第84章ーーごちそうさまでしたーー
閑話のつもりが面白くなってしまい…投稿遅れて申し訳ありません。
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神棚の前のテーブルでは、座っていた皆が食事を終えていた。
さぎりもミオも食事を終え、二人で静かに話をしている。
その様子を確認したシノは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、さぎりとミオへ目を向ける。
「二人とも、立って」
促され、さぎりとミオも席を立つ。
シノは神棚へ向かって一礼すると、食堂全体に届く声で言った。
「今日も美味しいお食事をありがとうございました。ごちそうさまでした」
さぎりが続く。
「ごちそうさまでした」
ミオも少し遅れて、笑顔で続けた。
「ごちそうさまでした」
その声を聞いた周囲の人々も、一人、また一人と顔を上げる。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
やがて、その言葉は食堂全体へ広がっていった。
まだ食事の途中だった者もいる。
これから食事を始める者もいる。
それでも、誰もが一瞬手を止め、同じ言葉を口にした。
「ごちそうさまでした」
単に食事を頂いた言葉ではない
さぎりと。ミオから幸せを受け取ったことに関する感謝の言葉である
千人の声が重なり、広大な食堂に響き渡る。
それは、単なる食事の終わりの挨拶ではなかった。
遠い日本から受け継がれた、小さな文化の記憶。
ヘスペリア-3で暮らす人々が、今日も守り続ける大切な習慣だった。
さぎりとミオが席を立ち。トレイを持って洗い場に向かう。
食堂にいる皆が。拍手をしながら見送る。
さぎりとミオはいつものように。食器を洗うが照れくさそうだった。
◇
食堂を出る一行を、チズルは入口まで見送った。
「今日はありがとうございました」
ノアの船長と管制長は、軽く頭を下げる。
「こちらこそ、誘って頂いて。ありがとうございました」
二人はそのままエレベーターへ向かった。
その後ろ姿を見送りながら、ジェトとカアは少し離れた場所で話をしていた。
「どうする?」
「ん?」
「いや、今日はヘスペリア-3の空気を感じたくて来ただけだったからさ。……十分、分かった気がする」
ジェットは食堂の看板を見る。
「そうだな。俺たちは戻るか」
「だな」
二人も帰路につこうとする。
「お母さん、どうする?」
娘が声をかける。
「たまにはこっちに泊まりなよ」
「そうだね……悪くないね」
おばあさんは少し考えてから微笑む。
「三人で一緒に寝るか。たまには」
「いいね」
久しぶりの家族の時間。
シノは少し疲れた表情で笑った。
「私はさすがに疲れたから、今日は神社に帰るわねー」
そう言うと、シノはジットとカァの後を追うように食堂を出ていった。
「シノのやつ。今日は大活躍だったからな」
ハルは時計を見る。
「……せっかくの非番だし、俺は早く帰って少しゆっくりするかな」
「チズルはどうする?」
「みんなに今日は忙しい思いさせちゃったから、少し片付け手伝ってから帰るよ。」
「じゃあお先に」
◇
チヒロとナナコ、そしてモウブの三人は、食堂の出口に残っていた。
「モウブ君、ジュネス行くんだよね?」
チヒロが声をかける。
「はい」
「ナナコちゃんも一緒に行こう」
「はーい」
三人は食堂を出て、ジュネスへ向かった。
ジュネスは基本的に24時間オープンしている、管制運営の施設である。
モウブは、明日から始まるハル主任の工房へ行くための準備をするために来ていた。
これから必要になるものを揃えておきたかったのだ。
一方、ナナコはというと――
単純にジュネスが好きだから来ただけだった。
店内を眺めながら、モウブが尋ねる。
「チヒロさん、何か必要なものって何がいいんでしょう?」
