の戦績は僕が知る限りだと、全戦全勝。それもほぼ無傷で倒していたらしい。そんな彼を魔将軍とはいえ、不意打ち程度で殺せるだろうか。

 そして魔将軍は勇者を殺した後、何故か泣いていた。その理由も全く見当つかない。


 ────まさか、勇者は魔王軍と何かしらの関係があった?


 顎髭をじょりじょりと撫でながら、クランツの推測は止むことを知らない。そして、しばらく考えたのちに一言。


 「……きな臭くなってきたね」


 彼の独り言を聞いたのは、彼を暖かく見下ろす太陽だけだった。

これにて一章終了です!! 読者の皆様のおかげでここまで続けられました。本当に、本当にありがとうございます。

続く第二章もお楽しみにしていてください!!

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