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勇者と肩を並べるその日まで  作者: キジトラ
第一章 「別れと出会い」
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第十九話 「お医者さん」

 「さて、やるか」


 遥か上空に投げたラデスと少女の安否を確認し、ローザは真下の彼らを見据える。

 不死身の兵士たち。そして二体の巨人ゴブリン。彼らを相手にするのはローザにとって造作もないことだが、如何せんラデスの容態が悪い。


 まともな医療知識もないローザだが、早く医者に見せれば助かる確率が上がることくらいは知っている。

 ここに時間をかけるのは悪手だとローザは判断した。


 だったら、どうすればよいか。

 不死身の兵士ごと巨人ゴブリンを殲滅する、強力な範囲攻撃が必要だ。


 「久々にちょっと本気出すか」


 大剣の重さ、ローザの体重。その二つが相互作用してローザのすさまじい跳躍を打ち消す。そして彼女は重力の赴くまま大地に吸い込まれるように急降下していく。

 ローザは大剣を天に掲げ、ありったけの魔力を込める。先の威圧に使われていた魔力が剣に集中しおびただしい光と熱を発していき、


 やがて大剣に炎が灯される。

 剣にまとわれた炎は勢いを増していく。燃え上がり、剣ごと周囲の温度を上げてゆく炎はまるで太陽の様だ。


 「何ダ、アレハ……」


 巨人ゴブリン達がその邪悪な目で確かに見たのは天空から落ちてくるローザだ。

 しかし、彼女が持つ大剣の背後にはとてつもない光量を持った何かが見える。


 それが本物の太陽か、彼女が魔力で作った幻影の太陽か。

 彼らには、分からなかった。


 「──沈め、太陽」


 地面との距離が数メートルという所でローザは爆炎と共に剣を振り下ろす。


 「────灼熱金烏(しゃくねつきんう)


 大地は熱され、極光が巨人ゴブリン達と不死身の兵を包み込む。

 残酷な死刑宣告。その言葉が巨人ゴブリン達が彼らの今際に聞く最後の言葉となった。



*************************************



 「何..........あれ.....?」


 はるか上空で少女はそのすさまじい光景を目に絶句していた。山を覆いつくすほどの大爆発。木々や大地は抉れ少女とラデスのように宙を舞う。爆風も衝撃も先ほどの牽制とは桁違いだ。


 彼女が味わったのはとんでもない熱量と光。ここから地上までかなりの距離があるはずなのに、彼女の顔にぶつかってきた熱量は、目の前で炎が勢い良く燃えていると彼女に感じさせる。少し近づいただけで火傷してしまいそうだ。

 まばゆい光は彼女を襲いその翠眼を閉じさせる。


 まさに『太陽』のような一撃だ。


 規格外。彼女を例える言葉の中でこれほど適切なものは無いだろう。これが人一人が出せる威力なのだろうか。こんなものは人の領分を明らかに超えている。

 その瞬間、少女は理解した。


 だからこそ、王直騎士なのだろうと。

 これが、『太陽』と呼ばれる所以なのだと。


 この距離でこの熱量、火力。間近で食らえばただじゃ済まないどころではない。彼らの肉、骨、あまつさえ灰すら残らず消滅するだろう。

 文字通り、相手を殲滅するための技だ。



 やがてその熱光は止んでゆき彼らの末路が明らかになる。


 「.....う.....っわ.....」


 自然落下しながらその惨劇を見た少女は気の抜けた声を出した。

 熱を乗せた大剣をそのまま相手にぶつけるローザの灼熱金烏。それが山にもたらしたのは大きなクレーターだった。まるで隕石でも落ちたかのように地面が焦げ、中心は熱で赤くなっている。


 そのクレーターの中心に悠然とローザは立っていた。服が少し焦げているようだがほぼ無傷の様だ。彼女は剣についた血をいそいそと振り払う。

 どうやらローザの完勝、という形で戦いは終わったようだ。


 そこで少女は自分の置かれた状況を思い出した。


 ──あ、やばい。


 「────落ちてるんだった」


 ローザの派手やかな技に気を取られ、少女が味わうのは危機的状況の再訪。皮肉にも、彼女が来て彼らを抹殺するまでが早すぎてまだ一発の魔法を使えるほどに魔力は回復していないのだ。


 徐々に地面と落下死が迫る中、ならせめてと少女は意識が戻らないままのラデスをがっしりと掴み離さない。

 耳鳴りは遠く、頭も痛くなり、大地の表情が鮮明になっていく中で、彼女は覚悟した。



 ────絶対に、この人だけは守って見せる。



 だが、次の瞬間──

 

 「えっ!?」


 ふいに、落下が止まった。否、何かに落下を止められたという方が正しいだろう。

 目に入るのは揺れ動く長い赤髪。肌で感じるのは固く、数多の研鑽で培われたであろう筋肉。

 再び見せた驚異的な跳躍。顔を見なくても分かる。この場でこんなことをできる人は彼女しかいない。

 ローザはラデスと少女を左手で抱きかかえ、話しかける。


 「このまま王国へ直行する。いいな」


 「あ、え、は、はい!!」


 突然の出来事に混乱しつつも少女はローザの提案に返答する。

 少女と少年を抱えたローザは、先ほどの爆発を受けてなお残った木々の枝を飛び移りながら大急ぎで王国へ向かう。

 彼を、ラデスの生存を信じて。



*************************************



 ──────────


 ────────────────────



 ────────────────────────────んん?