「ペンとか、メモ帳とか……」
チヒロは少し考える。
「あ、でもタブレットがあればいいわよね」
「タブレット?」
「うん。工房で作業するなら、あった方が便利だと思うよ」
三人はタブレットが並べられた場所へ向かった。
様々な種類の端末を眺めながら、モウブが一台を手に取る。
「これ、私が使っているやつと同じやつかな?」
「使いやすいわよ」
チヒロが答える。
「このペンもあるといいわ」
モウブは付属のペンを見る。
「使い方、いまいち分からないんですけど……」
「だいたい直感的に操作できるから大丈夫だと思うよ」
チヒロは笑う。
「分からなかったら教えてあげる」
「うん」
ナナコも画面を覗き込む。
「ナナコちゃんも、ヘスペリア-3に来ることになったら必要になるから、同じのをどうぞ」
「いいの?」
「もちろん」
ジュネスに置いてある品は、基本的に新品ではなかった。
誰かが使わなくなったもの。
あるいは、管制から支給されたもの。
まだ十分に使えるものが、次に必要とする人へ渡っていく。
それがジュネスの仕組みだった。
チヒロが端末を確認しながら言う。
「じゃあ、これ頂いていこう」
モウブが尋ねた。
「他に何か必要なものってありますか?」
「あ!」
「マイマグカップ!」
「ヘスペリア-3のオフィスや工房だと、絶対に必要よ」
チヒロが笑う。
「良いのあるかなー」
三人は食器が並ぶ場所へ移動した。
ナナコは並べられたマグカップの一つに目を奪われる。
「この小鳥のやつ、すごくかわいい」
そこには、同じデザインのマグカップが五つほど並べられていた。
チヒロも手に取って眺める。
「これいいわね」
「さぎりとミオちゃんの指輪のデザインにも似てるし……縁起が良さそう。」
「私も欲しいな」
チヒロはモウブを見る。
「モウブ君は…?」
モウブはそのカップを両手で大切そうに持ち、目を輝かせていた。
その様子を見て、チヒロとナナコは微笑む。
「じゃあ、三人でこれをいただきましょう」
そしてカウンターで受取り表を記入し、三人はジュネスを出た。
「一応、このタブレットは最初のセットアップがあるから」
「エレベーターまでの道中に私の家があるから、そこで三人でセットアップしましょう」
「はーい」
「お願いします」
そうして三人は、タブレットと小鳥のマグカップを抱えて、ジュネスを後にした。
ナナコは上機嫌に歌っている。
「♪エブリデイ♪ヤングライフ♪ジュネス♪」
◇
宝飾店を営む妹あかりと、向かいで雑貨店を営む姉ゆかり。
そして、その二人の母親うめこ。
三人は商店街を歩いていた。
「あ、そういえばお母さん」
妹あかりが思い出したように声をかける。
「さぎりちゃんとミオちゃんの指輪のデザインってさ……」
母親うめこはすぐに気づいたように笑った。
「ああ、分かってるよ」
「昔、シゲキさんがあなたたちに描いた落書きだよね」
「あはは、そうそう」
妹あかりも笑う。
「でもさ、あれ気に入っててさ」
姉ゆかりが頷く。
「そういえば、雑貨屋でも何個か商品のデザインにしてるしね」
「うん。手書きだよ!ジュネスにもマグカップを置いてあるよ」
母親は少し嬉しそうに言った。
「あれはいいデザインだね」
小鳥をあしらった、優しい雰囲気のデザイン。
それは、昔一人の父親が娘たちに描いて見せた、小さな落書きだった。
「シゲキさんも今日、こっちに泊まればよかったのにね」
うめこが少し寂しそうに笑う。
「管制長か…そもそも何で管制長になんかなったの」
「ああいうのは勝手に選ばれるんだ。なんとか主任とかなんとか長とか。」
「そのことを一生懸命やってる人が勝手に選ばれるんだ。」
「別にいいこともないし別に悪いこともない。」
「お父さんはこのへスペリア3が大好きだったから選ばれたんだよ。」
「お母さんは農業リングの第一区画区長だっけ。」
「うん、植物育てるの楽しいからね。」




