第71話ーー寄り道ーー
いつもの作業着に着替えたさぎりとミオ、そしてモウブ。
偶然出会った、ヘスペリア3紫区画の見学に来ていたNOAHの兄弟と女の子、それに彼らを案内してくれた、おばあちゃんと娘さん。
少しいつもと雰囲気の違うハルとおばちゃんは
農業リング主任、紫神社宮司のシノ、紫区画長に見送られ、それぞれエレベーターへと乗り込んだ。
扉が静かに閉まり、ゆっくりと動き始める。
それぞれの胸に、今日という一日の思い出を抱えながら、それぞれの目的地へ向かっていった。
紫区画のエレベーターが静かに停止し、一行は無重力の中央区画へと降り立った。
中央区画の無重力トラムに乗ると、最初にモウブが管制塔駅で。
「あの、居住区担当の方に今日の報告をしなければいけないので、僕はここで。本当にありがとうございました。」
そう言って深く頭を下げた。
「おう、明日待ってるぞ。」
ハルが笑顔で声をかける。
「はい!」
モウブも笑顔で答え、皆に手を振ると、駅を降りて行った。
NOAH駅では。
「では、我々はここで。」
今度は、ヘスペリア3紫区画の見学に来ていたNOAHの兄弟が口を開く。
「ああ、またな。」
隣にいた女の子も小さく手を振った。
「ひとまずNOAHに戻ります。」
さぎりたちが手を振ると、
「今日はおめでとうございました!」
女の子も満面の笑みで大きく手を振り返した。
「ありがとう! また会おうね!」
別れのあいさつを交わし、兄弟と女の子はNOAHへのドッキング通路へ向かった。
それを見送りながら、ハルが肩を軽く回した。
「俺たちは一旦、自宅へ帰って着替える。俺はそのあと工房に顔を出す。」
おばちゃんが続ける。
「私も着替えて、食堂のリンちゃんの様子を見に行くかね。」
ユノが
「私もリンの様子をごいっし…」
と、言いかけた時にさぎりが言う。
「ユノ。今だけでいいから私たちに付き合って。」
「リンちゃんの所にはその後でいこう。」
今まで、特に行動を制限されたことがなかったユノは少し戸惑いながら。
「はい、わかりました。」
と答えると
さぎりが笑顔でうなずく。
第一居住リングでハルたちとも別れ、
残ったのはミオ、さぎり、そしてユノの三人だけになった。
「私、商店街に行きたいの。」
さぎりのひと言に、ミオは笑顔で言う。
「うん?いいよ。行こうー」
おばあちゃん、娘さん、さぎりたち三人は第1居住リングの第1区画の商店街へと向かった。
◇
さぎりに手を引かれるまま、ミオが連れて行かれたのは、以前二人でおそろいのリボンを買った雑貨店だった。
カラン、と扉を開けると、店主のお姉さんが笑顔で迎えてくれる。
「あら、さぎりちゃん、ミオちゃん。お久しぶりですね。今日はどうしましたか?」
さぎりは店主に近づくと、何やら耳元で小さくささやいた。
話を聞いた店主の表情が、ぱっと明るくなる。
「少しお待ちください。」
そう言うと、二人を店の外へ案内した。
店の扉に鍵を掛け、「CLOSED」の札を掛ける。
「向かいで妹がやっているお店があるので、そちらへ行きましょう。どうぞ、こちらです。」
店主に案内され、三人はすぐ正面の店へ向かった。
店先まで来ると、お姉さんが中へ向かって声を掛ける。
「おーい、こんにちは。いるかい?」
「はーい。今帰ったところー」
奥から妹が顔を出した。
「あれ、お姉ちゃん。どうしたの? そんなに慌てて。」
「実はね……」
お姉さんは妹の耳元で、ひそひそと何かを話す。
話を聞いた妹は目を丸くし、
「まあ!」
と言ったあと。
「というかさぎりさんにミオさん!!」
一瞬空気が固まる
「さっきのNOAHの人たちを案内してたおねえさん!!?」
さぎりが驚く。
奥から緑色のツナギのおばあさんが顔をだす。
「どうしたの?にぎやかだねぇーえ?えええっ!!!」
「さっきのおばあちゃん!??」
さぎりとミオの婚姻の儀に参加してくれていた親子だった。
娘さんはここの店主で雑貨店の店主の妹だった。
◇
娘さんはショーケースに掛けられていた布をそっと外した。
そこには、決して派手ではないが、それぞれ異なる材質で作られ、小さな細工が施された指輪が静かに並んでいた。
どれも二つで一組の、ペアリングだった。
「これらはすべて、ヘスペリア3の婚姻を促進するために。」
「管制から支給された地金を、一つひとつ私が彫金して作ったものです。」
「どれでも、お好きなものを選んでください。 」