 最初に目に入るは数多の金銀に包まれた豪華な装飾。申し訳程度のアロマの匂い。安い宿屋とは比べ物にならないふわふわとしたベッドの質。


 ああ、見たことがある。この天井。


 心を落ち着かせたい患者の心なんか、何一つ考慮されていない。己の意識が徐々に覚醒していき、金属とアロマの混じった臭いに少しばかりの吐き気を催す。

 どうやら、あのぼったくりの治療所に、また連れてかれたようだ。


 「……また、ここか」


 ラデスはもううんざりと言うほど見た天井に向けてため息をついた。この胃もたれする光景に少し安心感を覚える自分にぞっとする。

 仰向けの体勢から上半身だけを動かし、朦朧とする意識の中、ラデスは考えを巡らせる。


 そうだ。巨人ゴブリンはどうした? ああ、俺が……倒したんだっけ。

 また、あの看護師さんが…来て、治療代を払っ……て、ノヴの所に…行って。あと、走り込みも…しない……と。


 「ああ、クソ」


 頭が回らない。頭の中に靄がかかったみたいに、思考がまとまらない。自分の体が思うように動かせないのはこんなにも気持ち悪いのか。


 自…然と瞼が……重くなっって………いく。布団の中…で温まっ……………ていたせいか、眠…気もや…………ばい。


 …………………………ああ、


 もう、げん……………か…………………………い。



 ───────


 ────────────────


 ────────────────────ぁ────────


 ────────────────────────────────。



*************************************



 ──────おぉぉぉい。


 「…………」


 ────────おぉぉぉぉぉい。


 「…………うおっ!!」


 荒い吐息と、ねっとりとした声が耳にかかりラデスはばっと目を覚ました。辺りを見回し記憶の中の風景と相違ないかを確かめる。


 「また寝てた……」


 その独り言と同時に、ラデスの頭に痛みが響く。寝すぎて頭痛が起きたようだ。

 髪をくしゃくしゃに擦り、額に手を当て、必死に頭痛をごまかす。


 「痛そうだねぇ。大丈夫?」


 隣で響くのは聞き覚えの無い声。ラデスは頭痛に耐えながらもゆっくりと声の主の方へ向いた。


 「あんた、誰だ?」


 大人の女性だろうか。黒いコートを見にまとい、ポケットに手を突っ込んでいる。髪型はボブ寄りのショートカット。深い紫紺の眼に細い眉。白い髪をなびかせ顔はにやけながらも斜めに傾くことを止めない。

 こちらに距離を取り様子を伺っていると思えば、逆に近づきラデスの服の匂いを嗅いでいる。彼女を一言で表せば、掴みどころがないというのが妥当だろう。


 「怪我はどぉう? 直ったの?」


 「……いや、多分直ってない、と思う」


 「そりゃあ、そうに決まってるねぇ」


 「……何で、あんたがそんなこと知ってんだ?」


 「だって、そりゃあそうだろう? 私が君を、診たんだからねぇ」


 ここに来て驚愕の一言だ。このなんともミステリアスな彼女がラデスを診療したというのか。だがこの治療院にいる以上、少なくとも患者か医療従事者ということになる。恐らくだが彼女の場合は後者だ。

