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勇者と肩を並べるその日まで  作者: キジトラ
第一章 「別れと出会い」
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第十六話 「全てを込めた一撃」

 空へ浮く。体勢が崩れ頭と足の位置が逆になる。真っ逆さまに落ちるというやつだ。思わず少女の体を離してしまい二人は重力の赴くまま下へ急降下し始める。

 空気抵抗が彼らの体に圧力をかけ、それは頭痛という形になって表れる。


 ラデスは全力のジャンプをしたはずだ。しかし対岸にはつま先すら届かない。そして果てしない奈落へ落ちていく。このままでは二人とも転落死だ。この状況から生き残れるとしたらそれは正に奇跡といえよう。


 ──だが、その奇跡を必然とするものこそ『魔法』である。


 「今だ!! 魔法を!!」


 「はい!!」


 対岸の草木がラデスと少女に狙いを定め、一気に降りてくる。そして彼らの体はツタに巻き取られ空中で止まった。


 「「うっ」」


 二人とも、慣性の法則により体がガクッと揺れた。変な声が出たが、何とか大丈夫みたいだ。

 二本のツタはラデス達を対岸へ優しく移動させる。少女は無事だ。最もラデスはそれどころではないが。


 ラデスは自らが飛び出した対岸をじっと見る。

 そして、絶句した。


 「…なんで」


 ラデスの考えた作戦は巨人ゴブリンを崖に落とすこと。単純な作戦だが、急に飛び出る崖をあの勢いで止めることは至難の業だ。

 それにあの巨体とはいえこの奈落へ落ちればただでは済まない。もしかしたら殺せるともラデスは思っていた。

 なのに、


 「フム。作戦トシテハ、良イ物ダッタゾ」


 「ダガ、我ヲ舐メスギダ」


 奴は落ちていない。寸前で停止している。この作戦を理解していなければこれに対処するなんて不可能だ。

 それほどの知能、戦闘経験。小手先の作戦など圧倒的な格上には通じない。

 


 「……ッフ」


 「グハハハアハハアハハハアアハッハハアハハッハハハ!!!!!」


 ラデスが愕然としていると巨人ゴブリンは笑い始めた。堪えきれず噴き出したという感じだ。腹を抱え、地面をバンバンと叩き、爆笑している。


 「ソノ顔ダ! ソノ顔ガ見タカッタ!!」


 ラデスと少女が感じていたのは今までのそれなど比べ物にならない絶望だ。


 ラデスはもはや打つ手がないことに、少女はラデスの表情からそれを察した。目は大きく見開き、口は自然と半開きになる。声を出そうにも声が出ない。


 人の不幸は蜜の味。巨人ゴブリンがそういう考え方ならば、彼は今、皿に乗せられた大量の甘い蜜を貪り食っている所だろう。


 「オ前タチガ!! ドレダケ藻掻コウト!! 我ニハ届カン!!」


 「ソレガ!! 現実ナンダァァ!!」


 ラデスは巨人ゴブリンが大声で伝えてくる事実をただ聞いていた。


 「アハハッ!! モット、モット絶望シロ!!」


 ピキ


 「ソノ顔ヲモット見セロ!!!」


      ピキ                ピキ


 巨人ゴブリンは影の手を伸ばして、絶望するラデス達を捕らえようとする。


 ピキキッ            ピキ


 ラデスの視界が影に包まれかけたときにようやく彼は、気付いた。


 なんだ? この音。


 何かの音だ。この山に入ってから一度も聞いたことがない音。鳥のさえずりでも、風が吹く音でもない。

 何かがひび割れるような、そんな音だ。

 そしてラデスの視界の一片に、謎の音の原因が写った。


 「──!!」


 これは偶然に起きたことだ。偶然に偶然が重なってできたことだ。

 それが、ラデスには可笑しくて、嬉しくて、ただ面白かった。


 「ぷっ」


 「あっはははははははは!!!」


 「──何ガ可笑シイ?」


 巨人ゴブリンは分からなかった。理解が出来ずに影の手をいったん止める。

 絶望の中にいた羽虫が突然に笑いだした。それも自嘲するようなものではない、心の底から喜んでいるような笑い声。

 愚かな弱者を憐れむようなその姿に巨人ゴブリンは自分を重ねる。


 「いや、こんな偶然あるのかって思ってよぉ!!」       ピキ


 「ア?」


 もうないはずだ。ここから一発逆転の手はないはず。

 奇跡なんか簡単には起きないと巨人ゴブリンは知っている。なぜならそんなことは今までに無かったからだ。今の今までわずかな希望の糸に縋りつき死んでいったたくさん冒険者を見てきた。  ピキ

 数多の試行回数がその想定を、否定する。


 「…気デモ狂ッタカ?」

                           ピキ

 「いや、狂ってねえよ?」         


 「ナラバ、何故ソンナ顔デ笑エル?」


 「ふっはは。だって面白れーんだもん」


 「──結局、お前は自分で自分の身を滅ぼすんだからな」             ピキピキ


 「…何?」


 その瞬間、巨人ゴブリンは違和感を覚えた。ぐらつく。ほんの少しだけ世界がぐらついている。

 いや、ぐらついているのは我?