さぎりとミオの目は輝きケースを覗き込む。
彫金士の妹が姉に目くばせすると、姉は自分の店に駆けて行った。
さぎりとミオは並べられた指輪を眺めながら、不思議そうに首をかしげた。
「こういうのって、どういう基準で選ぶんですか?」
妹は穏やかに笑う。
「特に決まりはありませんよ。お二人が気に入ったものを選ぶのが一番です。」
そう言うと、ショーケースの中の指輪を一本ずつ指差した。
「こちらは銀です。昔から一番人気ですね。加工しやすく、傷が付いても磨けばきれいになります。」
「こちらはプラチナ。変色しにくく、とても長持ちします。ただ、少し重たい印象がありますね。」
「こちらはチタンです。とても軽くて丈夫なんですが、硬すぎるんです。」
「硬すぎる?」
ミオが首をかしげる。
「ええ。何かに強く引っ掛けたとき、指輪が変形せず、そのまま指を傷めてしまうことがあるんです。」
妹は自分の手を見ながら続けた。
「ヘスペリア3では農作業や整備の仕事をする方が多いので、仕事中は外している人がほとんどなんですよ。」
「だから、丈夫すぎるものが必ずしもいいわけではありません。」
さぎりが静かにうなずく。
「そうなんですね。」
「ですから、私なら銀をおすすめします。程よく丈夫で、万が一のときは指輪のほうが先に変形して、指を守ってくれますから。」
妹は優しく微笑んだ。
「でも、一番大切なのは、お二人が『これがいい』と思えることです。毎日身につけるものですから。」
さぎりとミオは顔を見合わせ、小さく笑い合った。
そして二人は、並べられたたくさんの指輪へ、ゆっくりと視線を向けた。
さぎりの目が、一組の細い銀の指輪で止まった。
控えめな輝きを放つそのリングには、小さな小鳥が寄り添うようにして一周ぐるりと草花が彫り込まれている。
「……これ。」
ミオもそっとのぞき込み、自然と笑顔になった。
「かわいい。」
小鳥好きのユノも目を輝かせていた。
「あの、店主さん。」
「はい。」
「この、ユノにつけられるもっと小さいもので同じデザインのものってありますか?」
「このデザインは私も好きなので同じ物はありますが…さすがにユノさんサイズの指輪とかは…あ!」
「ブレスレットなら作れます!」
「その3つをお願いするとおいくらくらい…」
「さっきも言いましたが、これは婚姻促進用の、官給品に私が彫金したものなんです。」
「費用はかかりません。」
「このデザインで決定で良いですか?」
「お願いします!。」
そして妹さんはテキパキとサイズを測り
「っと今日は2361年7月20日で…さぎりさんとミオさんで、ユノちゃんで」
とメモをとり。
「コーヒーを飲みながら少しお待ちください。」
とコーヒーを出すと奥に入っていった。
パチ。グーン。シャー。コンコン。シュン。
そんな音が聞こえてくる。
コーヒーを飲みながらおばあさんとお話をしながら
店内に並ぶ商品を眺めていると、二十分ほどして、奥から店主が姿を現した。
「はい、お待たせしました。できましたよ。」
「これが、さぎりさんの分。これが、ミオさんの分。そして、これがユノちゃんの分です」
そう言って妹店主は、黒いベルベットのリングスタンドを差し出した。
そこには三つのアクセサリーが並んでいた。正確には、二つはリング、そして一つはユノのための小さなブレスレットだった。
「うふふ。リングの裏を見てください。」
店主に促され。
リングを裏返すと。小さな文字が丁寧に刻まれている。
「2361.7.20 To M From S」
もう一つには
「2361.7.20 To S From M」
と、同じ日付と、互いへの想いが刻まれていた。
「……さぎり。」
「今日、無理逝ってユノにも一緒に来てもらった理由」
さぎりは嬉しそうに微笑み、小さなブレスレットを手に取った。
15㎝のユノの細い腕に合わせ指輪を加工した小さな銀色のブレスレット。
その裏には、
「2361.7.20 To Y From S&M」
と刻まれていた。
「ユノにも、私たちと同じ記念日を残したかったかったんだ。」
「そしてちゃんと、地球アーカイブのユノにも見てもらって、記録も残るように。」
その言葉を聞いたユノは、刻印を何度も見つめると、小さな両手でブレスレットを胸に抱きしめた。
「……ありがとうございます。」
感情のないはずのAIのその声は、いつもより少しだけ震えて聞こえた。