 記憶が曖昧としているが、巨人ゴブリンを倒しそのまま倒れた所まで覚えている。恐らくだが、近くにいたあの緑髪の少女が運んでくれたのだろう。


 「ああ、すみません。あなたが俺を診てくれたんですか」


 「ああ、そうだともぉ。というか、敬語いらないよぉ」


 「……分か、あ、……分かった」


 「一応容態は安定してるけどぉ、まだ完璧に傷は治ってないからぁ気を付けてねぇ」


 「あ、ありがとう。大丈夫大丈夫」


 「本当にぃ、大丈夫ぅ? なんならぁハグでもしてあげようかぁ?」


 「いや、別にいい……」


 両手を広げ抱擁の姿勢をする彼女をきっぱりと拒絶するラデス。


 やりずらい。やりずら過ぎる。

 ねっとりと絡みつくような話し方に、くねくねとした彼女の体の動き。こちらの考えをすべて見透かすようなその眼。というかずっと目を合わせてくる。

 本当にこんな人が医者なのか怪しくなってきた。もしも道すがら会えば変人や奇人とでも思われるだろう。


 「私はロレナ・アンデルセンだよぉ。よろしくねぇ」


 「ああ……。よろしく」


 「本当ぉに、心配したよぉ。君ぃは丸二日、寝てたんだからねぇ」


 「ま、丸二日!?」


 ロレナという女性の口から出たのはこれまた驚愕の一言だ。あの寝落ちした時から丸二日も経っている。自分の中では数分前ぐらいの出来事なのに。

 時間の感覚が狂ってしまいそうだ。いや、もう狂っているのかもしれない。


 ラデスは自分の混濁した感覚を氷解させるべく彼女にずっと気になっていた問いを投げかける。


 「なあ、俺のほかに女の子がいなかったか? いや女の子っていうよりか身長が低い感じの…女の人だ」


 ロレナは顎に手を当て、目を細め自身の記憶を辿る。そして何かを思い出したように笑いこう言った。


 「確かぁに、いた気がするけどぉ。もう帰ったんじゃないかなぁ? たいして怪我してなかったしぃ」


 よかった。どうやらあの時の彼女は無事か、少なくとも大怪我は負ってないようだ。安心したのか、ラデスの体から力が抜けていく。

 張り詰めていた喉が解け、出るのは心からの安らかな息。彼女に大事がないなら俺も自分の治療に専念できるというものだ。


 ん? てか、そういえば。

 俺ってここに二日いるんだよな……。


 ここに…丸二日?

 それ、マジ?


 「なあ……あんた」


 「ん? なんだぁい??」


 わなわなと震えるラデスを妖艶に見つめるロレナ。そしてラデスは口に出すのも憚られる『それ』を彼女に問う。


 「あの、その、治療費の方は?」


 その話を聞いた瞬間、ロレナの表情が変わる。元々にやついていた口がさらに大きく横へ伸び、白い歯が見え隠れする。


 「そうだねぇ。君の治療にも随分魔力使ったからねぇ」


 前々回はローザが払ってくれた。具体的な金額こそ聞いていないが、風穴開いたお腹を完璧に直してくれたこの治療所の実力に少し感服したものだ。

 前回はラデス自身が払った。たぶんここで受けた治療の中で前回の物が一番安く済んだだろう。それでもグリンガ金貨十五枚。収入源が全くないラデスにとってこれは痛手以外の何物でもない。


 そして、今回。前回も前々回もここに泊まってまでの治療にはならなかった。

 背筋が凍りつく。いったいどれほどの金額となる?


 「ひい、ふう、みい。うんうん」


 指折り数えるごとにロレナの表情が愉悦に満ちていく。それに対しラデスの表情は青ざめていく。


 「はぁい。計算できたよぉ」


 やめろ。やめろ。それだけは。

 頼むから、やめてくれ。


 「しめて、グリンガ金貨五十枚ってとこだねぇ。」


 ────ご…………じゅ……う?

 今ある貯金を崩しても半分くらいしか払えない。

 やばい。やばいやばいやばい!!!


 治療費を払えない場合、まず間違いなく投獄される。最悪、貴族の奴隷になるって話も聞く。まあ、ロレナが払わなくてもいいというのなら話は別だが。

 魔物や魔族、さらに他国との戦争がある中人の怪我を癒す医者というのは昔以上に需要が高まっている。だからこそ請求された治療費は払うのが当然なのがこの国での常識なのだ。


 「あぁ、グリンガ白金貨でもいいよぉ~。まあ、君は持ってなさそうだけどねぇ」


 ラデスは涙目でロレナを見る。

 だが、彼女の口から出たのは意外な一言で、


 「───っていうのは冗談でぇ」


 「もう既に、君ぃの治療費は支払われてまーすぅ」


 ケタケタと笑いラデスの上げ下げする感情を楽しむロレナ。そんな嘲笑もラデスの耳にはもはや入っていない。

 今まで変人にしか見えなかった彼女が途端に聖母に見えてくる。というより支払ってくれた命の恩人、もとい命の恩人にお礼の一言でも言わなければ。


 「あの!! 払ってくれた人は何処に!!?」


 「えぇ? ああ、もうしばらくすれば来るんじゃないかなぁ」


 ロレナはこれまた丁寧な装飾が施された扉の方に目を向ける。ラデスもそれに付随しそちらの方へ目をやると、

 ガタンと扉が開かれた。


 「ほぉら。君の救世主だよぉ」


 「あっ……」


 そこにいるのは赤髪をまとう筋骨隆々。いつかの朝に喧嘩別れをしたローザだ。ラデスは少々の驚きと気まずさから声が出なくなる。

 今、ここに最低最悪の関係下にある師弟が再び顔を合わせた。

ちなみにこの国での貨幣は、


グリンガ鉄貨一枚 10円

グリンガ銅貨一枚 100円

グリンガ銀貨一枚 1000円

グリンガ金貨一枚 10000円

グリンガ白金貨一枚 100000円


って感じです。

治療費五十万かぁ…。

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