 「結局お前はどこまで行ってもゴブリンなんだよ。短慮で、馬鹿正直に突っ込んで来る低脳。俺らとお前にどこまでの差があっても、それだけは変わんなかったって事だ」


 「ハ?」


 今まで余裕の笑みを浮かべていた巨人ゴブリンの顔が初めて曇った。真っ当な人格否定。こいつは人ではないが、感情がある限り効くだろう。


                         ピキ


 心なしかデブって言った時よりも動揺している気がする。

 そうか。こいつは自分の知恵を自分の誇りにしているんだ。だったらもっと煽ってやる。


 「やっぱり馬鹿なんだなぁ。お前ら魔物は」


 「…我ハ魔族。魔物デハ──」

                             ピキキ

 「あ? 聞こえねぇなあ!!! ゴブリンはゴブリンだろぉがぁぁ!!?」


 「……殺シテヤル! 痴れ者ガ!!!」


 ラデスの渾身の煽りに怒り狂った巨人ゴブリンは己の影を蠢かせ、ラデスと少女を捻り潰そうとしてきた。

 だが、


 「──!!! 何ダ!?」


 再び世界がぐらつく。地震だろうか。そうだとしたらかなりの震度がある。

 いや、そうじゃない。目の前の奴らは全く動揺していない。

 揺れているのはやはり我だ!


 いや、違う。 これは、

 ──まさか。


 「痴れ者はお前だ。落ちろ」

 ラデスはそう吐き捨て、親指を下に向けた。


 ピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキピキ


  「──崖崩レカ!!!!」


 その刹那、巨人ゴブリンの足場が消えた。消えたというより崩れた。徐々に地面が無くなり影を出す間もなく彼は奈落に背を向けて落ちた。


 この山の地盤は緩い。加えて先ほどの豪雨。

 そして、巨人ゴブリンが笑った時の、地面に手をたたくといった衝撃。

 この三つの要素が奇跡的にも揃い、偶発的にも小規模な崖崩れを引き起こした。


 「お前は食いすぎなんだよ。たまには食われろ」


 ラデスが独り言のようにつぶやいたその言葉は、大口に食われた巨人ゴブリンにはもはや聞こえていなかった。



*************************************



 「…終わったか」


 ようやく決着といった所だろう。運に任せた一手だったが、運も実力の内だ。

 あそこに落ちたなら、奴は致命傷のはずだ。もう俺の魔力も限界に近い。今のうちに逃げなければ。

 ラデスは少女に帰宅の提案を出した。 いや、出しかけた。


 「とりあえず──」


 その瞬間崖の中から勢いよく影の手が伸びてきた。その光景はラデスと少女の嫌悪した想定を事実の物へと変えさせる。

 まだ、奴は生きている。それも異能を使えるほどの体力を残して。


 「おい! 逃げるぞ!!」


 「は、はい!!」


 少女は勢いよく立ち上がって走り出した。ラデスも立ち上がり走り出そうとした。

 だが、彼はそこで止まった。


 もしこいつをこのまま野放しにしたら、この先も犠牲者が出るだろう。この崖に落ちてもまだ、攻める気力があるこいつは、また必ず這い上がってきて必ず人間を食い物にする。そして必ず俺やこの少女みたいなやつが、自死という心底馬鹿な決断に至るかもしれない。


 誰かが、こいつを倒さなきゃ。


 「ちょっと! 早く行きましょうよ!!」


 「悪い。ちょっと待っててくれないか」


 「…何するつもりですか。まさかあいつを、倒すんですか」


 「倒すんじゃない。……助けに行くんだよ。 ────未来で死ぬかもしれない人をな」


 「待っ──」


 ラデスは少女の言葉を聞き終える前に、大口へと走り出した。影の手は当然こちらに向かってくる。ラデスは剣に魔力を込め、振る。振る。振る。

 口から、至る所から血が出ている。それでもラデスは剣を、振る。


 数多の影の手を穿きながら、ラデスは漸く大口の前へ着いた。失血による寒さだろうか、あるいは本能からくる恐怖だろうか、体が震えている。


 「行くぞ……!」


 ラデスは深呼吸をして無理矢理震えを抑えながら、崖へ飛び込んだ。

 そして崖下の巨人ゴブリンと目が合う。呼吸の音が荒く、かなりダメージを負っているようだ。辺りの出血もひどい。


 ラデスと巨人ゴブリン、どちらも満身創痍の状態だ。だが、奴に己の影を操る”異能”がある以上どうしてもこちらが不利だ。


 それでも、やるしかない。


 「来ヤガッタナ!! 馬鹿ガ!!」


 先ほどの理性的な言動と違い、かなり粗野な言い草だ。ラデスの煽りをまだ根に持っているのか、自分の死を間近に感じ、巨人ゴブリンの人外としての本能が出たのだろうか。

 どちらにしても、奴がかなり焦っていることは確かだ。そこに勝機を何とか見出すしかない。


 「死ネ! 人間ガ!!」


 影を手へ変貌させ崖の幅を埋め尽くすほどの圧倒的な密度を生かした攻撃。この攻撃ならば前方に注意を払っても後方と左右から攻められ終わりだ。

 チャンスは一回。文字通り剣の一振りでこれを対処せねばならない。


 ラデスは足でも、目でもなく、腕全体に魔力を込める。威力の高い一撃を放つためならばこれがうってつけだ。

 強化された自らの腕力でミシミシと剣の柄が軋む音がする。そして、


 ──剣をただ、思い切り振り下ろした。



 「何ィ!?」


 前方の手は勿論、左右の手は半数ほど消し飛んだ。それだけではない。振り下ろした風圧で、複数の手が吹き飛び、ラデスの周囲は空虚と化した。


 巨人ゴブリン、ラデスですらこの一撃に衝撃を受け、両者の意識が一瞬固まる。均衡した状態、少しばかりの静寂、そこからコンマ数秒早くラデスは意識を覚醒させた。


 ラデスは剣に再び力を入れ、目標を見据える。魔族と魔物の違いはあまり分からない。

 だが、心臓の少し下、そこに魔物と同じように魔核があることを信じて急降下する。彼はただ、そこに突っ込んでいった。


 「ヤハリ、人間ハ馬鹿ダ」


 「──あ」


 そう残酷に呟いた巨人ゴブリンは影を揺らがせた。そして、その影は手、ではなく複数の針山としてこの世に顕現した。

 また手が来ると本能で感じていたラデスは、予想外の展開に反応しきれず思い切り針に突き刺さった。


 冷静で残酷な一撃。ラデスと邂逅してからここまでの時間をすべて使った罠だ。渾身のタイミングで放たれるそれは必殺の一撃といえよう。






 だが、


 ラデスは根性で気を奮い立たせ、自らに突き刺さった針を折った。そして、力が入り充血した目が巨人ゴブリンの目と合う。


 この時、巨人ゴブリンは生まれて初めて恐怖という感情を覚えた。何度やられても向かってくる、数えきれない傷を作り大量の血を流しながら執念で立ち上がるそれは、もはや狂気の化身だ。


 「ク、来ルナァァァァァァ!!!!!」


 巨人ゴブリンは恐怖で取り乱し、生来使い続けた安心安全の影の魔手に頼った。冷静な一手ではなく初めての苦し紛れの一手。

 ラデスはそれを見逃さなかった。


 針を踏み台にして、向かってくる手に飛び乗り駆けていくラデス。そしてそのまま巨人ゴブリンの魔核へ向かっていく。


 ある程度の距離まで詰めたラデスは魔力を込めた足を思い切り蹴り、懐へ飛び込んだ。


 腕と剣に、全部込める。

 力も、魔力も、心も、今までここで死んでいった人たちの無念も、夢も、怒りも、恐怖も、

 全部、全部、全部、込めて。

 この一撃に全て──。


 鼠色の剣に灰色の魔力が込められ、光を放ち始める。


 「ヤ、ヤメ──」


 「うおおおぉぉぉぁあおぁぁあぉおぁあおおああ!!!!!!」


 巨人ゴブリンの初めての命乞いはラデスの根性の叫びにかき消され、


 そして、


 ラデスは巨人ゴブリンの胸に、深々と剣を突き刺した。突き刺した箇所から光があふれ出し、暴れまわる。


 「オ、ア」


 情けない声を出し、巨人ゴブリンの頭がだらりと地面に垂れた。そしてついに、奴の目から光が消えた。


 ラデスは勝利の雄叫びを上げる。


 ──今ここに、勝者は決した。

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